第84話 木刀作り~後悔してないカナ!~

 現実逃避をしていても仕方がないか。どうせ作るならと言うことで、形状を無銘と同じにしようかな?


 腰から鞘ごと無銘を引き抜き、木の板の上にのせて、外をなぞるように墨を引いて行く。── 輪郭はこれぐらいかな? 作ると言っても、大まかに切って削るだけなんだけど。


 ノコギリを使い大雑把に切り、その後鉈なたを使い墨より若干大きめに削っていく。

 地面と体で材料を固定し、手前から奥に何度も何度も削りだし、板を刀の形に削っていく。──これ、やってみると楽しくなってくるな。


 しばらく作業を続けていると、ノックの音と共に「カナデさん、晩御飯の時間ですよ~」と声が聞こえた。声から察するに、ハーモニーだろう。


 う~ん、今はキリが悪いな。


 俺は「後で行くから!」と、返事だけして再び作業に没頭したのだ。


──しかし当然の様に、あの方はそれを黙って見過ごしてはくれない。突如、無銘からミコが飛び出したのだった。


「カナデ、ご飯カナ! 早くするカナ、早く行くシ!」


 抗議の声が聞こえるものの、断固として動くつもりはない。俺は「キリが悪いから」と、作業に没頭した。

 木材を削っている最中も、ミコは服を引っ張ったり、髪の毛をモシャモシャしてきたりの抵抗を見せた。──だが甘い! 俺は集中してた為か彼女のいたずらがさほど気にはならなかった。


 俺は妨害にあいながらも淡々と作業を続けていく。 荒削りから、カンナ等を使い成形作業の段階に移る。──作業ペースが落ちていくな……削りすぎ無いように丁寧にしなければ。

 そして、更に深く深く集中をしていった。完全に周囲が見えなくなるほどに──。



──しまった! 集中しすぎていた。


 気が付くと周囲は暗くなっている……。随分集中していたようだ。


「あれ……? ミコはどこ行ったんだ?」


 食事の話を聞いて、あれほどまで作業の妨害をしていたのに見当たらない……。もしかして、ふて寝でもしてしまったのだろうか?


 彼女を探すため周囲を見渡すと、テーブルの上には横になっているミコの姿と、見るも無残むざん惨劇さんげきが広がっていた。──こ、これは一体!


 俺はそのかたわらに、一枚の羊皮紙に書かれた手紙を見つけた。──文面をみると、どうやらトゥナが来ていたみたいだな?


「おい、ミコ。これはどういう事なんだ? 怒らないから言ってみろ?」と、惨劇の中央部に転がっている彼女に事の経緯を聞いたのだ。

 まずい! っと思ったのだろう。彼女は逃走を試みるものの、何故かいつもの様に空を飛べずにいた。


「そ、そんな怖い顔しないで欲しいカナ! 話すシ、話すから許してカナ!」


 飛べずに逃げ切る事は出来ないと判断したのか? ミコは顔を引きつらせながらも俺に向かい正座をして説明し始めたのだ。


「カナデが作業に没頭してる時だったかな? ボクは、沢山沢山ご飯行こうって言ったモン──!」


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 あの時確か……トントントンって、部屋のドアをノックした音が聞こえたカナ?


 「カナデ君? ご飯持ってきたわよ?」


 ドアに近づくと、トゥナンの声が聞こえてきたシ。

 ボクはその声を聞いて思ったカナ「トゥナンだ! マジ天使だシ!」って。トゥナんが居なくなっちゃうと思って、ボク慌てて飛んで行ったカナ。


──あの時のボクは死に物狂いだったシ……。ドアを一生懸命に、ドンドン! って叩いたカナ。


「トゥナン、開けて欲しいかな! お腹と背中がペッタンコカナ!」って大きな声で叫んだシ!


 そしたらトゥナンが、ドアをガチャって開いてくれたカナ。


 トゥナンはボクを見ると「ミコちゃん一人なの? カナデ君は?」って聞いてきたカナ。すると部屋の中をキョロキョロみて、木屑の中心にいるカナデを見てたシ。


 そしたらトゥナンがね「ミコちゃん、ご飯ここに置いておくね?」って優しく声をかけてくれたんだシ。女神様だと思ったモン!


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「──ちょっと待てよ、それでなんでこんな事になってるんだよ?」


 こんな事とはつまり、テーブルの上が食事の食べカスだらけになっているのだ。皿の上にあるのは、食べ物ではなくその形跡だけだ……。


「が、我慢できなかったんだモン! トゥナンが『カナデ君の分も取っておいてあげてね?』って言ってたけど我慢できなかったんだモン!」


 おい! それって人間の一人前以上の量があっただろ? その小さな体の何処に入るんだよ……。


 そうか、トゥナが来てたのか? 言われてみれば、木屑も一か所にまとめられている。そう言う気遣いは、何となく彼女らしいな。

 

「そ、そう言えばトゥナンが『カナデ君、ありがとうね?』って言ってたカナ」


 そうか……頑張ってくれてありがとうって事なのだろう……。


 しかし、俺の食べる分が一切残っていない。──ミコの奴、やりやがって!

 呆然と見ていると、ミコの視線に俺は気づいた。きっと、俺の心の内が分かったのだろう。


「ごめんカナ! 怒られると思ったけど止まらなかったシ。でも美味しかったから、後悔してないカナ!」


 まさかの捨て台詞だった。──コイツ……俺の真似しやがって、怒りにくいだろ? っとか思いつつもミコのホッペを引っ張った。


「カファデ、ゴメンヒャナ──」



──ひとしきりミコとじゃれ終わりると、空腹ながらも再び伸びをしながら、作業に戻ることにした。──余計な時間を取っちゃったからな? 急がないと。

 俺は工具箱をあさり、ペパーヤスリを探した……。


「か……考えてみたら、この世界にペーパーがあるわけがないじゃないか!」


 しかし、先ほどの模擬戦で使った木剣を触った感じ、何かしらの道具で削った様なさわり心地なんだよな?

 そう考えながら工具箱を漁ると、中から布のようなものが出てきた。


「これは……魔物の皮か?」


 数枚あるうちの一枚をひっくり返すと魔物の皮の目に、細かい木のカスがついている。


「なるほど……異世界ならではの工夫なわけだ?」


 俺は確信した。道具箱の中にある、一番目の荒い皮で成形の終わった木刀を擦った。──予想通りだ! ペーパーヤスリのように削れるぞ?


 あの木剣の艶やかな謎はここにあった様だ。そのまま作業に戻り、魔物の皮で淡々と木刀を磨きあげていく。


 部屋の中には、木をヤスリ掛けする音と、満腹精霊の寝息が木霊こだまするのであった。

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