第60話 ロッククラブ

 目の前からは、巨大な岩の様な何かが煙を上げながら、こちらに向かって並走している……。


「あ~……本当にロッククラブですね? 運悪く、彼らの求愛行動中に出くわしてしまったようですね……。普通なら滅多に出会うことは無いのですが」


 誰か集団クラン内に運が無い子がいるな? 誰だよそいつ……。俺じゃないよね?


「あのように並走して、一番足の早いものから求婚するのです。こちらに向かってこなければ、学術的にも大変貴重なのですが……」


 ティア、親切な説明ありがとうございます。それにしても、普通に人間の成人男性ほどの大きさがあるな……あの蟹。

 とりあえずデカくなればいいんじゃないか? みたいな所があるぞ、この世界の生き物!


「ティアさんは下がって下さい! ここは私達が」


 トゥナは手を広げ、彼女に下がるように指示をした。しかしティアは、それに反して前に出てきたのだ。


「ティアさん、貴方は一応護衛対象なんですよ? 下がって!」


 俺は彼女の身を案ずるも、ティアは首を横に降り否定の意思を俺達に向ける。


「貴方達エルピスには、攻撃魔法が使える術士は居ないのでしょ? 先制攻撃だけでも、私が協力いたします!」


 彼女はそれだけ言うと、腰から一本のダガーを取り出した。


「我、契約に従い力を欲す者なり、我が魔力を糧に、尖鋭せいえいなる風の刃を生み出したまへ」


 彼女が呪文のようなものを唱えると、不可視なはずの風の塊のようなものが視覚化され、ダガーに集まっているのがわかる……。


アネモス・クスィフォス風刃!」


 そう叫びながら、手持ちのダガーを突出したティア。

 ダガーからは突風が、凄い音と共に一直線にロッククラブへと飛んでいき、並走している五体の中心の一匹の右足に触れた。


 すると視覚化された風が触れると同時に、ロッククラブの脚が数本、関節で千切れるように飛んでいき空中に舞った。巨体は右側に倒れ二匹を巻き込んで転倒した。ボーリングのピンの様に………。


 お、おぉ~俺のと違って、本物の攻撃魔法だ!


「なぁなぁミコ? 俺もあんな攻撃魔法ってないのか?」


 やっぱ俺も男の子な訳だし、使う使わないにしろ憧れはするんだよな。あんな感じの、呪文みたいなのは勘弁なんだけど……。


「もっと凄いの出来るシ。カナデ、魔力低いから二、三日寝込むことになるかもだけどいいカナ?」


 軽快なフットワークと共に、嬉しそうに右! 左とシャドーボクシングをするミコ。


「──いいわけないだろ!」


 突っ込みをいれて前を向き直すとトゥナが転倒した三体に向かって走っていく。


「カナデ君! いつものフォーメーション!」


「了解!」


 俺は、馬車の前から少し離れたところで待機する。こっちに向かってくる残り二体と、馬車との軌道上に位置する場所で戦闘体制を取った。


 後ろからは「ハーモニー様。いつものフォーメーションとは何ですか?」


「そうですね、基本トゥナさんに大変な前衛を任せて、カナデさんが私達。非戦闘員の護衛と言う名目で手を抜く作戦が、私達エルピスの基本スタイルなんです~」と、声が聞こえた。


「ハーモニー言い方! 言い方が悪いから!」


 後ろからは、ティアの突き刺さるような視線が痛い。どのみち今回は敵が二分割しているため、自己防衛の為に抜かないといけないな……。


 俺は鑑定眼によって、赤く瞳を輝かせたまま、二匹のロッククラブに向かって走っていく。

  二匹は俺を引き潰す為なのか、さらに速度をあげて正面から走って来たのだ。


 俺はその二匹の隙間を通り、すり抜けるように通過した。そしてロッククラブはそのまま荷馬車に向かって走って行ったのだ……。


「ちょ、ちょっと! あの人、護衛忘れてるんじゃないですか!普通に避けましたよ? こっち来ますよ!」と取り乱すティア。


 それでも、そのすぐ隣にいるハーモニーは十分に落ち着きを見せている。なんだかんだ言っても、彼女は俺を信じてくれているのだろう。


 誰にも気づけない程の速さで抜かれていた無銘を、カチンっと鞘に戻す。

 その瞬間、二匹のロッククラブが馬車の目の前で突然真っ二つになったのだ。


 良し! まず二匹討伐完了。


「ロ、ロ、ロッククラブが……縦に真っ二つ! 背中の岩は本物の岩なんですよ? 殻も岩並の硬度なんです。比較的柔らかい脚の関節を全て切り落として、自身の重量で殺す。それが討伐のセオリーなのに……」


 え? そうなの? そう言うのは早く言って欲しいな……。めだって恥ずかしいじゃないか。


 ハーモニーは目の前で、俺が真っ二つにした、先程まで生きていた蟹を、次々解体していく。──トゥナといいハーモニーといい……本当に異世界レディー逞しいな。


 さて、トゥナはどうだろうか? 遠巻きに見ると……二匹は動いていないな。既に、倒し終わってるのだろうか?


 残りのロッククラブは、二本のハサミを使いトゥナに対し怒涛どとうの連続攻撃を繰り出している。

 しかし、それを危なげなく全てを避けきる彼女。その姿は、さながら中々掴むことのできない、美しく舞い散る花びらのようだ。


「フォルトゥナ様! お気をつけください! そこです! そこ! 今ですよ!」とティアの応援の声がヒートアップして行く。


「フォルトゥナ様! 脚ですよ! 関節です」


「はい? 関節ですか?」


 そう返事すると同時に、レーヴァテインは、ロッククラブの顔に刺る。そして目の前の大蟹は、あっけなく泡を吹いて倒れたのだ。──流石トゥナだ、危なげなく倒したぞ。


 しかしながら、何故か俺の隣にも顔面を蒼白しにて、泡を吹いて倒れそうなギルド職員が一人いる。


 どうやら、一人の常識がぶっ壊れたものの、特に苦戦もなくエルピスを結成した俺達の初戦闘は、無事に終了したようである。

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