第58話  エルピス

 一頻ひとしきり説教も終えたぜ……。噂の拡散もギルドの方で対策を取ると言う事らしいので、心配だがティアに任せることにした。──非常に……不安だが。


 同人誌擬きは、どうも食事会の時に酔って何処かに落としていたとか……。

 俺は悟った。この人に酒を飲ませたらダメだ……っと。まったく、あの一晩だけでいくつの黒歴史を作る気なんだ?


 そんなことを考えていると、少し離れた所からトゥナとハーモニーのガールズトークが聞こえる。


「お帰り、二人とも」


「ただいま、カナデ君」

「ただいま戻りました……あれ? ティアさんどうかしたのですか~?」


 落ち込むティアの様子に、一目で気づくハーモニー。彼女自身、感情表現力豊かな為か、人のそう言った変化に気づきやすいのか?──まったく、良く見ているよ。


 俺はしっかりしろ……と、声を出さずにティアに睨みを効かせた。


「全然何ともございませんよ? お気遣いありがとうございます。ハーモニー様は、とてもお優しいのですね」


 その言い方だと俺が優しくないように聞こえるな? 遠回しに嫌みか? 嫌みなのか? どうやら、彼女は反省がたりないようだ。


『自業自得だシ……。あれだけ脅迫とお説教すれば、誰も優しいとは言わないカナ……』


 そうか? これでもかなり手心を加えたつもりなんだけど……。


『……』


 おい! 念話を使ってまで沈黙するのは止めてくれ。ちょっと堪えるから……。

 俺がミコと漫才をしている最中、トゥナが何かを言いたそうにこちらを見ている。


「カナデ君ごめんなさい……あまり良い依頼は見当たらなかったの」


 あぁ~、そんな理由でこの場を離れててもらってたか? しかし、見つかってないなら丁度良かった。


「ごめんトゥナ、その事何だけど……」


 俺がティアの顔を見ると、彼女は諦めたかの様に、一枚の依頼書をカウンターの上に広げた。


「フォルトゥナ様、ギルドから、一つお願いがあるのですが。こちらに目を通していただいてよろしいでしょうか?」


 その言葉を聞いたトゥナとハーモニーが、カウンターに置かれた依頼書を覗きこんだ。


「この内容は……。ティアさんと冒険できるんですか?」


 そう言いながら笑顔を見せるトゥナ。その姿を見たティアは、彼女の純粋な好意の気持ちに直視する事が出来ないらしい。──とっても眩しそうだな……。


 それでも何とか声を絞り出すように「フォ、フォルトゥナ様が依頼を受けていただければ……ですけど」と、返事を返す。

 何とも微妙な表情のティア……。トゥナと一緒に居たい気持ちと、職権乱用している事への罪悪感の間で心が揺れ動いてるのだろうか?


 ──しか~し、俺がこの好機を逃すはずがない。すかさず「俺は賛成だよ〔ニッコリ〕」と答えた。

 それに便乗するように「私もいいと思います、それならお手伝いもできますし~」と、ハーモニーが何も知らずに後押しする。


 カウンターの上で頭を抱えるギルド職員の出来上がりだ……。これでほぼ確定だろう。


「で、では。具体的な金額は、これぐらいでどうでしょうか?」


 何やら金額の書いた紙を提示してきた……確かに、依頼を出す以上ギルド側も報酬を出さないわけにもいかないか? よし、お金の話はトゥナに任せよう、いつものことだし……。


 そんなことを考えていると、不意にハーモニーが俺の服の腕辺りを引っ張った。──どうしたのだろうか? 一人でトイレに行けないのかな?


「カナデさん……ティアさんをどうやって脅したんですか? ギルドからの推薦依頼なんて、どう考えても普通じゃないですよ?」

 

 なるほど……。ハーモニーは本当によく見ているな、俺達の中でもちびっ子だけど常識的だ。

 俺は彼女の質問には答えず、だまって頭を撫で回してやった。──そもそも、何で俺が脅したこと前提の話なんだよ! 実際に交渉はしたけどさ!


『カナデ……そういう所カナ。自分の過ちを認める所からカナ』


 中々手厳しいミコのツッコミにもめげない! 結果よければすべていいのだ!


「やぁ~やめろぉ~」と暴れるハーモニーとじゃれる……。


「──っい! いたたた!」


 痛みの発生源を横目で見ると、いつぞやの様にトゥナが両頬を膨らませ、俺の耳を引っ張っているのだ。──おたふく風邪? 違いますよね、お怒りですよね……。


「カナデ様、何してるのですか? 死んでくださいよ」と、とても良い笑顔で本音を織り混ぜてくるティア。──さっきの事、どれだけ根に持ってるんだよ!


「カナデ君は、ハーモニーと仲がよろしいようね? やっぱり結婚したかったのかしら?」


──それは誤解だったろ! 


 何故かご立腹のトゥナさん……。俺はハーモニーを見て、無言で助けを求めたのだが……。


「そうなんですか? でもカナデさんに魅力を感じられません。出直してください~」と、厳しい彼女のお言葉。


 助けを求める為、辺りを見渡すが誰一人として、俺に視線を合わせようとしない。──あれ? もしかして俺の味方は居ないのか……?


『当然カナ、日頃の行いを改めるシ……。でも……ボクはカナデの事、嫌いじゃないカナ?』


 ミ。ミコさんよ……。突然優しくしないでくれ、マジで泣くから……。今後はお前が住みやすいように、バックのメンテも欠かさずやるからな?


「ふぅ……。取りあえず依頼の契約と、ハーモニー様の登録はこれで完了です。それとは別に、今後パーティーメンバーが三人以上になりましたので、集団クランのリーダーと、集団クラン名を決めていただきたいのですが?」


 お……おぉ~! まるでファンタジーの世界だ! リーダーはトゥナがやるとしても命名は大事な所だな……。

 どちらにしても任せてしまおう。専門外だ!


「両方ともトゥナに任せた、そっちで決めてもらっていいよ」


 俺の発言にハーモニーも頷く。冒険者歴も一番長いし、任せて失敗もないだろう。


「じゃぁ、集団名は……エルピスで、どうかしら?」


「エルピス……。希望……ですね? フォルトゥナ様らしいと思います。それでは、リーダーはどういたしましょう?」


「──カナデ君でお願いします」


 そうか、エルピス……。聞きなれない単語だけど、夢を語った俺達にはピッタリな名……。


「──はっ?」


 任せたとは言ったが、まさか俺を指名とか……あまりにも予想外すぎて言葉を失ってしまった。


「残念な話だけど、まだこの業界は男社会の風習が抜けてないの……。それにカナデ君が一番強いし。弱肉強食は冒険者の暗黙のルールなのよ?」


 丁寧に説明してくれたけど、そんな事を言われても困るぞ! 人には向き不向きがあるんだ。

 何度目か分からないが、俺は助けを求めるようにハーモニーを見た。──ハーモニーも、俺がリーダーじゃ嫌だろ?


「そんな顔しても駄目ですよ~? 自分がまかせたんですから~。後言っておきますが、リーダーやるだけで魅力的になったとか勘違いしないで下さいね~?」


──って、まだそのネタ引きずってるのかよ!


「カナデ様、何も業務の全てをリーダーがやるわけではないのです。それに、後で変更も利きますので」


 っとか言いながら、必死で笑いを堪えるティア。とても満足そうだ……。


 結局俺は断り切れずに、リーダーになる事を承諾することにした。 不本意ではあるが、中々戦わないリーダーが、今ここに誕生したのであった。

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