第21話 勇にして謀断有り、軍計を識る

 名軍師、諸葛亮孔明とホウ統士元の活躍により劉備は蜀入りし益州牧となり、荊州の一部を孫権に返還する。やがて漢中を平定していた曹操を撤退させ、劉備は漢中王となった。


 本拠地を建業に遷した孫権は頼りにしていた周瑜も魯粛も失い、途方に暮れているところ妹の孫尚香がやってきた。


「兄上、どうなさるのですか? ぼんやりなさっていては魏にも蜀にも滅ぼされてしまいますわよ」

「う、うむ。しかしまずは内政を整えなくては……」

「魯粛がいないのですから副都督の呂蒙を大都督にして、副都督を陸遜にすればよいでしょう」

「そうだな。お前は帰ってきてから呂蒙を教育していたようだな。おかげで魯粛が呉下の阿蒙にあらずと言っておったな」

「うふふっ、三日会わざれば刮目せよ、ですわ」

「ふむ。尚香の言う通りにしよう」


 育ちが良くおっとりとした孫権は我慢強く賢明ではあるが、判断力と智謀には疎かった。周瑜と魯粛の亡き今、それらを陰から補うのは劉備の元から帰ってきた孫尚香である。

尚香は劉備への思いを捨てきれず、かと言って帰ることも叶わず、暇を持て余し、時間つぶしのように兄の孫権に助言し、そして呂蒙を教育している。


「さて論語は全部読んだんでしょうね」

「は、はい」

「為政で君子についてなんと言っておる?」

「え、と交際が多く偏りがないと」

「ほかには」

「……」

「器ならず、じゃ」

「そ、そうでした」

「もう少し読みこめ。公瑾が草葉の陰で嘆いておろうぞ」

「くっ……」


 呂蒙は遠くを見るように周瑜公瑾を偲ぶ。尚香が呂蒙の気持ちを知ったのは江東に帰ってきてからである。周瑜公瑾が亡くなり呂蒙はせっせと周瑜の妻、小喬と尚香と孫権の兄、孫策の妻、大喬の世話をしていた。てっきり尚香は二喬姉妹を呂蒙が欲しているとばかり思っていたが、実は彼は周瑜を愛していたのだ。


 尚香が二喬姉妹を見舞いに周瑜邸に向かったときであった。孫策、孫権、尚香と周瑜は兄妹同然であったので彼女も特に遠慮せず屋敷に上がる。使用人が表に出ているらしく、屋敷内は静かであったが、かすかに呻き声が聞こえた。尚香は二喬姉妹が周瑜を偲び、すすり泣きをしているのであろうとそっと幕の外から中を覗く。すると呂蒙が周瑜の名前を愛しそうに呼びながら彼の愛用の剣を抱きしめているのが見えた。


 劉備から離れ、尚香も心と身体が空虚になったようで何となく日々を過ごしてはいたが、独り哀れな呂蒙をどうにかしてやろうと思い立った。

そうやって彼女自身も喪失感を拭ってきたのである。


 呂蒙は彼女の劉備に対する気持ちと自分の周瑜に対する気持ちが同じであろうと思っている。そしてこうやって自分を慰め、教育を施し、大都督として恥じない教養を与えてくれる彼女の恩に報いたいと思っていた。それがのちに荊州城をとり関羽雲長を追い詰め、首を取ることにつながるのである。


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