5. お出かけ観光

「そういえば盛護せいごさん。お義母様は魔法のこと何も聞いてきませんでしたけど、この国の人って結構そんな感じなんですか?」

「あぁ…そのことか」


 家を出る前にした母さんとの会話についてだった。

 隣を歩く恋人、ラミシィス・エステリアをちらりと見て言葉を返す。風に揺れる髪が太陽を反射して明るく輝く。普段が黒に近いだけあって、明るい輝きは新鮮だ。ライトブラウンの瞳と相まって美しさに磨きがかかっている。


「母さんはきっと、俺たちに気を遣ってくれたんだろう」

「え?私たちにですか?」

「そう、俺たちに」


 十年ぶりに帰ってきた息子が魔法だ異世界だ言いだして、実際に突然美女が現れたりしたら気にならないわけがない。根掘り葉掘り聞きたかったことだろうよ。


「えー、そんな雰囲気ありませんでしたけど」

「お前は」

「む、"お前"禁止です」

「君は」

「はい許します」

「…君は相変わらず鈍感だな」


 むーっとばかりに唇を突き出して不満を示す恋人。

 このお姫様、なかなかに言葉に敏感である。いつ頃からか忘れたが、呼び方における"お前"禁止令が出されている。


「鈍感って、私、盛護さんの好き好きアピールにはすぐ気づきましたよ?」


 そりゃそうだろ。直接好きだ好きだ言い続けたんだから気づかない方がおかしい。だから自慢げな顔しない方がいいぞ。可愛いだけだ。


「あれで気づかないやつはまともじゃない。それより、ラミィが鈍感なのは周囲の気遣いとかそういうものに対してだよ」

「気遣い?」

「うん。ほら、あるだろ。二人っきりにしてあげようとか、こいつあの子のこと好きなんだなとか」

「へー、そういうこともあるんですか?」


 ぽやっとした顔でぼけっとしたことを言う。

 ラミィに聞いた俺がばかだった。このお姉さんはプリンセスなだけあって中身ふわふわなんだった。


「まあいい。それよりそろそろ駅だ。準備はいいか?」

「ふふ、はい。お任せくださいな。切符の使い方なら完璧です」


 ふふん、と笑みを浮かべる彼女に苦笑をこぼし、駅構内へと進む。

 今日は平日の金曜日、時刻は朝の8時半。今さらのことではあるが。


「混んでるなぁ…」

「…薄々察していたのですけれど、みなさん"これ"に乗るのですね」


 心底楽しくなさそうな声が隣から聞こえる。顔を見れば思った通りとても嫌そうな表情。トパーズ色の綺麗な瞳の光が弱くなっている。

 彼女が"これ"と言ったのは、もちろん電車である。難なく切符を買って改札を抜け、駅のホームに着いた途端の言葉だ。

 十年越しの電車が満員電車とは、気分がひどく盛り下がる。


「どうする?一本待つか?」

「うー…どうなんですか?私たちが乗るのもこれと同じくらい混んでいるんですか?」

「まあ、おそらく」


 十年ぶりなのでなんとも。ただ、片方の路線がこれだけ混んでいてもう片方が混んでいない、というのはあまりないだろう。


「それは…面倒ですね。これと同じ人混みのに乗るのも面倒ですし、待つのも面倒です」


 葛藤中なご様子。眉を寄せる表情ですら可愛らしいのはいったい…なんということだ。俺は今、気づいてしまったことがある。


「……」


 軽く周囲を見渡せば、多くの人間が目に入る。スーツ、制服、私服。服装はなんでも。男女問わず人が多い。こういうとき、自分の背が高くてよかったと思う。

 それはどうでもいいとして、周りを見てわかった。どうにも、俺たちはちょこちょこ見られている。注目されているらしい。

 考えてみれば当然だ。俺はともかく、ラミィはどう考えても日本人ではない。アジア人ではあっても、日本人ではない。

 外国人がいて、なおかつそれが美人と来れば注目もするか。なにせラミィは美人の中でもプリンセスな美人だからな。その辺の美人には太刀打ちできないほどの美人なのだよ。そんな美人の彼氏こそが俺。誰がなんと言おうと恋人は俺だ。その座は渡さん。奪いたければ命を懸けてかかってこい!受けて立ってやる!


「盛護さん、なに不機嫌になっているんですか?顔が怖いですよー」

「む…」


 左頬をつままれて現実に帰る。

 つい、昔ラミィをかけて挑んできたやからのことを思い出してしまった。あの男、結構いいやつだったんだ。"俺の方が彼女を幸せにしてみせる!無職のお前に何ができる!!自分のことで精一杯じゃないか!!"とかなんとか言ってきたんだよ。俺、なんて返したんだったか…。


「むー、無視とはいい度胸してますね」


 …あぁ、思い出した。


「"うるせえ、知るかボケ"」


 だった。ついでに顔面殴り飛ばしたんだよな。あいつ、魔法剣士だったし改造魔人の俺からしたら雑魚ざこだったなぁ。所詮は人間よ。人の身やめてから出直してこいって話。でも、無職は効いたわ。そのおかげでちゃんと仕事するようにしたし、そこは感謝しているよ。ありがとう、達者でな。


「ふふふ、今のセリフ、あれですね?私を奪われまいと必死になったときのセリフですね?きゃー盛護さんってばもぉー、いっつも私のことばかり考えているんですからっ。仕方ない人ですねー」

「とりあえず頬離してほしいんだが」


 やんやんと弱く首を振るラミシィスさん。外であることを意識して自分を制御しているのはさすがと言うべきか。しかし、人の頬をつまんだまま何かしらするのはいかがなものかと。俺はそう思う。


「あら、失礼しました。でも盛護さん?いきなり"うるせえ、知るかボケ"はないです。私じゃなかったら引いてますよ。普通の恋人だったらドン引きです。私が恋人であったことに感謝してほしいですね」

「あぁ、ありがとう」

「んふふ、どういたしましてー」


 にまにまするラミシィスお姉さん。どう考えても年下にしか見えないのに、表情以外はしっかり年上している。不思議だ。

 に、しても。


「嫉妬、か」


 ラミィが注目を受けて見られることに嫉妬する自分がいる。

 これだけ綺麗で可愛い女性に多くの人が注目するのは仕方ないことだと思う。むしろ当たり前のことと言える。しかし、それと俺の感情は別だ。

 自分の彼女が邪な目で、好奇の目で見られることを好む男はいないだろう。少なくとも俺は好まない。まったく、小さい男だよ、俺は。


「…ねえ盛くん」

「な…なにか?」


 ふぅぅ、耳元で囁かれるとゾクッとするぜ。悪くない、悪くないが心臓には悪い。変な反応をしてしまった。


「ふふ、私はあなただけのものですから、そんなに心配しなくて大丈夫ですよ。大好きです。ちゅっ」

「うぐぁ」


 それはまさに、完全敗北であった。青天の霹靂へきれきとはこのことである。

 まず囁きにやられたことが一つ。次に全開のお姉さんらしさが二つ。そして"大好き"の一言が三つ。とどめに頬にキスときた。

 嫉妬など消えたよ。俺はもう、この美女の愛のしもべだ。


「ふふふー、さあ盛護さん。電車が来ますよ?ぱぱっと魔法もかけましたし楽しく行きましょうねっ」


 また幾分か楽しさが増した笑みを浮かべて、ラミィは俺の手を引く。

 やけに顔が熱く、彼女からの頬への口付けが頭の中を占拠する。こういうとき、ラミィが本当に年上なのだと心の底から実感できるのだが、毎回物凄く恥ずかしくなるためあまり実感したくないのが本音だ。

 いや嘘だ。何度でも頬キスしてほしい。よし決めた、後でもう一回お願いしよう。

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