1年目、夏④
ポスティングの効果が現れたのはポスティングを始めて2週間後、その効果が拡大したのは学校が夏休みに入ってからでした。初めて依頼の電話が入った時にはオーナーさん、テンパっちゃってなんて頭掻きながら笑っていました。注文をメモする手が震えて、在庫を確認する為に立ち上がった膝が震え、「15分後、お伺いします。」という声までビブラートが効いちゃったそうです。
それが今では配達員まで配置する始末。発注担当者を育てられないのは、私がその重要性を伝えきれていないから。教育に手間がかかるとか、発注を他人に振るのが不安ということも一因だとは思いますが。配達員とは例の最近採用した高校生なのですが、電話の応対から配達、現金の処理までスマートにこなしているとのことです。
「学校が休みの間は暇なんでいいですよ。配達でも店番でも。店の中は涼しいし・・・」
残念ながら彼の思惑は外れてしまうわけですが。配達=お外で頑張る。熱中症予防で飲み物だけは渡しておかなくてはなりませんね。
「少しずつだけど、配達の電話が増えてきているんですよ。特に夏休みに入ってから。夏休みだからかな。」
「へぇ~。あ、配達記録つけているんですね。見たいな~。」
「いいですけれど、まだまだ少ないですよ。」
誇らし気なオーナーさんの顔。仮説や発注に関しては記録なんて一切しないのに、配達については自主的にノートを作って。こういう時、SVやっていて良かったと心から実感します。うん、名前や住所の他にレシートのコピーも貼ってあります。レシートはレジ操作で何度でも再印刷が可能。配達の販売履歴の蓄積は面白いかもしれませんね。
「オーナーさん、このまま継続できそうであれば、地区の勉強会で発表してみませんか?」
「いやいやいや・・・やめましょうよ。俺、人前で喋るのはダメなんだって。」
「本当ですか。打合せ中はこんなにペラペラ喋るのに。」
「ちょっと・・・」
今日はちょっと様子を見に来ただけ。希乃店、夏休みに入ってから調子が良いんです。うまくいけば7月は前年比100%クリアも。今日はもう上がりです。気分上々で帰宅しましょうかね。
帰る前になんとなくパソコンを確認しておこうかなと、駐車場でPCを開くとメール受信のアイコンが。開いてみると嫌~なタイトルが飛び込んできました。『クレーム対応依頼の件』。SVをやっていて一番見たくないメールのひとつです。せっかく気持ち良く帰れるはずだったのに、全く。気持ちを切り替える意味も込めてフゥと息を吐き、中身を確認しました。対象店舗は音和店。クレームの内容は、箸の入れ忘れ・・・?それだけ?そんなことでわざわざ本部に連絡を?暇人ですか、クレーマーですか、ストレス発散ですか?無闇に仕事を増やすんじゃない。無論、口が裂けても声に出すことはできません。電話にしろメールにしろ、本部に寄せられたすべてのクレームは『お客様相談室』にて管理されます。初期対応が行われた後、以後の処理は該当店舗の担当SVに任されます。
『本日、お弁当を買ったのですが、割り箸が入っていませんでした。お弁当についているのかと、家に着いてから調べてみましたが、やっぱり付いていませんでした。袋の中も探しましたがありませんでした。こちらのお店様ではお箸は頂けないのでしょうか。レジでお箸がいるかいらないか聞いてくれればこんなことにならないと思うのですが。他のコンビニではちゃんとお箸が入っています。そんなに高価なものではないでしょう。』
一読してパソコンの電源を落としました。内容によってはSVからお客様に連宅を入れたり、お客様相談室に指示を仰いだりしなくてはならないのですが、さっきのメールに、後日連絡不要となりました。こちらから改めて謝罪する必要はありません。お店に連絡は入れますが、今は気分ではありません。今日はお仕事終了。また明日。
「オーナーさん、クレームが1件入りました。」
翌朝、わざわざ予定を変更してまで訪店することもないだろうと、電話で連絡を入れました。
「え、クレームですか。申し訳ありません。どのような内容でしょうか。」
「割り箸の入れ忘れです。朝礼の時にでも、お箸が必要かどうかお客さんに聞くようにしていきましょうと、従業員さんにお伝え下さい。」
「分かりました。どうもご迷惑おかけしてすみません。」
「いえいえ、気にしないで下さい。大きな声では言えませんが、そんなに大した苦情ではありません。接客をもう一度見直して行きましょうという様な形でお話頂くと良いかと思います。」
「はい、分かりました。どうも申し訳ありませんでした。」
新店のオーナーさんだけに、真摯に受け止めてくれたようですね。これがベテランのオーナーさんともなると、
「箸?大体入れていると思うぞ、うちの従業員は。サービス品だし、いちいち出向いて謝っていたらキリがないわな。次から気を付けます、はいおしまい。」ってな感じで聞き流されてしまいます。尤も、今夏の件程度であれば、その方が正解かなというのが私個人の意見ですが。ひとつ言えることは、経験を積んでくると重大なクレームと無視して差し支えない苦情の判断を下せるようになってきます。これはSVも同様。対処を謝ればより大きな問題に発展しかねませんが、店に非があり対応を間違え、その後長い期間渡って解決がなされなかったという苦情というのは、私の周辺では起こっていないようです。今回もこの件はこれで終いとなりました。
この件は、ね・・・
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