165話 吟味


 三つ首竜は比較的ゆっくりと場内を移動していた。

時々、3つある首の1つを激しく振っている。

突然に深い眠りから覚めたため、まだ頭が働いていないのだ。

移動が遅いのは建物が邪魔なせいもあるが、頭がきちんと動いていないせいでもある。


 これは竜の背中に乗るベアトリスも同様だった。

機嫌が悪かったベアトリスもいまや、酒ですっかりできあがっている。

竜の背中で揺られながら起きているのか寝ているのかわからない状態だ。

 横をいく竜人が時々ベアトリスを揺すって起こさなければならないほどだ。


 それでも竜はなんとか義清たちのいるくるわまでやって来た。

城門を破壊して郭に突入してから、竜は初めて義清たちを認識した。

竜の視線の高さならもっと早く認識することができたはずだった。


 それに気づかなかったのは、やはり竜の頭が完全には働いてないせいだろう。


 竜人がベアトリスに義清たちのところまで来たことを告げるが、ベアトリスはほとんど眠っているような状態で話にならない。


 三つ首竜の方は盛んに鼻を鳴らして臭いを嗅いでいる。

本能的に郭の中にいる者たちを敵か味方か感じ取ろうとしているのだろう。


(頼むからさっさと通過してくれ)


 義清は祈るような思いで三つ首竜を見ながら思った。

義清にしてみれば、三つ首竜がこの郭に留まってもらっては困る。

三つ首竜が義清たちを吟味している間に、近衛師団がやってくれば戦いに巻き込まれる可能性があるからだ。

三つ首竜にはさっさとこの郭を通過してもらい、近衛師団と大禍国を別の集団と認識してもらう必要がある。


 三つ首竜は3本の首を器用に地面近くまで降ろす。

そうして郭の中にいる者たちの臭いを嗅ぎ始めた。

臭いでいくつかの種族が郭にいることはわかったが、その理由がわからず困惑しているのだろう。


 普通はこんなに多くの異種族が一箇所にいることはない。

なにかおかしな場に入ったかと警戒しているのだ。


 臭いを嗅がれる側はたまったものではない。

勢いのある鼻息を吹きかけられるかと思えば、鼻の穴に吸い込まれそうになるほど吸引される。

三つ首竜は時々、喉を鳴らしたり唇を上げて牙を覗かせる。

目の前に立ってるものからすれば恐怖で頭がおかしくなりそうだ。


 三つ首竜がそのまま口を開ければ、2秒で口の中に入れられてあの世行きだろう。


 三つ首竜からすればこれは試しなのだ。

ここまで頭を接近させて何もしてこなければ、自分にとって害がないと判断できる。

鼻先に剣の1つでも突き立てれば、即座にペロリと飲み込める。

剣くらいで竜の外皮を貫くことなどできないので、竜は余裕を持って相手を吟味できるのだ。


 三つ首竜は色々と嗅ぎ回っている内に、義清の前まで頭を持ってきた。

そうして義清の臭いを嗅いだ時、三つ首竜は酷く顔を歪めた。

義清とは別の者を嗅いでいた他の2つの首は、義清から遠ざかった。


 義清の前の首は臭いを嗅ぐのを止めると、義清を小突いた。

小突いたといっても、それは竜にとっての小突いたで、義清は後ろに吹っ飛ばされてしまった。

訳が分からず困惑する義清に三つ首竜は、今度は前足の爪で義清を小突いたり飛ばしたりする。


 まるで猫がネズミを転がしているような具合だ。

三つ首竜の力加減1つで義清は潰されて死ぬだろう。


 黒母衣の何人かが義清を庇おうと前に出るが、周りの者に取り押さえられた。


 彼らが三つ首竜に歯向かえば、義清が声1つ上げずに耐えている意味が無くなってしまう。

郭の中にいる全員の命がかかっているのだ。


 三つ首竜はしばらく、郭の中で鼻を鳴らして嗅ぎ回った。

その間、義清はずっといたぶられるように竜に爪で転がされ続けた。


「うあっ!!なんだあれはっ!!」


 突然、郭の入り口で大声とどよめきが上がった。

 近衛師団が郭に到達して三つ首竜をみて悲鳴を上げたのだ。


(しまった!!)


義清が最も恐れていたことが現実となった。

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