158話 族長の資質


 ゼノビアは先のラインハルトが筒衆の指揮に失敗した時に、それをかばって最精鋭の先手衆で近衛師団を防いでいる。

これは元をたどればゼノビアの責任だ。


 筒衆を指揮したことがないラインハルトに実戦で指揮を任せた。

ラインハルトとのことを人に聞かれれば腐れ縁と言うゼノビアだが、友の頼みということでラインハルトに筒衆を貸したのだ。


 これはゼノビアの失敗といっていい。

ラインハルトは筒衆の指揮の仕方を会得したが、代償にゼノビアの先手衆は鎧に付与された魔導は失われた。

魔導の再付与には金がかかる。

しかも、先手衆の鎧に施された魔導は特別なものだ。

費用もその分おおくなる。


 アルターは先手衆の鎧の魔導が失われたことに怒っているんではない。

その失われた魔導を再付与する費用の、工面の仕方に怒っているのだ。


 ゼノビアは今戦っている近衛師団の首級を上げる。

それを義清に持っていくことで手柄としてもらう。

手柄を上げた褒美として義清から金をもらえるので、その金を先手衆の鎧の魔導を再付与しようとしているのだ。 


「お答えいただきたいゼノビア様、兵に無理ないくさをさせてはおりますまいな?」


アルターが再び質問する。


「……まだ、させちゃいないよ」


ゼノビアが答えた。


「しかし、次はさせるつもりいらっしゃる。違いますか?」


「……」


「取れぬたぬきの皮算用という言葉があり申す。手に入ってもいないものであれこれ計画を立てては、事を仕損じた時にどう兵に説明するおつもりか」


「知ってるよ。そんなことわざくらいね」 


「それならなぜ、取れてもいない近衛師団の首を当てにしているのですか?もう先手衆の魔導は剥げてしまったのですぞ。その再付与費用を工面するのに、魔導の剥げた先手衆をまた突撃させるおつもりか?そこででた損害をなんとされる。討ち死にした戦士の子を成人まで面倒見るのは我らですぞ。子が成人するまでの面倒を見る金は、魔導再付与にかかる金より何倍も多くかかるのですぞ」


「少し無礼過ぎないかアルター。物の言いに分というものがあるぞ」


 ここでラインハルトが横槍を入れた。

副族長のアルターの物の言い方が、族長であるゼノビアに対して無礼だといっているのだ。


 これにアルターはラインハルトをギロリとにらんで言う。


「口出し無用に願うラインハルト殿。死者がでてののしられるはゼノビア様の指揮能力、出ていくのはヴァラヴォルフ族の財、同族から問われるは指導層の資質。このことに関してボア族が出る幕はござらん」


「そうせんがため、次の突撃は我らボア族が先手衆が先陣務めると言うとる。ヴァラヴォルフ族はその後に続いてくれればいい」


 このラインハルトの言葉にアルターは今まで首だけラインハルトの方を向いていたのを、体ごと向けてラインハルトを正面から見据えた。

アルターがラインハルトに本腰入れたのだ。


「では言わせていただくがラインハルト殿、次の突撃でしくじればどう兵を立て直すおつもりか?」


「なに!?俺がたかが近衛師団相手に仕損しそんじるというのかっ!!」


「聞かば現に仕損じておられるとか。それ故にゼノビア様が先手衆を出して敵を抑え込んだという報告を聞いておりますぞ」


「筒衆の指揮を俺が知らんかったので、ああなっただけだ。次はうまくできる。現に今も俺は筒衆を指揮してみせただろう」


戦場いくさばでは何が起こるかわからぬのが常。うまくいくだろうで事を起こしては、いざという時にどうにもなりませんぞ」


「釈迦に説法だアルター!!それぐらいのこと戦士経験のある俺ならとうの昔から知っとるわい」


「ただの戦場ならこんなことは言わん!!」


 ラインハルトの怒鳴り声よりも大きく怒気を込めてアルターが言った。

勢いをそのままにアルターが続ける。


「これはあくまで、ボア族とヴァラヴォルフ族とが近衛師団と争う、たかが私戦ですぞ!!そのようなところで死ぬか生きるかの突撃を兵に命じると?不合理もたいがいにして頂きたい!!恩賞が確実に出る戦場ならいざ知らず、たかが私戦で大殿がそこまでの褒美を出すとお思いか。冷静に考えられよ」


 一呼吸おいてアルターがなお続けた。


「今王国中が我らが大禍国に注目している。何か付け入るすききはないか、兵の強さはいかほどか、話がどれほど通じるか。それをこの一戦ひといくさで台無しにされるおつもりかっ!!この戦絶対に負けられぬ戦なのですぞ。王宮で刃傷沙汰どころか合戦騒ぎまで起こして、もし負けたとあれば天下の笑いもの。大禍国が軽んじられる結果とならん。しかし、勝ったとて恩賞は少ない。こんな戦がありましょうか。酒の酔を覚まされよ、貴殿らの仕出かしたことで大禍国そのものが揺らいだとして、そのような人に兵が付いてる来るとお思いかっ!!」


 ゼノビアは耳が痛かった。

アルターはラインハルトを通してゼノビアに言っているのだ。

普段ならこういう時に場を止めるのがゼノビアの役目である。


 もしこの戦で負ければ大禍国は近衛師団に劣ると認識されるだろう。

所詮しょせん大禍国の強さはそんなものと思われるのだ。

先の遠征軍との戦も近衛師団が出張でばっていれば王国が勝っていたかもと人々は思うだろう。


 そうさせないために今戦っている近衛師団には是が非でも勝つ必要がある。

当初は魔導も知らぬ近衛師団に楽勝するものとゼノビアもアルターも思っていた。

しかし、ラインハルトの筒衆指揮の不手際からゼノビアの先手衆の魔導は剥がれた。


 もし、なんらかのアクシデントでラインハルトが指揮するボア族の先手衆まで魔導が剥がれれば、ただの魔導を備えない普通の戦になってしまう。


 もちろん、それでも大禍国優勢で事は運ぶだろう。

しかし、それで死者がでたら遺族に十分な報いはできないのだ。


 先手衆に加わる者が死んだ場合、その遺族の子供は成人するまで族長が一切の面倒をみる。

要は残された遺族に子供が成人するまで金を出すのだ。

これは先手衆に加われる実力がある者の家族だけが受けれれる特権で、普通の戦士の遺族はこの限りではない。


 しかし、今回の戦はラインハルトとゼノビアが起こした勝手な戦、私戦だ。

そこでいくら手柄を上げても、そこまで多くの恩賞は義清からはでない。

遺族に報いるだけの金を義清から受け取ることができないのだ。


 万が一遺族への金の支払いが滞れば、その状態を見て現役の先手衆が解散してもおかしくない。

もらえるものがしっかりもらえて、自分が死んでも家族が困らないから彼らは腕一本でのし上がって先手衆にいるのだ。


 アルターはこれらのことをふまえて、先手衆が死んでも元が取れる戦をしているか、とゼノビアに問うているのだ。

近衛師団が強敵で恩賞が十分にもらえる可能性があれば、アルターはこんなこと聞きはしない。

金にもならない、ただ酒に酔っただけの戦をするのが族長としての務めかと、アルターは言いたいのだ。

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