80話 追撃

義清の本陣は順調に前進し、まもなく黒母衣衆の隣に着陣するところだ。

そこに先程の黒母衣衆先行部隊からヴェアヴォルフ族の戦士が伝令にきて、現状報告していった。行軍の最意中なので義清はその報告をラハブに騎乗して聞いた。義清の周りにはラインハルトとエカテリーナとベアトリスが、やはり同じ様にしてラハブに騎乗している。

 そこにもう一人伝令がやってきた。聞けばオアシスを制圧中のゼノビアからの使いだという。アセナから降りようとする伝令に義清は、行軍を止めたくないので騎乗したままでいいといって報告させた。


「ゼノビア様は再度指揮下の土蜘蛛部隊の人数確認を行い、抜け駆けのがいないことを確認いたしました。未だオアシス中心部に到達していない尾白、鴻部隊からも抜け駆けが出ることは考えづらいとのこと」


「ふむ、それで?」


義清は伝令が至極最もな報告をすることに不思議に思いながら報告を聞いた。先程本陣を移す前に聞いた報告とまったくかわらない報告内容だ。砂丘で孤立している部隊を警戒して映伝士を使わず、わざわざ伝令を使う理由もわからない。


「つきましては、ゼノビア様は抜け駆けがいない以上は数に不足なく兵力十分とのお考えのもと、貴族軍の主力追撃を再開されました。このことは正体不明の部隊を警戒して伝令での事後承諾になってしまったこと、誠に申し訳ないとのことです」


義清は呆気にとられて伝令の報告を聞いた。

 ゼノビアの行動は明確な命令違反だ。義清は確かにゼノビアの軍に追撃停止の命令をだしている。仮に正体不明の軍がラビンス王国の貴族軍だった場合、オアシスから敗走したピエールの貴族軍と合流して、追撃部隊を逆襲する恐れもある。それを警戒しての追撃停止命令だったが、ゼノビアは手柄欲しさにそれを無視したのだ。しかし、もはやゼノビアの軍を止めることはできない。仮に再度停止命令をだしても伝令がオアシスに帰ったところで黙殺されるだろう。黙殺されずに追撃部隊に停止命令を伝えたとしても、その頃には追撃部隊はピエールの軍に追いついて戦闘の真っ最中のはずだ。そこで停止命令を伝えて場を混乱させる方が、停止命令をだすより遥かに危険だ。指揮系統の混乱で余計な死者を出しかねない。ゼノビアはこれらを計算づくで義清の停止命令はないとみて、追撃を再開したのだ。あるいは最初から追撃部隊に停止命令すらだしていない可能性すらある。


「ガーハッハハハハ、ゼノビアらしい行動ですな。追われる貴族軍はたまったものではない」


ラインハルトが愉快で堪らないとい豪快に笑う。どんなに率いる軍が大きくなろうと、指揮官自身の根底にあるのは戦士としての手柄をあげたいという功名心とでもいいたいのだろう。逆を言えば、こういう図太い考えでなければ大勢の命を預かり、死地へと投げ込むなどという狂気じみた事の責任など取れないのかもしれない。義清は額に手を当てため息をついたが、一呼吸置いていう。


「追撃はあくまで追撃。正体不明の軍に近づいたら追撃を緩めるように、ゼノビアに伝えよ」


承知しました、というと伝令はアセナの踵を返してオアシスへと向かって行った。


「命令無視は感心しませんわ」


エカテリーナが言うと義清が答えた。


「ゼノビアも計算づくでの行動であろう。何せこの世界で初のヴェアヴォルフ族の手柄だ。なるべく大勢に多くの手柄を立てさせたいのだろう。ゼノビアも戦場慣れしとる。無茶をしなければ敵の首だけ取れる手柄取りの場。みすみす逃したくはなかったのだろうよ」


「義清様はお優し過ぎます。命令無視は命令無視ですわ」


「無論、それでゼノビアの軍が余計な被害被れば罰する。が、あやつはその様なドジ踏むまい」


「手柄立てれば多少の無茶や違反は無視する義清様の考えは、どこかで改める必要がありますわ」


「おーこわい。我が国の宰相殿は手厳しいことで。さてそれはそれとして、見えてきたな」


話の矛先が義清に分の悪い方向にむき出した頃、先頭をいくボア族の戦士達が砂丘の頂上で行軍形態から横隊になり始めた。その砂丘の先が謎の部隊が多数の生物に囲まれる場だ。

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