24話 人殺し村長


村が赦免の村と呼ばれたのは、

ラビンス王国で犯罪を犯した人がここに入植すれば罪が許されるからだ。



ラビンス王国の国王、カード・ペヨンド・デゴルイス5世は

報奨金を貴族たちに配った。



内容は、東方を治める予定の貴族たちが

入植者を集めた分だけ王国から報奨金を出すというものだ。


貴族たちは当初、

王国中の犯罪者を争うように集めて東に送って入植に仕立て上げた。

更に一部の貴族たちは報奨金欲しさに

都市部で人を攫い、役人と結託して冤罪者を大量につくった。


これを知った多くの貴族が農村から強制的に人を徴収しては、

東方に送って報奨金をもらった。



そうしたわけで、罪もないのに犯罪者になった人が大量に東方に入植者として送り込まれた。


義清たちが訪れた村もそうした入植地のひとつだった。



ただしここでの本物の犯罪者は村長一人だった。



 村長のゾンダは農村から徴収された農民の一人だったが、

生まれ故郷からこの地に来るまでの間に人一人を殴り殺している。


食料も満足に与えられず野宿が続く旅路で誰もがイライラしている。

そうした時に農村で徴収された集団と、都市部で犯罪者に仕立て上げられた集団が合流した。


その中に金髪の美しい母娘がいる。


着ている物が労働者の衣服ではなく、

ボロボロになっているが上等なドレスに近いものだったので集団の中では目立つ方だ。


食事が見張りの兵隊から支給される時間になったときにゾンダの横に偶然、その母娘が座った。


兵隊から水を支給するから各自取りに来るようにいわれた時に母親が立ち上がって取りに行く。


 それを見計らったかのように母娘の隣にいた、

髭面の小汚い男が、娘の持っていたパンをひったくった。

母親が戻ると7歳くらいの娘は、泣きながら今起こった出来事を話した。


母親は当然男に抗議した。


しかし男はニタニタ笑いながら平然と答えた。




「しょせんは子供の戯言だろう。俺が盗んだとう証拠がどこにある? これは俺のパンだ」




ゾンダはその言葉に無性に腹がたった。


 誰もが自分のことだけで精一杯で、明日にも餓死してもおかしくないほど空腹である。

幼い娘から、それも母親がいなくなった隙きを狙うなど卑怯を通り越して下劣極まりない行為だ。


空腹、雨の中での強行軍、夜は地面に寝るしかない旅路。

それらからくるイライラをぶちまけるのに、男の下劣な行為は十分な効果があった。


 ゾンダは男に話しかけた。

あとから知ったことだが男は都市部で捕まった本物の窃盗犯だった。




「おい、パンを返してやれ。俺はお前がその娘からパンを盗むのを見ていたぞ」




男は一瞬ドキリとした表情をつくったが、すぐにニタニタ笑うと言った。




「なんだ、お前は? お前が本当ことを言ってると誰が証明できる。

 こういうのは現行犯逮捕が基本だ。

 見たと言うなら、その時に止めればよかっただろう」




この言葉でゾンダはキレてしまった。



 ゾンダは普段は温厚な男だ。

ケンカなど人生で数えるほどしかしたことがない。

体格も中肉中背で中年だ。

特徴といえば唇を隠すように鼻と唇の間に生やした立派なヒゲくらいだろう。


目の前の男はまるで法の抜け穴でも突いたように、口先だけで何とでもなると思っている。

そうした考えが、この小汚い男にニタニタとした表情をつくらせているのだろう。


その表情で言う物言いがゾンダをキレさせるのに十分だった。




ゾンダは立ち上がって男を蹴飛ばすと馬乗りになって殴りつけた。




 なぜ、農村で暮らしていただけの自分が、このような目に合わなければならないのか。

いつ自分が餓死してもおかしくない状況。

故郷では年老いた両親と強制的に離ればなれにされてしまった。

恐らく、生きては会える機会は二度とこないだろう。

今向かっている東方の地では一から村を作らなければならない。

その地が安全かもわからないし十分な耕作地あるかもわからない。

なければ冬が越せずに食料不足で死ぬかも知れない。



先行きが不透明で暗い未来。

ある日突然、そうした鬱々とした思いを抱かなければならない状況に追い込まれた、

ゾンダの怒りがここで一気に吹き出た。




気づくと男は、馬乗りになったゾンダの下で死んでいた。




騒ぎを聞きつけた監視の兵隊が飛んできた。



兵隊は男が死んでいるのを確認すると、

嬉しそうにニヤリと笑ってゾンダに言った。




「お前運がいいな。

 こいつは俺の家に盗みに入ったことがあるコソ泥だ。

 俺はこいつのせいで一ヶ月の給与がパアになった。

 だからお前への罰はこれで勘弁してやる」




そう言うと兵隊は持っていた槍でゾンダの頭をしたたかに殴った。



ゾンダは意識を失った。



金髪の母娘はその後、意識を失ったゾンダを介抱してくれた。

旅路ではお互い何かと助け合うことになる。





「そんなわけで、この村には犯罪者は私一人で、あとは冤罪者だけです」




村長が事の経緯を説明した。

義清がそれに答える。




「ま、世の中、死なねば治らないクズはいるからな。

 その男の言動から察してロクな奴ではあるまい」


「そう言って頂けると、いくらか心が楽になります」




村長は力なく笑って答えた。




「それで、なんで犯罪者のあんたが村長になったのだ?」


「ここに着いた時に兵隊から、

 決めるのが面倒だと言う理由で私が指名されました。

 それ以降は私がここを仕切っています」




 恐らく最初村人は村長を、人を殴り殺した男として畏怖したのだろう。

しかし、村長はそれなりに上手く村人を導いたはずだ。

でなければ、こんな辺境の法も正義もない土地で犯罪者が仕切る村が生き残れるはずがない。

村長は気づいていないかも知れないが、元々そうした才があったのだ。


義清は心の中で感じていたが、村民もいるこの場では黙っていた。

かわりに別の質問をした。




「村人の武器のモノがいいようだが、どこから調達したのかな?」


「この村は元はこの地に遠征してきた兵隊たちの駐屯基地でした。

 武器は兵隊が残していった物資の余り物です。

 数はそれほど多くありませんが、見張りや巡回に出る村人に持たせる分くらいはあります」


「なるほど、柵や門が辺境の村にしては頑強なのは元々軍事目的だからか」


「そのとおりです。あの、お聞きしたいのですがよろしいでしょうか?」


「うん? なんだ疑問があれば聞いてくれ」




義清がニコリと笑いながら言った。

顔の骨が半分丸出しで、表情が読みにくく不気味に感じたが村長はそれを胸にしまって言った。




「お家来様の後ろの方にいるのはスケルトンではないでしょうか?

 なぜ、先程戦った連中をつれているのでしょう?」


「おお、アレのことか。あれは捕虜だ。

 話を聞いてみるとスケルトン達が村を襲ったのは村自体が目的ではないらしい。

 大主教という少し変わったスケルトンがここにいるらしい。

 彼らはそいつを取り戻しに来たのだ。

 ここにそういうスケルトンが捕らえられていたりするか?」


「あのバカ商人だな。村に迷惑はかけないとか言いながら、とんだ疫病神だ」




 村長は義清から視線を外しながら思わず悪態づいた。

ハッとして村長は義清に非礼を詫びる。

そして数日前から商人と何人かの護衛が村に出入りしているが、

商人が荷馬車にモンスターを捕らえているらしく

その中にスケルトンたちが探している、大主教と呼ばれるモンスターがいるかもしれないことを説明した。



村長が先頭に立って、村の奥にいるというその商人へ案内しはじめた。

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