12話 暴走と変身と始末


「ひょっとして、あの火球が落ちてくる前に毛皮が焼けたりはしないだろうな」



ラインハルトはエカテリーナが召喚した巨大火球をみながら言った。




「それは流石にないでしょ。敵を倒す前にアタシらが熱で焼けるなんて」




言いながらもゼノビアも自信なさげだった


鬼のような形相をして本丸の門から出ていったエカテリーナ。

それが召喚した巨大火球はゆっくりとではあるが高度を落としている。


人間には感じられないかもしれないが

毛皮を纏っているラインハルトやゼノビアには

あたりの温度が急激に上昇しているのがわかった。


 

 そうしていると本丸の外で悲鳴があがり、それが徐々に数を増していった。

ラインハルトとゼノビアは慌てて、櫓に登るとそこには異様な光景が広がっていた。


貴族連盟の兵士たちが必死に足元に手をやっており、中には槍や剣で地面を突いている者もいる。

よく見ると、兵士たちの足元から紫と黒い液体が湧き出ている。

それが徐々に兵士たちの足元へとまとわりついてゆく。

最後には、まとわりついた液体が、徐々に周りの液体と混じり合おうとしている。


あっという間に兵士たちの足元は液体で満たされ地面が見えなくなった。

ラインハルトは自分よりは魔法の心得のあるゼノビアに話しかけた。




「なんだ、あの液体は? 上の巨大火球と関係があるのか?」


「わかるわけないだろそんなこと。上のも下のも見えるのは初めてだよ」


「あいつら動けなくなったみたいだな。液体で動きを封じて、あの巨大火球で押しつぶすつもりか?」


「あんた、あの巨大火球が降ってきて、アタシたちがタダで済むと思ってんのかい」


「それもそうだな。あいつらのいる地面、全てがあの液体で覆われてるな」


「おや、液体の形が変わってないかい?」




ゼノビアに言われてラインハルトが一人の兵士の足元に目を向ける。

液体は兵士の足を伝って膝まで来ると手と同じ形になった。

足元の液体からは顔が浮き上がり、ニタァとその顔が笑うと兵士が徐々に液体に沈みはじめた。




「なんだあの液体は?生きとるのか?敵が皆沈んでいくぞ」


「いや、違うよ。よく見てご覧。沈んでるんじゃない、溶けてるんだ。」




ゼノビアのいうとおり、少しするとシュジューブシューと当たり一面から

まるで酸でモノを溶かすような音が響き始めた。

あまりに溶けるスピードが早いためか、まるで兵士たちが液体へと沈んでいっているように見える


あたりには溶ける際に生じた蒸気が充満している。

それらが兵士たちの上で塊になるとエカテリーナに吸い込まれていった。


エカテリーナは城中に響き渡るけたたましい笑い声を上げた。




「おお、嬉しや嬉し。再び蘇るのだ。御方へと相応しき体に、御方の子種を貰うに相応しき体に」




けたたましい笑い声を上げながらエカテリーナの体が変化していく。



 小さく背骨が曲がった体が伸びてゆく。

ボサボサだった髪は艶を取り戻し見事な銀髪へとかわった。

垂れて萎んでいたであろうおっぱいは人一人が顔を埋められるほど大きくなった。

垂れた尻は引き締まりプリンとしている。


高身長で胸と尻が大きく、豊かな銀髪を蓄えたツヤツヤのダークエルフがそこにはいた。


対象的に貴族連盟の兵士たちは液体へと溶けてなくなっていった。

やがてその液体も地面へと吸い込まれて跡形もなく消えていった。

ラインハルトが手を叩いて喜び、ゼノビアが答える。




「見ろゼノビア、見事なものだな。あっという間にあの大軍が消えたぞ。」


「アタシもあんな魔法は初めて見たね。エカテリーナのやつ若返っちまったよ」




空中に浮いたエカテリーナは変化の際に服が耐えきれなかったのか

破れた服がオッパイと尻のみを辛うじて覆っている。



ゼェゼェと息をしているエカテリーナは徐々に落ちてきている巨大火球に目を向けた後

ゆっくりと下へ視線を落とした。


そこには貴族連盟の司令である貴族連盟盟主と、その取り巻きの貴族たちがいた。


エカテリーナの視線の先を見たラインハルトが鼻を鳴らして喜んだ。



「おお、気が利くではないか、エカテリーナのやつ。憎き奴らはちゃんと残している」


「いや、様子が変だよ」




ゼノビアが敏感にエカテリーナの異常に気づいた。


エカテリーナは大粒の汗を垂らしながら肩で息をしている。

その目には憎き貴族たちしか写っていないようだ。




「御方の敵は我が敵。憎き敵を葬り去り、いざ、至高の褒美を貰わん」




明らかに周りが見えていないエカテリーナは義清の為と褒美欲しさに暴走していた。


エカテリーナは手を振り上げるとさらに巨大火球の大きさが増した。

自重に耐えきれないのか巨大火球が徐々に高度を落とす。

もし、巨大火球が落下すれば城が崩れることはもちろん、地形ごと変わってしまうだろう。


ラインハルトとゼノビアが口々に叫んだ




「やめろエカテリーナ!! もういい、そいつらにそんなものはいらん!!」


「そうだよ。アタシたちまで死んじまうよ。義清様もみんなも消えちまうんだよ!!」




しかし、二人の言葉は届かず叫ぶように笑いながらエカテリーナは




「御方の子種を私も貰えるのだ!!」




そう叫びながらなおも巨大な火球を轟々と膨らんでゆく。



もう終わった、と思いながら二人の戦士がエカテリーナを眺めていると

天守の扉が開いて義清が顔を出した。




「何やら暑いな」




義清が外を見回しながら言った。

ラインハルトとゼノビアが上を指差し半ば諦めながら言った。




「途中までは良かったのです。敵兵皆殺しにして貴族どものみ残して、のう、ゼノビア」


「ええ、貴族の顔見たあたりから自制が効かなくなって。どうも途中から暴走したみたいで」


「それであんな巨大な物が降ってきてるわけか」




巨大火球の真下にいる貴族達は失禁しながら笑っている。

それを見ながらラインハルトが笑った。




「気持ちはわかるが情けない奴らだ」


「笑ってる場合かい。遠からずアイツらも私達も消し炭になっちまうんだよ」


「そうはなりたくないので止めねばなるまいな」




義清が骨がむき出しの顎を撫でながらゴリゴリといわせた。




「一度召喚した魔法をきれいさっぱり無かったことにできるのか?」


「アタシが知る限りないね。何かで打ち消すか。どこか違う場所に放つかだね」


「そもそもなぜエカテリーナは暴走したのだ」




義清が聞くとゼノビアは顔を赤らめたがラインハルトは飄々と答えた




「大殿の子種がほしいんだそうだ。な、ゼノビアよ」


「あ、アタシで念押しするんじゃないよ!!」




ゴンッと勢いよくゼノビアがラインハルトの頭を叩いた。

叩かれたラインハルトが顔を赤らめながら鼻を鳴らして怒った。




「強い戦士の子を孕みたいのは我らモンスターにとって当然のことだ。」

 何を人間の様に性に対して恥じらいを持っておる!!、分別を持て分別を!!」


「な、長く人間と同じ環境にいるとどんなモンスターでもこうなるのさ。アタシだって例外じゃないね」


「それなら、その局部局所しか隠さない鎧はなんだ。迷宮出の特殊なものとは言えボン・キュ・ボンのお前でそんな格好に恥じらいもヘッタクレもあるか」


「こ、これはモノはいい鎧だし、アタシの体格でこれならもしかしたら義清様もと‥‥‥」


「なんだ、ゼノビアも我が子種が欲しいのか?」




突然の義清からの問にゼノビアは耳を赤くしながらしどろもどろになって答えた。




「え、いや、その、頂けるなら光栄というか。メスとしての本望と言うか」




ふうむ、と言うと義清はゼノビアの見事な体を改めて見た。

ゼノビアは今度は耳から尻尾の先まで赤くなりながらモジモジしている。




「大殿、こやつはいい体してますぞ。同じ戦士としてそこは保証します。いつかの娼館の様なことにはなりませんぞ」


「言い方ってもんがあるんだよ、あんたってやつは!!」




ゼノビアは再びラインハルトの頭に拳をみまった。




「いずれにしても許容量を超えれば、吐き出さなければならんからな」




そう言うと義清はエカテリーナと同じ様に数歩、歩いて宙に浮くと

二人の戦士に向かって命じた。




「いつでも敵を捕縛できるよう準備しておけ。城内とは言えいささか距離がある。エカテリーナはワシに任せろ」




二人の戦士は御意と答えるとエカテリーナのもとへ宙を舞う主を見送った。




エカテリーナはヨダレを垂らしなが意識がもうろうとしていた。

頭の中では子供を身ごもった自分が、義清から優しく頭をなでられ子供の名前を二人で考えている。

それを現実のものとするためエカテリーナは視線を下におろした。




「あやつらの死を持って、我が願いを叶えん」




そこに義清が背後から来るとフワリと後ろからエカテリーナを両腕で抱いた。




「落ち着くのだ、エカテリーナよ」


「ああ、愛しい御君。いまあなたの望むものを持って来てご覧に入れましょう」


「良き体になったな、エカテリーナよ。」


「ああ、御方の為、ワタクシは今一度蘇りました。」




そういうとエカテリーナは上げていた両手を下げて

義清の手を、ついさっきたわわに実ったオッパイへと導いた。

その瞬間、巨大火球がグラリと傾いた。




「い、いかん。エカテリーナよ。ワシはお前にどこで子種を宿せば良いのだ」


「もちろん、天守にある寝所がいいですわ」


「しかし、あの火球が落ちてくれば、お前に子種はやれん」




そう言って義清はエカテリーナの視線を巨大火球へと誘導した。

エカテリーナは巨大火球をみて今度は子供の様に泣き出した。




「あ、ああ、ワタクシは何ということをぉぉぉ。大切な御方のお城を我が手で‥‥‥」




泣きじゃくるエカテリーナを義清は子供をあやすように静かにゆっくりと諭した。




「良いのだエカテリーナよ。誰でも間違いは犯す。

 さあ落ち着いて。あとの始末はワシがするから

 あれをこれ以上大きくせずに安定させておくれ」




エグエグと嗚咽を漏らしながら泣き、謝るエカテリーナに

繰り返し良いのだと言いながら義清はフワリと離れた。



義清は巨大火球と同じ高さまで来るとやや腹を押し出し背を反らした。

そしてわずかに赤い光が漏れる腹筋の一筋を両手で開いた。


すると凄まじい風が起こり徐々に巨大火球が義清めがけて迫ってくる。

常人ならばとっくに巨大火球の熱で蒸発している距離まできても義清は耐えている

ジリジリと熱が迫り義清の毛皮に火が付きはじめたところで義清が言った。




「ここだな」




すると義清は大きく腹筋を両手で開く。

途端に巨大火球は凄まじい速さで小さくなりながら義清の腹の中へと吸い込まれていった。

あたりは静寂に包まれた。





「そう言えば、これで昔に、王都で貴族連中から言われたあらぬ噂も否定できなくなるかもしれんな」




熱くなって少し煙を吹いている自らの腹を擦りながら

義清がポツリと言った。




巨大火球の終息を手を叩いて喜びながらラインハルト喜んだ。




「やったやった。何がなんだかわからんが、とにかく終わったぞ。ゼノビア準備はいいか?」


「とっくの昔にできてるよ。いざ」


『憎き彼奴らの首かっ切らん』




二人の戦士は同時に叫ぶとそれぞれの種族を率いて敵である貴族たちの元へと突撃していった。


それを上空から眺めながら泣いているエカテリーナを

抱き抱えてあやした。




「よいよいエカテリーナよ、もう終わったのだ。全ては丸く収まった。」


「でも、でもでも、ワタクシは貴方様がこなければ、来なければ」


「良いのだエカテリーナよ。誰でも失敗はある。大事なのは挽回することだ。その機会はいつかくる」




あやしながら義清は徐々に高度を落とし二人の戦士が包囲する貴族達の元へと降り立った。


貴族たちは巨大火球のショックで失禁しており

気づいたときには二人の戦士とその部族に包囲されて、ガタガタと震えながら吠えた。




「お、お前たちこれがどういうことかわかっているのか」


「そ、そうだ。これは王に対する反乱だぞ。許されんことだ」


「い、今ならまだ許してやる。道を開けて跪け」





上空から降り立った義清が、泣き疲れて眠ってしまったエカテリーナをゼノビアに預けると言った。





「言いたいことはそれだけか?」


「貴様、田舎貴族の分際で何だその口の聞き方はっ!!」




貴族連盟の盟主が義清に向かって吠えた。

義清がそれに答える




「最後の歌でも言葉でも好きなことを言うといい。ちゃんと記録してやろう」


「貴様、我らは王の名代としてここにいるのだぞ。頭がたかいわっ!!」




ゲラゲラと後ろでラインハルトが笑った。

振り向いて義清がそれに答える。




「どうするラインハルト、お前が始末をつけるか?」


「おおう、任されて頂けるのでしたら是非ともお願いしたい。ゼノビアもよいか?」


「他の貴族の首を全てアタシらに譲っくれるなら、そいつをくれてやるよ」


「よしよし、数はお前に譲ろう。こやつの首は俺がもらった」



言うとラインハルトは義清に代わり盟主の前に立った。




「おい、本当に最後の言葉はなくていいのか?」


「なんだこのイノシシは寄るんじゃない!! 臭くてかなわん」



盟主の言葉に一瞬だけラインハルトが顔を歪めたが

持っていた、鎧通しと呼ばれる太い短刀を抜くと素早く盟主の腹に突き立てた。

悲鳴を上げる盟主にラインハルトが呆れながら。




「お前達人間、特に貴族は理解に苦しむ。

 目の前で力を持った強者が敵意を持って向かってくるのに

 王だ、権威だ、貴族だと地位で立ち向かおうとする」




そう言うとラインハルトは徐々に短刀を下げていった。

少しでも痛みを減らそうと盟主は体を曲げて、やがて膝をついた。


するとラインハルトは短刀を引き抜き片手を盟主の肩に当て、片手で頭を真上から掴んだ。

ラインハルトがフンと気合を入れて盟主が叫ぶと

盟主の首と胴が音をたてて離れた。




「貴族連盟、盟主が首、ボア族のラインハルトが討ち取ったりいぃぃ」




ラインハルトが盟主の首を高らかに上げて叫んだ。


ゼノビア呆れながら半笑いになり首を振った。




「やれやれ、あそこまでひしゃげちゃ、誰の首なのかわかりゃしないじゃないか、まったく」




一列に並ばされて跪かされた貴族たちの方を向き直るとゼノビアは言った




「見た通りよ。ここには王もいないし、あんた達の兵もいないし、あんた達の地位に何の価値もないわ

 最後に言いたいことがあれば聞いてあげる」




貴族たちは口々に慈悲を願ったり悪態をつくがゼノビアの合図で一斉に首が跳ねられた。




「皆御苦労だった。これにて全て終いとなった。」




義清がねぎらいの言葉をかけると二人の戦士が答えた。




「いやー、一時はどうなることかと思いましたが何とかなるものですな」


「運が良かったとは言え、損害もわずかで大兵を討ったんだ。アタシ達の運の良さは天下一だね」


「大手門の修理は最後にするとして、直ちに負傷者の介抱、城の修繕、物資の把握にはいれ」




二人は主からの命に喜んでという顔をしながら御意と答えた。

義清が続けて言った。




「それから朗報だ。転移できたのはこの城だけではない。上空から見たが、背後の土地と銀山も含まれておる。」


「本当ですかこれは思わぬ朗報。やっぱりアタシ達は運がいいようで」


「と、言うことはあやつらも?」


「そうだ、ラインハルトよ。直ちに一隊をを率いて銀山へ赴き、安否を確認するのだ。」





御意と答えたラインハルトが喉を鳴らしてにこやかな笑顔で




「また、あやつらドワーフ共と酒が飲めるとはつくづく俺たちは運がいい」




嬉しそうにラインハルトは言った。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る