第12話 挑発

ホームルームが終わり、クラスメイト達は帰路につき始める。まだ昼下がりではあるが、今日は入学式だけで講義は行われない。完全に放課後だ。


「よし! じゃあ、帰ろうぜ!」

「おい、肩に手を回すな!」

「アレックスは男の人、好きなの?」

「ふぁ!? リエルちゃん、違うから!」


リエルの言葉に慌てて離れる。今のはリエルが天然なのか、狙った発言だったのか分からなかったが、確実に言いにくいことを表情を変えず、ズバッと言い放った。


「まぁ……とりあえず、明日からよろしくな」

「おいおい! 二人ともここでバイバイとか、しけたこと言うんじゃないよな?」

「「……?」」


俺とリエルはお互いに帰る気満々だっただけに一体、何をするんだと首を傾げる。


「二人してノリがわりーな……入学祝いしよーぜ!」

「私、お金ない」

「大丈夫、そこは響が……」

「悪いな、俺も金がないんだ」

「……ぐぬぬ」


アレックスの願望を木っ端みじんに叩き潰した俺とリエルは踵を返して教室へと出る。それでも諦めの悪いアレックスは俺たちの肩を掴む。


「なら、ダチの家に訪問だぁぁ!! そうすれば親御さんだって喜ぶだろ? 金だって使わなくて済む! なぁ!? じゃあ、響の家に行くぞ!」

「そこは普通、俺の家に来いっていう場面じゃないのか?」

「うちは……その、ちょっと見せられないんだよ。汚くて。響、ダメか? なぁ、いいだろ? なぁなぁ!」

「やめろ、しつこいぞ」


肩に腕を組んでくるアレックスを振りほどいてもまた馴れ馴れしく寄って来る。

こうなると俺もめんどくさくなってきて思考を切り替え始める。


「(もう、いっそのことアレックスに現実を見せて関われないようにしてやろうか?――あ、いや……リエルも来るとなるとうーん……でもあの二人、一緒に教室に来てたしな)」


そう考えるとリエルはエミリーに対して偏見は持っていないのかもしれない。そうでなければ、エミリーを擁護する発言などしないはずだ。それにどことなく、あのイケメン野郎が言っていた『没落貴族の跡取り』という言葉も気になっていた。訳アリなのは既に見え透いている。


「まぁ、良い機会か。いずれバレることだしな……」

「ほぇ? 何の話だよ?」

「うちに来てもいいけど、来るなら覚悟だけはしておいてくれ」

「な、なんだよ……? 急に真面目な目つきしやがって」

「私は行く。響がどんな風に強くなったか知りたいから」

「お、おう……じゃあ、こっちだ」

「おいおい、俺を置いてくな!」


俺は妙に食いつきがいいリエルと少し疑心暗鬼になったアレックスと共に魔術学院がある街中を通り抜けて郊外にある岬の方へと向かった。どうやら二人とも街中に家があるらしく、郊外に出るのは稀らしい。陽気な天気と景色を眺めながら話をしつつ、俺たちは歩き続けた。周囲が少しずつ海へと近づいてきて、海の香りが強くなってくるとアレックスが心配になったのか、口を開く。


「なぁ、響? こっちに家なんて無いだろ? まさか、お前……俺たちを魔術で伸しちまおうって腹じゃないだろうな?」

「まさか……。それならお前らを先に歩かせる。でないと振り返るうちに警戒感がハンパないリエルに打ち倒されちまうよ」

「……。よく分かってる」

「まさか、リエルちゃんも警戒してたの!?」


『魔術学院生たるもの、常に警戒を怠るな』


それが学院で生き抜くための術であり、魔術師に求められる素養だ。それをリエルは忠実にわきまえている。微かに後方からマナの動きが感じ取れる訳――それは俺に先手を打たせないために魔力を練っているからだ。


「実は入り口が複雑でな……まぁ、着けばわかる。その理由がさ」


海を見渡せる崖沿いの道を歩いていき、古びれた門を開けて二人を中に招き入れる。

そして、手で立ち止まるようにジェスチャーをしながら鞄の中からイヤホンに似た通信機を耳にはめて声を吹き込む。


「アリス。裏から友達を連れてそっちに行くから撃たないでくれ」

「……我らの敵は?」

「栄光を閉ざす道」

「了解です。じゃあ、お茶を用意してお待ちしてますね? エミリー様はもう気付いているみたいですが」

「あはは……だろうな。通信終了」


海沿いの道を進んで深い森を抜けた先に出るとそこは見飽きたエミリー邸がそびえ立つ。綺麗に整備された園庭にはチューリップやライラック、スイートピーが色鮮やかに咲き誇る。


「綺麗。別世界にいるみたい」

「本当だな。響、お前ってもしかして公爵の子とかなのか?」

「いや、まさか……。だけど、アレックスは俺の住んでいる環境を見たら、目玉が飛び出すぐらい驚くとは思うけどな?」

「そ、そんなに? だから、俺らに何が待ってるんだよ? き、緊張してくるな」


裏庭から屋敷の中に入り、大きなエントランスホールに入るとそこにはメイド服姿のアリスが待っていた。


「響さん。おかえりなさい」

「ただいま。こっちは――問題ないみたいだな」

「まぁ、何人か敷地内に侵入してきたくらいで問題はなかったですね」

「アリスにとっては朝飯前の仕事だったってことか。あっ、この二人は同じ学院生のリエルとアレックス」

「「こんにちは」」

「こんにちは。ようこそ!」

「か、可愛い」


満面の笑みでこちらを見るアリスを見てアレックスが鼻を伸ばすのも無理はない。

なにせアリスは家事や作法、武芸に至るまで多くの知識と経験を有している。それでいて金髪の美少女で笑顔が可愛いとくれば申し分ない。アレックスぐらいのちょろい男なら悩殺してしまうのも想像に難くはなかった。


「ところでエミリーは? 二人も居ることだし、どうせなら魔術の練習に付き合ってもらおうかと思って」

「あ~エミリー様は今、執務室でクラスの生徒名簿を片手に入学試験の成績表と睨めっこしてます。ああ見えて結構、教育ってなると真剣になる方なのでしばらくは部屋から出て来ないと思いますが……」

「そっか。エミリーのやつ、何やかんや乗り気なんじゃないか」

「それは響さんの努力熱に当てられているせいもあると思いますが」


アリスは苦笑いを零しながら楽しそうにそう語る中、アレックスが恐る恐る声を捻り出す。


「なぁ? その、さっきから話してるエミリーって――」

「さっきから黙って聞いていれば随分と二人して、私を好き放題言ってくれるじゃない?」


機嫌が悪そうな声が二階から響く。声の先を見ればラフな黒地のショートパンツと白いパーカーを纏ったエミリーが紅茶が入っていたであろう白のポットを片手にこちらを見ていた。


「ひぃ! 出た。エミリー・ウィルダート!!」

「人を化け物みたいに言わないで! それにフルネームで呼ぶなら「さん」をつけなさい。さんを! アレックス・グレイド」

「ここ。先生の家?」

「ええ、そうよ」


リエルの質問ににっこりと答えながら静かにエミリーが降りてくる。

その光景にアレックスは俺に食いついてきた。


「ってことは、お前……最初から――」

「悪いな、騙すつもりはなかったんだ。だから言っただろ? 俺と関わるならそれなりの覚悟が要るってな。もし、あの犯罪者とその犯罪者予備軍である俺が嫌なら二人とも帰ってもいいぞ」

「ああ! 帰る!」

「……? アレックスは帰るの? バイバイ」


その言葉にあっそと言わんばかりにリエルは手を振る。


「リエルちゃん? どうして!?」

「どうしてって……勉強したいし、強くなりたいから?」

「はぁ!? 正気かよ!? この教師は犯罪者だぞ!」

「……正気かどうかは私が決める。あなたが帰りたいなら帰ればいい」


ムッとした表情になったリエルがアレックスにそう言うとエミリーがその言葉を称賛するように拍手をする。


「さすが、響を抑えて一年の主席を取ったリエルね。言う言葉が重いわ」

「本当だ。その向上心には敵わないよ」

「えへへ。ありがと」


リエルが優しく微笑む中、エミリーはアレックスに鋭い視線を向ける。


「アレックス・グレイド。あなたがここを去ろうが去るまいが、私はどうとも思わないわ。危害を加えようとしてこない限りはね。……でも、これだけは担任として言わせてもらう。現実はあなたが見ている以上に複雑だってこともある。自分で見た物事を咀嚼して落とし込むことができず、周りの思いに流されるのなら――あなた、魔術師には向かないわ」

「……何を知った風に!」

「あなたの家庭環境については私も知っているわ。だから――」

「うるさい、黙れっ! 俺の気持ちも分からないで……ちくしょうが!」

「アレックス!」


アレックスは俺が呼び止める声も無視して出て行った。

ある意味、狙い通りだったわけだが、少しやり過ぎなような気もした。


「エミリー、いくら何でも少し言い過ぎじゃないか?」

「いいのよ。彼がどんな道を選ぼうとしても肯定も否定もすべきじゃない。それが魔術師にとって重要な覚悟になるの。あのアレックスにはまだそれが足りていないの」

「覚悟? 覚悟って何のことだ?」

「……無自覚なモノだから響もリエルも分からないだろうけど、人それぞれ必ずあるの。力を欲する根幹の理由がね。それが覚悟――魔術用語でいえば『深層心理』とも言うわ」


自分の胸に手を当てて考えてみれば分かる。俺が力を振るう理由は妹を犯罪組織から足を洗わせてあの時の事を謝罪するためだ。そのために俺はいかなる障害も排除すると決めている。多分、それがエミリーの言う深層心理というモノだろう。


「まぁ、彼は勢いよく出ていったけど間違いなく、あなた達の前に戻って来るわ」

「どうしてそう言い切れるんだ?」

「それは女の勘よ。それより二人はこれからどうするつもり?」

「うーん。そう、だなぁ……」


俺はリエルの顔を見る。本来ならリエルもアレックスと出ていくものだと思っていたからどうしたものかと考える。するとリエルが口を開いた。


「先生も居るから魔術、練習しよ?」

「えっ? おい、待て待て! 本気か!? エミリーに教えを乞う事だけはやめといたほうがいいぞ!?」

「何よ、人を鬼みたいに」

「大丈夫。私、先生より強い」


リエルはピースサインを作ってエミリーに鋭い視線を向けながらも笑って見せる。

そのしぐさはエミリーに対する完全な挑発だ。


「へぇ~? 随分と大口を叩くわね? 1年の主席程度の実力で私に勝てると言うなんて、私も甘く見られたものだわ」

「それが事実だから」

「っ……。いいわ。リエル・ユースティア。決闘よ! あなたが受けれるものならね?」

「上等。受けて立つ」


エミリーとリエルは互いに視線を交わし合いながらアレックスが出て行った裏口の方へと足を進めていく。その場に残された俺の横にアリスが並び、ため息を吐く。


「あんな生徒の安い挑発に乗って決闘なんてエミリー様ったら、本当に負けず嫌いなんだから……」

「まぁ、性格云々もあるだろうけど、この領土の軍を率いていた人間としてのプライドがあるんだろうな。きっと……」

「ええ、それに取り方によっては代々、優れた魔術師を輩出してきたウィルダート家への挑戦にも聞こえますからね。……でも、あのリエルって子。ああ言えば乗って来ると分かっていてエミリー様を挑発したような――」

「そりゃ末恐ろしいこった。……ってことはあれは止めても無駄、か。アリスはどっちが勝つと思う?」

「ん~あの子の実力を私は見ていないので何とも言えませんが、エミリー様が有利でしょうね。『雷鳴の魔術師』の異名は伊達じゃありませんから。でも、あそこまで啖呵を切るからにはあの子、何か勝算があるのかもしれません」

「まぁ、お手並み拝見と行くか。アリスも見に行くか?」

「ええ。後ほど。私は救急箱を持ってきます。多分、あの感じだといつかの響さんみたいになるまでやり続けると思うので」


アリスは苦笑いをしながら俺の元を去って行った。残された俺は自宅訪問のはずが、生徒と教師の決闘に化けたことに恐怖を覚えつつ、裏庭を目指した。











  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る