第31話 家族
ジェイドとの話し合いのためにあてがわれた寄宿舎の一室には、茜色の陽光が差し込んでいる。
ダンテがアンジェリカを優先した結果なのだが、仮にも爵位持ちの相手に対して失礼な行動だった。
しかし、ジェイド本人は気にもしていないのか、背の低い来客用のテーブルを挟んで向かい側、ダンテの真正面で微笑んでいた。
「それで……」
口を開いたダンテは、ジェイド……ではなく、首を90度左に向ける。
「なんでお前がここに居るんだ……」
やや声が小さくなったのは、ダンテの前に居るふたりの大人を気にしての事だろう。
なにせ、今ダンテと同じ革張りのソファーに座っている茶色い髪の少女は、その娘であるのだから。
特に、ダンテの左斜め前に座っている母親のフェリシアは、なかなかに過激な性格だ。
不用意な事を言って、アンジェリカの様に彼女の逆鱗に触れてしまうことは十分ありえた。
「私のお父さんとお母さんがいるんだよ? 私が居てもいいと思うんだけど」
ダンテと同じくベアトリーチェも小声でダンテに反論する。
ただ、彼女の顔には不満と真逆の感情が浮かんでいた。
「いや、だけどな……」
ダンテは二週間以上、ベアトリーチェと積極的に関わることを避けてきた。
それがベアトリーチェのためでもあると信じていたし、事実、関わった途端にアンジェリカからの嫌がらせを受けてしまった。
だから何とかして説き伏せようとダンテは頭を捻り……。
「ああ、やっぱり貴方たちは仲がいいのね!」
ポンッと手を打ち、フェリシアが快活な笑顔とともにそう断言する。
「だって、手紙にあれだけ――」
「ふわわわわぁぁぁぁっ!! おおおお母さんっ!!」
フェリシアの不用意な発言は、娘のあげたあまりにも大きな声の前にかき消されてしまう。
「へ、変なこと言わなくていいのっ!!」
「変なことじゃないでしょぉ~。いいじゃない。気になる――」
「わーわーわーっ!!」
ベアトリーチェは耳どころか首筋まで真っ赤にして手を振り回しながら騒ぎ立てる。
実のところ、手紙といった単語はダンテにも聞こえていたため、大体の内容はダンテにも推察することができていた。
「お母さんっ!!」
「どうせもうバレてるでしょ」
「そういう問題じゃないのっ!!」
ベアトリーチェは自分の母親を一括して黙らせてから、ダンテの方へと顔を向ける。
真っ赤なのは変わらなかったが、感情が高ぶったせいか、目じりには涙まで浮かんでいた。
「ダンテさんは気にしないでっ」
「……別にいいんじゃないか、手紙くら――」
「良くないのっ」
怒鳴られてしまったのでダンテは素直に口をつぐむ。
そもそも、ベアトリーチェには仲のいい友達などが居なかったため、ダンテの事しか書くことが出来なかったということもあったのだろう。
「ほら、バレてたじゃない」
「お母さんっ!!」
ベアトリーチェはダンテに言い訳したかと思ったら、次は母親に大声で抗議したりと、実に忙しそうに騒ぎ立てる。
そんな娘を眺め、楽しそうに微笑んでいるジェイドがフェリシアの様にからかわないのが、まだベアトリーチェにとっては救いだった。
「……ダンテくん。君はそんな目でベルを見てくれているのだね」
「はい?」
ダンテは何を言われたのかまったく理解ができずに片眉を30度ほど傾ける。
「あなた、ベルを見る目が凄く優しいのよ。それに、とっても幸せそうに笑っているの、気づいてる?」
「え?」
ダンテはすぐさま自らの口元に手を伸ばし……ようやく自分が笑っていることに気づく。
そう、ダンテは笑っていた。
アンジェリカとともに居るときは、わざわざ笑顔を作って張り付けているというのに、ベアトリーチェとこうして話していたら、自然と笑顔になっていたのだ。
「少し不思議だったのよね~。ブルームバーグの娘ちゃんと一緒に居るときは、全然嬉しそうじゃなかったのに、ベルと一緒だと、凄く自然に笑うんだもの」
「ふぇっ!?」
「…………」
ダンテは詐欺師である。
女性を騙したことも、口説いたことも、恋人のふりをしたことだって数えきれないほどだ。
いずれの時も、決して本気ではなかったが、それでも決してバレることはなかった。
しかし、フェリシアにはどうやら一目で見抜かれていたらしい。
フェリシアが鋭かったのか、それともダンテが鈍ったのか……。
「いえ、楽しい家族でらっしゃって……。私はそういう風に育ちませんでしたから、それが味わえて嬉しかったんだと思います」
もちろんダンテだってサッチという父親は居たし、売春婦たちやその主人であるミランダから可愛がられた。
だがそれは、あくまでもスラム街の仲間としてであり、こうして特別なぬくもりを持った家族としてではない。
「……嘘をついている目ね」
ダンテの目をまっすぐ見たフェリシアが、そう断言する。
目を見て嘘をついてるかどうか見破る特技はベアトリーチェも持っていたのだから、その母親が持っていてもおかしくはない。
「いえ、私は嘘などついていません」
しかし、その力は100%あたるというものでもないのだろう。
これは本当のことだ。本当にダンテは仲の良い家族だと、その温かさに触れたことが嬉しかったのだと思っていた。
「自分でも気づいていない嘘ってあるものよ」
「それを言われたら、なんでもありになってしまいますよ」
ダンテの言葉に、フェリシアは分かって無いなぁとでも言いたげな、何とも言えない生暖かい視線を返す。
普通ならばそんな目で見られれば、居心地が悪いものなのだが、ダンテは不思議と悪い気分ではなかった。
「じゃあ、今はそれでもいいわ」
「なにか含みのある言い方ですね」
「だって……」
ちょいちょいっとフェリシアがダンテの隣を人差し指で差す。
「あんまりやりすぎると、ベルが倒れちゃいそうなんだもの」
「はい?」
ダンテが指の先へ視線を向けると、ベアトリーチェが口元を抑え、先ほどよりも更に真っ赤になってうつむいていた。
「べ、ベアトリーチェ……」
「何も気にしないで」
「…………」
「お願いだから」
ダンテ自身、それ以上なんと声をかけていいか分からなかったため、無言でその言葉に従った。
何とも言えない雰囲気になってしまったこの場を一度リセットするため、ダンテはこほんと咳ばらいをしてからジェイドの方へと向き直る。
「それで、私への話というのはいったいなんでしょうか?」
最初から話が斜め上にそれてしまったが、本題はブルームバーグ伯爵家に聞かせられない話をするためだ。
ダンテは、知る気もなかった父の話をされるのだろうと予想し、内心では早く終わらせたいと考えていたのだが――。
「……ベル、お母さんに色々と詳しく聞かせなさい」
「ふぇっ? な、なにを?」
「なに? ダンテくんの前で言ってほしいの?」
フェリシアが気を利かせたのか、ソファーから立ち上がり、娘に部屋を出るよう急かす。
ダンテとしても「なんでここに居る」なんてベアトリーチェに聞いてしまった手前、やっぱり居てもいいとは言えなかった。
「詳しく知りたかったらまた後でお父さんが教えてくれるから、ね?」
フェリシアの問いかけに、ジェイドは首肯する。
「話せると判断したところだけだがね。……それでいいかな?」
「ええ、まあ」
ダンテがそう頷いても、まだベアトリーチェは不服そうだったが、押しの強い母親には結局勝てず、渋々部屋の外へと出て行ったのだった。
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