第3話 詐欺師は嘘を語る

 この大陸で最も大きい国をであり、最も進んだ国だと自負しているガイザル帝国の帝都と言えど、華やかな面だけではない。


 貧乏人や無法者などが住まうスラムなども存在している。


 そんな場所の一つ、古ぼけた廃墟と教会に挟まれた路地の奥を、ダンテは覗き込んでいた。


 彼の手には真っ赤に熟れたリンゴが山のように詰め込まれた袋があり、それはもちろん、昨日業突く張りの貴族から巻き上げた金でもって買ったものだ。


「おい、居ねえのか? レイ、テッド、ミーア!」


 ダンテは他にも名前を並べ立てて行くが、それらは全て暗い路地裏の闇へと吸い込まれていくだけだった――かに思えたのだが……。


 廃墟の穴からぴょこんと薄汚れた子どもが顔を出し、ダンテの顔を見るや否や、


「ダンテ兄ちゃんだ!」


 と歓声を上げた。


 するとどこに隠れていたのやら、様々な場所から次々に子どもたちの顔が生えて来て、口々にダンテの名前を叫び出す。


 彼らはいわゆるストリートチルドレンで、廃墟やゴミ溜めの様な場所で身を寄せ合って暮らしていた。


 ダンテはそんな子どもたちのねぐらにちょくちょく顔を出し、世話を焼いたりしてやっていた。


 もちろんただ善行のためという訳ではない。


 ダンテは子どもたちを仕掛けの役者として登場させたり、手伝いをさせてもいた。


 ただ、子どもたちの嬉しそうな顔や反応を見れば分かる通り、決してそんなビジネスライクな関係だけではない。


 ダンテも子どもたちも、互いを家族の様に大事に想いやっていた。


「言いつけを守ってるのは良い事だが、俺の声ぐらい覚えてろ。今日はリンゴ持ってきてやったぞ。早い者勝ちだ」


「ほんとに~っ!?」


「やったぁ!!」


 早い者勝ちなどという言葉につられ、子ども達はわぁっと歓声を上げながら走り寄って来る。


 そんな10人以上居る子どもたち一人一人の名前を呼びながら、ダンテはリンゴを手渡していく。


「ありがとー」


「食べかすをそこら辺に捨てるんじゃねえぞ、ルゥ」


「ん」


「こら、この場で食べ始める奴があるか。退かないと他の奴に渡せないだろうが。邪魔だマレーネ」


「ごめんなさい~」


 説教交じりになるのはいつものことだ。


 そんな中で、ダンテは最初に名前を呼んだ子どもたちの姿が見当たらないことに気づく。


 特にテッドはこの子たちのリーダーの様な存在なので、話しておきたかったのだが……。


「テッド兄ちゃんなら南通りで仕事だって」


「なるほど」


 仕事とは言っても正しい意味での労働であるとは限らない。


 そもそも子どもを雇う連中が少ないし、雇ってもかなりの薄給だ。


 しかも通りでの仕事はまずありつけないため、十中八九、含みのある仕事・・だろう。


「ありがとう、助かる。他は?」


「食べ物探して来るって言ってた」


「そうか」


 ダンテはお礼に情報提供してくれた子どもへもう一つ追加でリンゴを手渡すと、子どもたちと軽くやり取りをしてから路地裏を後にした。






 帝都はその中心に皇帝の住まう城があり、そこから十字に大きな道が伸びている。


 城に近ければ近いほど建物は立派になり上流階級の人間が住んでいて、外であればあるほど基本的にみすぼらしく、金が無い人間が暮らしていた。


 もしも体を動かす労働ならば、テッドたちは外側に近い位置を探せば見つかるだろうが、恐らくは違うと踏み、ダンテは中流階級の人間たちが住まうあたりに足を運んでいた。


 綺麗に整地されてはいるが、むき出しの地面を歩きながらダンテは子どもたちの姿を探す。


 道のそこかしこには人が居て、時折馬車も走っていて少々見通しが悪い。


 中流階級の人たちは。そこそこにしっかりした縫製の服を着て、靴も革で出来たものを履いている。


 最下層の人間とは明らかに身なりが違うため、ダンテは簡単にテッドのことを見つけられると踏んでいたのだが、これが存外難しかった。


「ったく、テッドのヤツ」


 思わずダンテの口から不満が転がり出る。


 ダンテは普段からそこそこ良い衣服や靴で身を固めている上に見栄えも素晴らしい為、上流階級の息子がお忍びで出かけていると見えなくも無い。


 そのため、先ほどから好奇の視線にさらされ、ずいぶん居心地の悪い思いをしていた。


 ダンテが周囲からの視線に耐えかねて、そろそろ移動しようかと考えていた矢先、馬のいななきと、どうっと大きな物音が聞こえて来る。


 嫌な予感がして、音の聞こえた方向へ走っていくと、


「この汚らしいガキがっ! この馬車がブルームバーグ伯爵家のものと分かっているのか!!」


 馬がいななくところをかたどった紋章が側面にあしらわれ、真っ白に塗装された箱馬車から降りてきたのであろう御者の男が怒鳴り声をあげていた。


「ごめんなさいっ」


 怒鳴られ、体を震わせながら委縮しているのは、身の丈に合っていないボロボロの服を着ている薄汚れた浮浪児で、ダンテが探していた子どもたちのリーダー的存在、テッドであった。


「いきなり馬車の前に出てきおって。おかげでこのざまだ、どうしてくれる!?」


 御者の男が指さす先には、地面に横倒しになっている馬の姿がある。


 一見すると、馬も馬車もなにか被害を受けた様子はないのだが、それで男の気が治まるわけではなさそうだった。


「ごめんなさいっ!!」


 テッドは年こそまだ11か12程度のものだが、どんな方法ででも金を手に入れようとする悪党の一員だ。


 しかし、馬に踏みつけられたら人間なんぞ一撃であの世逝きである以上、彼がわざと馬車の前に身を投げ出したのかどうかは少々怪しいものがあった。


「……ヤバいか」


 御者の怒りは収まらないのか、怒鳴り声はどんどん大きくなり、振り上げた拳を今にもテッドへ叩きつけようとしている。


 馬に踏みつけられるよりマシだとしても、怪我くらいは負ってしまうだろう。


 ダンテは急いで辺りを見回すと、野次馬の中からボロボロの服を着た壮年の男を見つけ、


「ちょっと急ぐんだがいいか?」


 声をかけたのだった。






「お前が百人集まったところで馬一頭の価値よりも劣るんだぞっ! それをっ!!」


「うぐっ」


 御者の男がついに拳を振るい、テッドの頬を殴り飛ばす。


 二回り以上体の大きい男に殴られたのだからたまらない。


 テッドは苦悶の声をあげながら、地面をごろごろと転がっていく。


 それでもまだ気が済まないのか、男は肩を怒らせながらテッドのところにまで歩いて行くと、足を振り上げた。


「お待ちくださいっ」


 しわがれ声が響き、テッドと男の間に汚らしいボロ布の塊が割って入る。


「せがれをどうかお許しくださいっ」


 それはボロ布などではなく、泥と汚れで真っ黒な顔をして、垢だらけで異臭の漂う服と、同じぐらい汚れたマントで体を包んだ浮浪者――の変装を施したダンテであった。


 さすが詐欺師の本領発揮といったところで、声色まで変えて完璧な変装をしており、どこをどう見てもただの老人にしか見えなかった。


「テッド、合わせろ」


 ダンテはテッドに覆いかぶさったまま小さな声でそう囁くと、返事を待たずして老人役へと戻る。


「申し訳ございません。せがれにはよくよく言って聞かせますので、どうか、どうかご慈悲を」


「黙れ、ジジイッ!!」


 御者は謝罪を繰り返すダンテを怒鳴りつけ、容赦なく踏みつける。


 幾度となく堅い靴底がダンテの背中に足跡を刻んでいく。


 もしもテッドがこんな暴行を受けていたら、確実に骨の一本や二本、叩き折られていただろう。


 だがダンテは荒事の世界の中で生き抜いてきた頑丈な体がある。


 いくら踏みつけられようと、なんでもなかった。


 そうやってダンテが御者からの暴力に耐えていると、


「あなたも、そんな汚いものを踏んだ靴で私の馬車を汚さないでくれるかしら」


 涼やかな、それでいてあまりにも横柄な少女の声がして、御者は緊張に体を強張らせたのだった。


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