第30話ーーおっさん世界を変える
「なんだお前は……」
「私はローガスと申します。そちらの大磯様の執事で御座います」
「執事ぃ〜!?」
江藤が訝しげな表情をして声を上げるのも無理はない。誰が冴えないおっさんと、それを見ているだけのヌケていそうな女に執事がいるなどと信じられるだろうか。
「初めから電話にてお話を聞いておりましたが、そちら様は大磯様と新木様の踏破が信じられないという事でよろしいでしょうか?」
そう、実はおっさんは応接室に入る前に新木へと言含めると同時に、ローガスに状況説明と助けを求めていたのだ。そして電話を繋ぎっぱなしにした状態で話し合いに参加していた――電話してから数十分しか経っていないのに、ローガスはここにいる。彼は全力疾走してきたのだ、その為に珍しく額に薄らと汗をかいていた。
「そりゃそうだろう?こんなデブがどうやって40階層まで行くって言うんだ?そこの嬢ちゃんが庇ってだとしても信じられる訳ないだろう」
江藤が横柄におっさんを顎をしゃくり示しながら言った。
ローガスと新木はそれにビクリとしていた、冷や汗を書き始めていた。そう、まだデブ発言だから許されているが、もしこれがオークとでも言おうものなら暴走中年になるのは目に見えているのだから。
「ふむ……では未だこの協会の他職員は大磯様と新木様の情報は所持していないのですね?」
「んあっ?おう、俺の寛容な処置でな」
「そうですか……」
ローガスは江藤の言葉に無表情で頷きながら、ぐるっと辺りを見渡した。
「では、お眠りくださいませ」
一言告げると、江藤、綿谷、桂木一尉の3人はまるで糸が切れたかのように首を落とし、眠りについた。
先程辺りを見渡していたのは、監視カメラ等を確認してのである。
「ふぅ、お二人共お疲れ様でした」
「ローガスごめんね」
「その人達どうするんですか?」
「いえ、とんでもない。私めが踏破などをオススメしたばかりにこのような事になってしまい申し訳ございません。こやつらは適当に記憶を弄って、お二人の名前等も違う者にしておきます」
「じゃあ、最下層での宝箱の扱い方だけが記録に残るようにしておいて。それがあればどっかの国でも踏破出来るんじゃないかな?」
「そうでございますな……ふむ、後々面倒がないようにレベルやスキルも適当にでっち上げておきますか」
「あっ、魔力量に疑問持たれたみたい」
「最近皆様がお読みになられている小説を拝見しましたので、そちらからスキル名を拝借しておきましょう」
「ちなみにどんなスキル?」
「魔力無限大とかそんなので宜しいのではないかと」
さすがに出来る執事は違う。
だが遂にローガスもまでもが厨二世界へと脚を踏み入れてしまうのでろうか!?
「じゃあお願い」
「お任せ下さいませ」
一人一人の頭に手を当て、耳元でボソボソと囁いたりする事数分、3人の目は醒めた。
「この度は大石様と新井様には感謝の意を……」
「貴重なスキルまで教えて頂きありがとうございました」
「御二方に負けぬよう精進致します」
先程までとは打って変わっての言動と様子の3人……魔法の力は偉大だった。
まるで米つきバッタのように頭を下げる3人に見送られて外に出ると、物陰から転移して自宅へと帰るのだった。
おっさん達は全て片付いたと安堵していたが、現実はそう甘くなかった。
聞き取りが先に終わった探索者がSNS等に情報を上げた事もあり、ダンジョン前には各種マスコミや、危険がないと知った一般人が山ほど押し寄せていた。
快挙を成し遂げた2人組を固唾を飲んで待つ者達、だがその場には一向に現れない為に、騒ぎとなる――その頃おっさん達はそんな事を知ることも無く、呑気にお茶を飲んだり寛いでいた。
騒動に発展した状態を緩和するために、急遽開催された記者会見にて、ダンジョン踏破の情報や大石・新井という名前等が報告された。だが肝心の踏破者2人の姿はなく、その上写真などの視覚情報が提示されなかった。会見ではプライバシー問題としては説明された。
だがそんな説明で満足するはずもないのが人間である。後日、2人の姿を見た探索者達のインタビューや、似顔絵が巷に溢れる事となり、マスコミや一般人による『中年デブと美女の凄腕探索者を探せ 』ともいえる更なる騒ぎへと発展していく。
探索者協会は協会で大変な事となる。
何故なら2人を国として抱え込もうと思っても、大石・新井という名の探索者をいくら探しても見つからないのだ。なぜ探索者カードを確認しなかったのか?なぜその場で確保しておかなかったのか?などと国から責められることとなり、担当した2人は最前線の攻略班へと組み込まれる事となった。
そして国と探索者協会は一丸となって、マスコミと同様におっさん達2人を血眼になって探す事となる。
世界も日本の発表を受け大騒動へと発展する。
たった2人で踏破出来たという事実を信じる事など出来ずに、各国スパイが日本国内で暗躍し真実を探そうと躍起になった。
またもし発表が真実だとするならばと、2人を探してもいた。確保するなり、その親族を人質になりなんなりすれば自国のダンジョン全てを資源へと変えることが出来るかもしれないのだ。そして優位に立った後は、2人を殺すのもありだし、世界が滅亡しないようにと高額にて各国に貸出を行うのもいいだろうと。
日本を含めた世界各国のダンジョンでは、ありもしない<魔力無限大>等というスキル玉探しも必死に行われる事となる。
それが日本のライトノベルの中にしかないと気づく事もなく……
世界はたった1人のおっさんのデート気分で踏破実験で大きな変革を迎えていた……
冴えない中年デブと、それに惚れ込む女、食い意地の張りすぎたケット・シー、どんどん残念な事になりつつあるが未だ出来るヴァンパイア執事の4人は、欲望という名の大きなうねりの中心になる事にはまだ気付いていない。
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