第17話ーーおっさん成長する

現在2人はテイム出来るモンスターを探している。層を下がれば下がるほど、モンスターの攻撃が苛烈となり、2人での戦闘が厳しくなってきたのが原因である。


そして目の前にいるのはヒュドラ。


「ここはダメにゃ」

「だね、デカいから他の場所で困る」

「9つも首があると、どれだけ食べるか分からにゃいにゃ。アルの食事が減ると困るにゃ、お金勿体ないにゃ」

「あっ、そっちね」


おっさんはアルに秘密にしている事がある。

それは魔晶石や要らないドロップアイテムが全て換金できる事だ。

元々少ない給料で遣り繰りしてきたおっさんは、そこまで舌が贅沢ではない……所謂安い舌である。なので高級品や珍味などにあまり馴染みもないし、食欲もわかない。なので買い溜めする飲食物は全て安い弁当を売りにしている全国チェーン店の物や、少し贅沢をしてファミレスのデリバリーであるし、それで大満足なのだ。

だがアルは違う。この世界の料理は全てが未知の味であり、目に付くものは全て食べてみたいのだ。その上インターネットの使い方なんてものを教えてしまったものだから、『世界の料理・珍味』何てものを検索してはヨダレを垂らしている。

そこでおっさんはアルに、この世界の金銭価値を必死に教えこみ、あまり入っていない貯金通帳を見せて説いた「以前貯めていたお金で何とか遣り繰りしているから、贅沢出来ない」と。その甲斐あって、量は食べるがそこまで贅沢を言わず、更にデザートは毎食3個までと決めている。

もしお金があると知ったら、とめどなく……いや、世界の食全てを買い尽くし食い尽くすのではないかと怯えている。

絶対にバレるわけにはいかないので、アルの風呂中もしくは寝静まってからこっそりと換金しているのだ。


戦闘が苛烈になればなるほど、当然2人の運動量も上がる。それ故に一食あたりの量も増えていた。1メートルほどの身長の身体のどこに入るのかという程にアルは大食漢なのだ。アルのマッサージ&ブラッシング担当のおっさんは、最近アルが全体的に重く大きくなってきているのを感じていたのだが、身の安全から黙っている――以前に「そんなに食べたら太るっていうかすでに重い」なんて口を滑らせ、顔を爪研ぎ場所にされたのだ……経験済であり、おっさんもたまには学習するのだ。それ程までに激しかった、まん丸の顔がスリムになるほどに……。


「とっとと次の階層行くにゃよ」

「あぁーうん」


ダメだとは言ったが、それはティムモンスターとして見た場合であって、おっさんとしては9つもの首がある伝説の魔物を目の前にして興奮がない訳では無い。


「やっぱり全部の首を同時に落とさないと死なないの?」

「そんな訳ないにゃ、確かに自己再生スキルは持っているけど直ぐに生えるわけないにゃよ」

「あっそうなの?」

「それにどれかひとつの首が当たりだから、運良くそれ切れば他の頭はただの塊にゃ」


まるでくじ引きである。

9つの内の1つにしか脳が入ってないのだろうか?確かに全ての頭に脳みそがあり、考える力があるとしたら仲違いしそうではあるが。


アルは看破のスキルはもちろんだが、これまでダンジョンのある世界の住民だっただけあり、他のダンジョンでのモンスターの話や弱点や小話まで詳しかった。おっさんは創作の世界のモンスターしか知らない為に、時折アルに聞いている事が多い。


「それでも魔法耐性は持ってるし、皮膚も硬い。ブレスを吐くから気をつけるにゃ」

「あんなのに囲まれたら大変だから、一匹づつ狙っていくよね、まぁパッと見バラバラみたいだけど」

「そうにゃ、走り回りながらだと他の個体を引きつけるかもしれにゃいから、あそこに固定するにゃ。にゃので保はまず氷魔法で首元を固めるにゃ、そしたらアルが突っ込んで麻痺の短剣で痺れさせる。その後頭を叩き潰したり、切り落としたりするにゃ」


おっさんには氷魔法なんてスキルはなかったはずなのに何故か……

それはある日の事であった、アルの「保は氷魔法はなんで好きじゃないのにゃ」という何気ない質問から発覚したのだ。

当然おっさんは「使いたいけど持ってないし」である。

派手な魔法を好み、ファンタジー小説では一面を凍らせるような大魔法である氷魔法を好まないはずがない。

そして呆れた目を向けられ、「ステータスで水魔法(全)を見なかったにゃ?初級氷魔法があるはずにゃ」と……そこで初めて知った真実だった。スキル詳細の見方を知ったあの日、おっさんは押していなかったのだ――ヌケっぷりにも程がある。

そしてその日から特訓を続けた、最初の頃は休憩の際に飲み物のコップに氷を作り入れる事から始まり、今や<氷魔法 中級・上>にまで育て上げていた。


「じゃあ、行くにゃよ!」

「我の名に従い、生きとし生けるものよ、全てを凍らせろ……アブソリュートゼロ!」

「ふっ……この速度に着いてこれまいっ縮地っ!」


遂に詠唱文句まで考え言い出したおっさん。だがもう冷静に突っ込んでくれるアルは居ない……それどころかノリノリである。


2人の恥ずかしい発言はともかく、氷魔法がヒュドラの首辺りを白く染めた瞬間、アルは縮地で近くまで跳び麻痺の短剣に魔力を込めながら胴を1文字に切り裂く。だがあくまでも短剣である為か、表皮に薄らと傷を付けただけのようで血が滲んでもいない。


「「「「「「ガォガアアア!!」」」」」」


幾つもの首が同時に吠えた。

麻痺が効いているようには見えないが、もう相手には敵と認識されてしまっているのだ、ここでの躊躇いは命取りとなる。

おっさんは愛用の魔剣……魔棒を持ちヒュドラ横へと一気に跳び、更に空歩のブーツに魔力を込め階段を登るように宙を駆け上がると1つの頭へと棒を打ち付ける。

アルは斬るのでは無く刺す事へと意識を切り替えると、頭上にある首の動きを見極めながら刺しては動き、動いては刺す……

ブレスが当たらないようにと、おっさんは背に周りつつ駆け上がり頭を叩き続ける、

麻痺の効果か、欲棒により戦意を失ったのか、それとも両方なのかはわからないが、少しづつ動きの悪くなる……そして2人は一気に畳み掛ける……数分した後、ヒュドラは光へと変わった。


「たわいもないにゃ」

「我らに掛かれば、図体がデカいだけの雑魚だな」

「「フハハハハハッ」」

「麻痺の効きが悪かったけど、この調子で階段を探すにゃ」

「わかった」

「サーチアンドデストロイにゃー!」


言っていることはいつも通りちょっとイタイが、確かに2人の戦闘能力は格段に上がっていた――特におっさんに関しては目覚しいものがある。


危なげなく確実に撃破し続ける2人……

そして数時間後には階段を見つけた。




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