第103話 ゴウコンなんて嫌いダ

 いつものように七分袖の黒い上着を羽織り、ジーンズの長ズボンを履いている氷兎は、どこか内心ソワソワとしながら翔平と西条と共に渋谷109の前で集まっていた。翔平の格好も、いつもよりオシャレを意識しているのか、明るい茶色の上着を羽織り、何度も襟元を触っては変な着方をしていないか確かめている。西条だけは、いつものようにオールバックで髪の毛をキメて、まるでスーツのような黒と白だけの服を着ていた。


 彼らが身だしなみに気を配る理由は、先日の翔平による合コンの数合わせとしてお呼ばれしたからである。なんでも翔平の友人から彼女が欲しいから合コンしようぜという誘いがあり、まぁいいかと翔平が二つ返事で了承したところ、女の子を集めて欲しいと言われ、仕方なく藪雨を頼ったのであった。


 頼まれた藪雨は、絶対に菜沙に何も言わず、言うとしても自分の名前を出さないという約束の元で協力を得ることができた。組織の中で仲良くなった年上の人を何とかして合コンに誘ってくれたようで、氷兎達は翔平の友人が合流してから店に向かう予定だ。


「……なぜ俺まで合コンなんてものに行かねばならんのだ」


「まぁまぁいいじゃないですか。こういった経験がどこかで生きるかもしれませんよ」


 面倒そうに顔を顰めている西条だが、翔平に頼まれた時も氷兎の口八丁に乗せられてしまい、渋々と参加することになった。ただし、酒は飲まないとはずっと言い続けている。それはもちろん氷兎も鈴華も承知の上だった。閻魔様にどうでもいい罪状を伝えるなんて、馬鹿馬鹿しいだろうとは西条の言である。


 そうこうしていると、ようやく翔平の友人だという男がやってきた。翔平の大学時代にできた数少ない友人であり、類は友を呼ぶとはよく言ったものだと氷兎が内心思う程に、その男は軽薄そうな見た目をしていた。茶髪で耳にはピアス。ズボンはダメージジーンズだ。また、ノリも軽く、氷兎と西条に向けてチーっすなんて挨拶をする始末。危うく西条がブチ切れて帰りそうになるのを、氷兎はなんとか押し留める。男、片桐かたぎり 浩平こうへいは後頭部を掻きながら悪びれる様子もなく話しかけてきた。


「いやぁ助かったわー。俺だけじゃ合コンなんて開けなくてさー」


「俺がどれだけ苦労したか……氷兎も西条も、金はこいつが出すってから遠慮せずに飲み食いしろよ」


 痛い出費だなぁ……なんて片桐は言っているが、そこまで悲しむ様子は見受けられない。それなりにバイト等でお金を貯めているんだろうと氷兎は予想し、気にせず食わせてもらおうと意気込んだ。なんにせよ、今回は片桐の彼女を作るための合コンであり、氷兎達はサポートに回るという作戦であった。


 今のうちに作戦を決めておこうと片桐が言い、机を指で叩いた回数で左から何番目の女の子を狙うのかというのを知らせ、サポートに回ってもらうという話になった。その他の女の子は別に取っちまって構わねーぞ、なんて言い始め、氷兎は西条がどこかに行ってしまわないようにするのを必死に防ぐことになる。


 そしてもちろんのこと、あまり乗り気ではない西条だったが、彼はとことん生真面目だ。もちろんこちらにも西条による作戦はあった。任務の時に使うインカムである。最近菜沙によって改良され、その小ささは耳の中に入れれば髪の毛で隠せてしまうし、装着している者の脳波を感知し、ポケットに忍ばせているリモコンのボタンを押している間は考えていることを既に登録されてある彼らの音声で伝えてくれるという、マイクが必要ない便利なものだ。三人はこれをつけているので、声を出さずにお互いに話し合えるという利点を得ていた。


「確か……そうだ、ここ。この店の奥の座敷にいるってさ」


 渋谷109から少し離れた場所にある店までやってくると、翔平が藪雨から伝えられた店を見つけて立ち止まった。そんじゃ一番乗りーっと片桐が店に入っていき、続いて氷兎達も中に入っていくが……店に入った途端、氷兎は身を襲う違和感に立ち止まる。


 とてつもなく嫌な感じがして仕方がない。氷兎は店内を見回すが、特にこれといった変な部分は見かけなかった。厨房で忙しなく働いている男性らしき従業員が見え、カウンター席には誰も座っていない。いや、それどころかテーブルにも誰も座っていなかった。ガラガラもガラガラ。感じた違和感は人の少なさのせいかと一瞬思ってしまう。立ち止まる氷兎に、西条は話しかけた。


「……どうした、唯野」


「いや、なんかすんげぇ違和感が……」


「違和感、感じるんでしたよね?」


「お前はさっさと席に案内しろ」


 翔平も話に加わりたそうな目で見ていたが、先に行くことを促される。西条からは、初の合コンで緊張でもしているのだろうと言われ、それもそうかと氷兎は無理やり納得しておくことにした。


 そうして四人で予約済みだという座敷の場所に行くと……そこには綺麗に着飾り、薄めの化粧をしている女性が四人揃って座っていた。インカムからは翔平の嬉しそうな声が聞こえてくる。


(うひょー、こりゃ凄い。べっぴんさん揃ってんねぇどうりでねぇ!)


(えぇまぁ、確かに……)


 そう言って氷兎は女性を軽く見回していく。一番左にいる女性から、次々と見ていき……そして四人目でピタッと視線が止まった。目は完全に開かれ、身体が小さく震え始める。ファッ!? っと氷兎は呟いていた。インカムでその声を拾った翔平と西条が何かあったのかと尋ねる。


(い、いや……左から四人目……見てくださいよ)


(……えぇ……?)


(いや待て、冗談だろう……)


 三人とも完全に唖然とする中で、四人目の女性は薄らと微笑んでいた。胸を強調させるような大胆な服装に、短めのスカート。顔つきはどうにも日本人とは少し離れているように思える。瞳の色もカラコンでも付けているのか金色に輝いていた。蝙蝠がモチーフの髪飾りのようなものを身につけている女性は、三人に向けて軽く手をあげて挨拶してくる。


「やっほ」


(『マイノグーラじゃねぇかぁぁぁッ!?』)


 気軽に挨拶してくるが、三人は完全に焦り始めた。どう見たってマイノグーラなのである。北海道で出会い、時にはゲームで『多々買わなければ生き残れない事件』を引き起こしたあのマイノグーラである。うあぁぁぁっ、なんでなんでなんでなんでなんで。氷兎は発狂し始め、流石に翔平も苦笑いをする他なく、どうにかして逃げようにも片桐は既に一番右端の席に座ってしまった。お前らも早く座れよという片桐に、出会って十数分だと言うのに氷兎と西条は殺気剥き出しである。


(えっ、嘘やん。マイさんなんでこんなとこいるの!?)


(そんなこと知るか。バカヤロウ逃げるぞ)


(いや、逃げたらとんでもない目に遭わせるって顔してますよアイツ……)


 仕方なく各々座布団に座り始めるのだが、マイノグーラのお前が対面に来るんだよという視線に氷兎が押し負け、右端から片桐、西条、翔平、氷兎の順で座った。目の前にいる神話生物のせいで、氷兎は内心穏やかでない。もうマヂ無理……。氷兎は始まる前から既に泣きそうだった。


「はいはーい、じゃあ自己紹介からいきましょー! 俺、片桐 浩平っていいまーす」


「私は───」


 各々自己紹介をしていくのだが、氷兎はまったく耳に入ってこなかった。目の前にいるマイノグーラに順番が回ってきて、彼女は姿勢を正し、更にニンマリと笑顔を浮かべると、誰もを魅了するような声で自己紹介をし始める。


「私は舞野マイノ=グーラでーす。日本とアメリカのハーフなんですよー」


(んなわけあるかぁッ!!)


 氷兎は心の中でツッコンだ。もうやだ帰りたいとインカムに響く氷兎の声に、隣に座る翔平が宥める。なんとかしてこの合コンをジェノサイドパーティーにしないようにせねばならない。三人はマイノグーラと正面切ってやり合うのか、逃げるのかを思案し始めていた。もはや合コンのゴの字すらも彼らの頭の中には残っていない。


(鈴華、女性は藪雨によって集められたと言っていたな)


(いや、アイツは仲の良くなった女の子一人に頼み込んで他の人誘ってもらったって……)


(どっちにせぇよ、もう帰りたいです。お腹痛くなってきました)


 しかしここでトイレに行くなんていえばマイノグーラに何されるかわかったものでは無い。氷兎は目の前にいる怪物から目を背けることなく、耐えるしかなかった。この店に入ってきて違和感を感じた段階で逃げるべきだったと今更ながら後悔する。


「いやぁ、皆かわいいっすねー。ちなみに、どんなお仕事やってるんですか?」


 片桐が積極的に女性に話しかけていく。机に置かれた右拳から人差し指だけが動き出す。頼むから四番目だけは許して、と氷兎は内心懇願し始めた。机を指がコツンッと叩いていく。その数なんと……四回。氷兎の胃が限界を迎えそうである。


(『よりにもよってマイノグーラかよぉ!!』)


 三人とも同じように思い、インカムから聞こえてくる。いや、どうすんのこれ。やべぇよやべぇよ……。氷兎と翔平の額に汗が湧き出ていく。なんとかして片桐とマイノグーラが、はぁい、情事ぃ……するのを防がなくてはならない。しかし西条だけはその表情を崩さず、顎に手を添えてジッと何かを考え始めていた。そして徐ろにメニュー表を手元に取ってくると、スっと手を上げて口を開く。


「……話はあとにしよう。先に飯を頼まないか。俺は腹が減ったからこのヒレステーキ定食を頼もうと思うんだが」


(西条ォッ!? 何考えてんのお前ぇ!?)


(ステーキ!? この雰囲気の中の中で!? うせやろ、こんなところで財力アピールとかしなくていいから……)


 互いに何考えてんだこいつと思うも、西条は素知らぬ顔でメニュー表を見るばかりであった。もうダメだ、こいつとち狂っちまった。翔平は西条が正気を失ってしまったことを嘆きながらも、なんとか氷兎は守らなければと決意する。


 片桐がおっ、そうだなっと言った感じで飯を頼む形になり、各々好きな食べ物を頼み始めた。とはいうものの、翔平も氷兎も食欲が根こそぎ奪われている。軽めでいいやと二人でチャーハンを頼み、それらが届くまでお互いに質問タイムが始まった。片桐がさっき質問した通り、女性達は質問に答えていく。そんな中でマイノグーラの答えといえば……。


「お仕事は……恥ずかしいんだけどぉ、これでも動画の投稿とかしててぇ……いや、普通にお仕事もしてるんだけど、ほとんどは動画の収入かなぁ」


(お前ヨウチューバーかよぉ!?)


「趣味は……結構ドラマとか見るのが好きで……。格好いい俳優さんとか見てるとそそられるというか……」


(食欲がだルルォ!?)


「家事、ですか? えぇ、まぁ……それなりに?」


(ゲームやってばっかで飯の支度他人に任せてたよなぁ!?)


(氷兎、落ちケツ)


 かわいらしい仕草で片桐の心を鷲掴みにしていくマイノグーラ。そんな彼女に対して心の中で荒ぶりながらツッコミを入れていく氷兎。そんな後輩を見ていると、翔平は目頭が熱くなって仕方がなかった。できることなら席を変わってやりたいと思ってはいるが、マイノグーラの手前そんなことはできない。頼みの綱である西条はさっきからだんまりだ。その無表情が今では悟りを開いた神官のようにさえ見えてくるのだから、彼らの心にはもう余裕がなくなってきている。


 やがて頼んでいた料理が運ばれてきた。ヒレステーキ定食を頼んだ西条だけ異様に豪華であり、他の人はそこまで大それたものを頼んでいない。それはそうだ。この場所は合コンなのだから。目の前の席にいる女性達から、美味しそうなんて聞こえ始め、携帯を取り出して写真を撮り始めた。インスタ映えだとかいう訳の分からないやつだろう。


 そんな女性達のことなんて気にする余裕もない氷兎は、頼んだチャーハンを口の中に運んでいった。米はいい感じに炒められていて、パサパサとしている。美味しいはずなのに、どうにも気分が上がらなかった。どれもこれもマイノグーラのせいである。氷兎は恨みを込めて睨みつけた。


「ふふっ」


 しかしマイノグーラはニヤリッと笑って返してくるだけ。クソがっと思いつつ、こんな時に西条さんは何呑気にステーキなんか食ってんだと西条の方を見るが、どうにも箸が進んでいない様子。適当にステーキナイフで肉を切った後、誰にもバレないようにそっとナイフを机の下に隠してティッシュで拭いていく。


 えっ、なにやってんの。そう思い西条の顔を見れば、口元が不敵に歪んでいるのが見えた。それを見て翔平の顔がハッとなる。


(まさか西条……武器を確保するためにステーキ定食を!?)


(ステーキナイフで戦う気!? 西条さん正気ですか!?)


(俺は斬れるのならなんだって補正がかかる。例えステーキナイフだろうが……神殺しだろうとやってのけよう)


(無理だって! お前表面上装ってるけど実は内心かなりテンパってんな!?)


 無言で脳内会話を繰り広げる三人。西条は左手で器用にご飯を食べていき、右手はずっとナイフを握ったまま机の下に隠している。殺る気満々な西条に対して氷兎は流石に草も生えない。戦っても勝てないから争いは避ける方向で、どうぞ。しかし西条は聞く耳を持たなかった。


 西条の起源は『斬人』であり、得物が斬れるものであるのならばどんなものでも補正がかかるという便利な起源だ。ステーキ定食をわざわざ頼んだのも、武器の調達のため。もう彼の中では戦闘は避けられぬ事態になっているらしい。


 そんなことなんて露知らず、片桐を含めた残りの四人は楽しそうに会話をし、時折振られる話を氷兎は返していく。マイノグーラはずっと氷兎達の慌てふためく姿を見て笑っているだけだった。タチが悪すぎる。


 そんな中、片桐がビールビールっという感じで頼み出してしまい、女性陣もそれに乗っかってしまう。三人だけは、未成年だからという理由で酒飲みを断った。


(片桐さんって未成年じゃないんですかね)


(いや、世の中未成年で飲酒してる奴が何割占めてるかわかんねぇぞ)


(馬鹿馬鹿しい。日本に生まれたからには、法律に従うべきだろう)


(お国のためにーって?)


(自分の身のためにならないようなものは断る)


 それぞれがビールを飲み、口が軽くなっていく中でシラフな三人はどうにも場から浮いているように感じ始めている。これもう酒入ってるし、途中退散してもバレないんじゃ……と氷兎は思うも、机の下からマイノグーラに蹴りを入れられ、逃げることは叶わなかった。


 そうして皆の頬がほんのり赤くなってきた頃、氷兎達に更なる試練が襲いかかることになった。マイノグーラがメニュー表を持ちながら、すっと手を上げて提案したのだ。


「みんなー、このロシアン・クトゥルフ焼きってやつ頼んでみないー?」


(……えっ、なにそれは)


(ロシアン……なんだって?)


(嫌な予感しかしないな)


 三人の顔が青ざめていくのを感じたマイノグーラは、薄らと微笑んでいる。目を凝らしてメニュー表を見てみるが、ロシアン・クトゥルフ焼きは見てくれたこ焼きのようであった。氷兎の中でクトゥルフ=タコの方程式ができ上がったが、それでも嫌な予感は拭えない。しかもこれはロシアン形式。ハズレを引いたらとんでもないことになる。


 流石にやらないよなぁーなんて淡い期待はすぐに砕かれた。えぇぞ、えぇぞっとやる気に満ちた酔っ払いどもの言葉に、ロシアン・クトゥルフ焼きは実行されることになる。脳内会議はてんやわんやとし始めた。


 やがてロシアン・クトゥルフ焼きなるものが運ばれてくる。それは茶色く、少し崩れた球状をしていて、円状の陶器のようなものの上に規則的に四つずつ並べられていた。それが二列存在している。所々に緑や赤の不定形な印が刻まれ、上には向こう側が透けて見えるくらい薄い茶色の皮のようなものが何枚も乗っけられていた。それらをドロドロとした焦げ茶の液体が上から被さり、緑色の粉末のようなものが所々に散りばめられている。熱を発するその存在は、触れば皮膚を軽く焦がすのは明白であった。口の中に入り込まれたら最後、あまりの熱に身を焦がすだろうというのは容易に理解できるものだ。


 それは、どこからどう見ても普通のたこ焼きであった。しかし……色が劇的に違うものがある。氷兎達から見て上段の右から二つ目が、何故か青と緑の混ざったような気味の悪い色をしているのだ。しかしどうしてか、皆は騒ぎ出さず、クスクスと笑っていた。


(アホみたいにわかりやすいのがあるんですが、それは)


(男の度胸が試される奴なんじゃないかね、これ。女の子絶対食わないでしょ)


(んで……どうする。マイノグーラは頼んだ人だから最後に食うと宣言したぞ。俺達は順番は後の方……)


(いや、マイノグーラに食わせる他なくないっすかね)


(それもそうか……)


 順々に女性から食べ始め、やったセーフ、なんてやり取りが繰り広げられる。マイノグーラを飛ばし、片桐が食べるも青色のたこ焼きには手を伸ばさない。次は西条の番だ。しかし、彼はそこで一旦手を止めて待ったをかけた。


(……待てよ、何かおかしいんじゃないか?)


(どうかしたんですか?)


 氷兎が尋ねた瞬間……たこ焼きに変化が起きた。青かったたこ焼きの色が普通に戻っていくのだ。目の前で起きたあまりにも異様な事態にそれぞれ目を見開くも、すぐに氷兎は犯人が誰なのかわかった。すぐさま氷兎はマイノグーラの顔を伺うと……彼女はニンマリと笑っている。やられた、と氷兎は舌打ちをし、苦言を漏らす。


(幻覚……いつの間に!?)


(違和感はどうした?)


(この店入ってから違和感感じまくってて気づかないですよ!)


(違和感を隠すのなら違和感の中ということか……クソッ)


 残された四つのたこ焼きの中のひとつがハズレ。しかもマイノグーラによって先程まで騙されていた。これはどうするべきかと考え始めたところ……翔平と西条が脳内会議で作戦を伝えあっている。西条は既にハズレの手がかりを掴んでいるようであった。


(先程から嫌に魚臭いのがひとつある。それを先に選ぶから、お前達は避けろ)


(いいや……万が一お前の考えが外れたとして、氷兎にそんな得体の知れないもん食わせるわけにはいかねぇ。辛いのなら俺は平気だ。ここは……俺が引き受ける)


 無言で頷いた二人。西条が残されているたこ焼きの、下段の二つのうち、左側にあったものを選ぼうとしてから、右側にあるものを選択。それに楊枝を突き刺して一思いに口の中に放り込んだ。さしもの西条も強ばった顔つきであったが……噛み始めるといつもの仏頂面に戻る。


(……セーフだ)


(よ、よし……いくぜっ!)


 続いて翔平が先程西条が最初に選んだものを突き刺して口のそばまで持ってくる。確かに、異様な匂いがしていた。ゴクリッと唾を飲み込み、えぇい、ままよ! っと口に入れて噛み潰す。苦々しい表情をしていた翔平だが……顰めていた眉が元に戻る。


(……セーフだった)


(馬鹿なッ!! 確かにソイツは匂いが変だったはずだぞ!!)


 脳内でのやり取りを聞いた氷兎がすかさずマイノグーラを見る。彼女は腹を抱えて笑うのを堪えていた。あの野郎匂いまで魔術で偽装しやがった、と氷兎は恨みの篭もった目で睨みつける。


 残されたたこ焼きは二つ。うち片方はハズレのはずであった。そしてまた……残された二つのうち右側のものが青っぽく変色していく。マイノグーラはただニヤリと笑うだけだった。


「ねー、ここで男の子がハズレ引かないと、可哀想だよねー」


 馬鹿げた話が女性達から聞こえてくる。しかもその中には今までの根底を覆すようなものも混じっていた。


「おいおい、ここは青いのいっとこうぜ!」


 片桐の言ったその言葉に三人はハッとなる。まさかの、元から色つきのものがあって、それを更に魔術で誤魔化すという三重の罠だった。しかし問題は……。


(……どっちが本物だ。奴らの見てるものと、俺達が見てるものはおそらく違うかもしれんぞ)


(魔術かけられてるのが俺達だけですからね……)


 どうするべきか。悩み始めた氷兎に対してマイノグーラは笑いながら言ってくる。


「別に私は、左側の奴でもいいよー?」


 左側。それは普通の色をしたたこ焼きだ。仮にマイノグーラが魔術を使っているとするのなら、左側は青色のたこ焼きになる。だが、これがブラフだとしたら。ハズレは右側だ。


 そしてさらに氷兎には考えていることがあった。


(……マイノグーラの言った方がハズレなら、右を選んだ瞬間に女性陣からブーイングが来る。好感度か、危険性か……なんて、いやらしいことをッ!!)


(馬鹿、正直に付き合ってやる義理はないだろ、右を食え!)


(いや待て唯野。ブラフだ。左を行け!)


 完全に意見が分かれてしまった。氷兎は悩むが……もうこれは運に任せるしかないという判断をするしかなく、翔平の意見に従って右のたこ焼きを選んだ。俺は女の子の好感度より、身の安全を選ぶんや、と意を決して口の中に放り込む。


(……これ、は)


 口の中に広がる、青臭い味。噛んだ途端に辛味が広がっていき、今度は何故か甘い味までが広がり始めた。辛味と甘味が合わさり、更には中に入っているタコのようなものが……口の中で蠢いている。


 流石に吐き出すわけにもいかないという理性という名の枷が邪魔をして噛むという手段しかなかった。噛めば噛むほど、広がる気分の悪くなる味。あまりにも酷く、胃液が込み上げて混ざりあってしまった。辛味、甘味に加え酸味である。まさしく宇宙の心理を得たかのような顔つきになった氷兎はもう噛むことすらままならず、それを無理やり飲み込んだ。


(……なんて、冒涜的な……)


 食への冒涜ともとれる酷い味に、氷兎の視界が暗くなっていく。飲み込んだはずのたこ焼きが、腹の中でグルグルしている。あぁ〜、たまらねぇぜ。もう気が狂いそうになる程気持ち悪いんじゃ。もう無理限界。氷兎は暗くなる視界の中で意識を手放しかけていた。


「……ごふっ」


「氷兎ォッ!?」


「すまない、ちょっとコイツをトイレに連れて行ってくる」


 机に突っ伏し、顔を青くして動かなくなった氷兎を西条と翔平が抱えあげてトイレに向かって連れていく。後ろからは腹を抱えて笑うマイノグーラの笑い声が響いていた。





〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜





 トイレの個室の便器に胃の中身を全て捻り出していく氷兎を、翔平は背中を摩りながら見守っていた。氷兎の口から漏れでる半固形の物体達が、何故か全て緑色に変わっている。西条は見るにも耐えないのか、個室の外で壁に背を向けて携帯を弄りながら待っていた。


「……食ったもんに加えて胃液まで緑色になるって、どういうことなの?」


「なんてものをこの店は出しているんだ。営業停止を言い渡してやりたい。鈴華、この店の名前はなんだ」


「確か……食い処ルルイエって名前だった気がする」


「……おい、検索にヒットしないぞ」


「えっ、マジ?」


 氷兎から離れて、翔平が西条の携帯を覗き見るが……確かにルルイエという店は存在していない。おっかしいなぁ……なんて翔平が悩んでいるところ、ようやく氷兎は中身を全て吐き出した。フラフラとした足取りで、未だに顔は青白いままだが、なんとか意識はある様子。


 翔平に促され、氷兎は洗面器で口の中をゆすぎ始めるが……口の中に含んだ途端、咳き込みながら水を吐き出した。顔をすぼめて氷兎は伝える。


「げぇ……これ、しょっぱい……」


「……おい、これ海水じゃないか?」


 西条が水を口に含み、あまりのしょっぱさに吐き出した。Eye phoneで成分を分析したところ、本当に海水だったようで、流石に三人とも顔を見合わせる。


「なんか色々おかしいよなぁ?」


「違和感感じるし、たこ焼きは酷いし……うぇ」


「……更に店はヒットせず、か。しかもトイレでは潮の香りまでする」


 どうなってんだよと話し合う中で、携帯を弄っている西条が何やら気がついたようだ。神妙な顔になり、額からは珍しく汗が垂れている。何かまずいことでも起きたのかと、翔平が携帯を見るが……画面には関東地方のマップが映っているだけであった。なんだよ驚かすなよなぁ、なんて翔平がおどけるが、西条は違うと返し、携帯をよく見るようにと押しつける。


 氷兎も倣って見つめてみるが……特に何も変な場所はなかった。西条の口が重々しく開かれ、驚愕の事実が伝えられる。


「……GPSで俺達の居場所が映っていない」


「……へっ?」


 言われてみると確かに、現在地を知らせるポインターが反応していなかった。どういうことなの……と氷兎は考え始めるが、翔平は生唾を飲み込み、震え始める。その様子を見た西条は、ゆっくりと頷くだけであった。


「じ、じゃあよ……俺達今、どこにいるんだ……?」


 嫌な沈黙が流れる。氷兎どころか翔平まで顔を青くし、西条の表情までもがいつもよりも強ばっていた。


 その後、三人揃って顔を青くした彼らは片桐に、氷兎が体調不良だから連れて帰るという旨を伝えてから店を出た。すぐさまその場から離れ、逃げるようにオリジンへと帰っていく。


 嫌な……事件だったね。そんな言葉じゃ済まされないくらい、恐怖を感じた三人であった。





To be continued……

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