第60話 互いに歩み寄れず

 ゆっくりと息を吹きかけて熱々の珈琲を冷ましながらチマチマと飲んでいく。それらが喉を通っていくと、なんだか心が休まる気がする。


 俺と先輩の部屋には加藤さんを除くいつものメンバーが揃っていた。全員に珈琲を振る舞い、菓子類をポリポリと食べながら世間話に花を咲かせていた。ゲームをしながら話に参加していた先輩が、俺に話しかけてくる。


「そういや氷兎、人員補強の話で今日の昼に司令室に来いだってよ」


「今度は良識人だといいんですがね……」


「なんで私の事見るんですかー」


 いやだって、ねぇ……っとそんな感じに思っていた俺と先輩顔を見合わせて苦笑いを浮かべた。その反応を見た藪雨は、少しだけ暗い表情になると軽く頭を下げて謝ってきた。


「……まぁ、わかってますけど。お力になれなくてすみませんでした」


「いや、まぁ……気にするな。実際鍵開けは助かったから。お前だって少し前は一般人だった訳だし、任務経験もない。腰抜かした事は大目に見よう」


「それ以外は大目に見てくれないってことですね……」


 藪雨がいてくれることで助かる場面が今後存在するのかもしれない。少なくとも今の俺には難しいピッキングは無理だ。藪雨に教えて貰ったが、本当に簡単なものしかできない。そう考えると、殆どの鍵を開けられる藪雨は結構貴重なのだ。足も速いしな。


 しかし問題は、彼女の戦闘能力と判断力だ。そりゃ少し前まで唯の女子高生だった彼女には色々と荷が重すぎる。いきなりの事に腰を抜かしてしまったりと、言い方は悪いが足でまといになりかねない状態だ。


「……でも、もういいです。私には向いてないんだなってわかりましたから」


 藪雨は少し表情を和らげて言った。帰ってきてすぐの報告の時に、俺と先輩がチェンジと言ったのを彼女は少し気にしていた。しかし自分でもわかっているようで、本部に残ることにすると自分から言い出したのだ。


「だから、せんぱい達はちゃんと帰ってきてくださいね。こうやって可愛い後輩が、せんぱい達の帰りを待ってるんですから。嬉しいでしょ?」


「お前がもっと背が高くて胸が大きくて年上だったら嬉しかったかもな」


「だからそれはもう私じゃないって何度も言ってるじゃないですかこの変態!! 天パ!! バーカ!!」


「おまっ、先輩に向かってバカとはなんだ!? チビのくせに生意気だぞ!! 氷兎も何か言ってやれ!!」


「擁護できません。貴方は変態で天パでバカです」


「ちくせう、後輩が先輩に対して厳しすぐる……」


 すっかりしょぼくれた先輩はゲームに戻っていった。藪雨も気落ちしている訳でもないし、むしろ俺と先輩に迷惑をかけたと思っているらしい。前みたいな仮面をかぶることも少なくなってきたし、ちょっとずつでも俺達の空間に順応してきているらしい。


「ねぇ氷兎君、私も顔合わせに行った方がいいんだよね?」


「まぁ、そうだな。来た方がいいと思う。七草さんもメンバーの一員だからね」


「……なんだか、ずるいなー。私だけ除け者みたい」


 菜沙がプイッとそっぽを向いて拗ね始めた。なんだか最近こういうことが多くなってきた気がする。反抗期……いや、単に構って欲しいだけだろうか。もう少し素直になればいいのに、と何度も思いながら彼女の機嫌をなだめるために話しかける。


「そんなことねぇよ。菜沙が俺の武器作ってくれなかったら、もっと俺は怪我してる。下手したら死んでる可能性もある。決して除け者なんかじゃない。それに……菜沙が帰りを待ってるって思うだけで、帰らなきゃなって、死んでられないなって思えるから。菜沙はそのままでいいんだよ」


「……本当にそう思ってくれてるの?」


「当たり前だ」


「……そっか」


 菜沙が椅子を動かしてきて俺の横に並べる。そしてそのまま肩に頭を預けてきた。信頼してくれてるのか、全体重をかけるように乗せてきている。俺は彼女のサラサラとした髪の毛を梳かすようにゆっくりと撫で始めた。そのうち彼女はスヤスヤと寝息を立て始める。


「……唯野せんぱいって、お母さんみたいですね」


「それわかるわ。ダメなところはダメって言うし、良い所は褒めてくれるし、朝昼晩飯風呂掃除洗濯諸々……身の回りの事なんでもやってくれるしな」


「氷兎君はお世話好きだよね。それに綺麗好き。女の子だったらきっと可愛いんだろうなぁ……」


 藪雨と先輩にはデスソースを後でぶっかけておくとして、七草さんの言葉には少しだけ冷や汗が湧き出る。何しろ昔菜沙に女装させられた記憶があるのだ。フリフリのスカートを履かされて、街中を歩き回った記憶がある。もう消し去ってしまいたいのに、どう足掻いても消えない。人はそれを黒歴史という。思い出すだけで顔が熱くなってきた……。


「わー、せんぱい顔真っ赤っか。褒められてそんなに嬉しいんですかー?」


「違ぇよバーカ、チビスケ、藪雨」


「私の名前を悪口みたいに言わないでくれませんか!? しかもチビまで言った、気にしてるのに!!」


 藪雨の声が部屋に響く。なんとか赤い顔をあまり見られないように隠しながら、俺達は招集のかかった昼まで時間を潰していた。




〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜




 コンッコンッ、と扉を叩いて中へと入っていく。中にいたのは、いつもの碇ゲンドウスタイルの木原さん。そしてもう一人……眼鏡をかけた背丈の高い偉丈夫の男性だ。黒い髪の毛はワックスで固められ、全て後ろに流すようにしている。服装は黒いスーツみたいな格好だ。おまけに目つきも鋭い。


「………」


 先輩と目を合わせて互いに頷いた。間違いない、この男……。


「………」


 インテリヤクザだこれ。え、まさかこの人が新しい仲間? ちょっと勘弁していただきたい。隣にいる先輩の頬にツーッと汗が垂れてるし、絶対ヤバい奴だってこれ。七草さんも少しオドオドとしてるし。


 そんな俺達の心の中が荒みに荒んでいるなんて知らず、木原さんは俺達にその男の事を紹介してきた。


「よく来たな。この男がお前達が次に任務を一緒にこなすことになる隊員だ」


「……フンッ。こんな平和ボケしたような連中が次の任務のメンバーだと?」


 男は俺と先輩を睨みつけるように目を細めた。それだけで背筋が凍るような威圧感を感じ、負けぬように両手を握りしめた。何も感じてはいませんよ、とでも言うようにすまし顔のまま俺は木原さんの言葉の続きを待った。


「前に一緒に任務に出かけた隊員がまぁ、なんだ。メンバーから外してほしいという申請があってな。ちょうどお前達が仲間を探していたからこうして紹介した訳だ」


「唯の厄介払いじゃねぇか……」


 先輩が小さな声で苦々しく呟いた。確かに、こんな見た目とさっきみたいな協調性のなさそうな言葉からして、仲間から疎まれたんだろう。だが……流石に貧乏くじ過ぎやしないか。藪雨しかり、この男しかり、絶対面倒なことになる。


 男は眼鏡を直すように指で弄ってから、俺達を見下すような言い方で自己紹介をしてきた。


西条さいじょう あざみだ。まぁ、名前なんて覚えてもらう必要も無い。どうせ一度きりだ」


「かぁッ、ムカつく奴だなお前ッ」


「まぁまぁ先輩、落ち着いて。貴方も、いらん挑発はしないでくださいよ」


 まるで親の仇のような目つきで西条さんを睨みつける先輩。流石に今関係をこじらせるのも良くない。なんとかこの間を取り持った方がいいだろう、と俺は二人の間に割って入った。先輩が何か文句を言う前に、俺が先に西条さんに自己紹介をしておく。


「唯野 氷兎です。よろしくお願いします」


「……鈴華 翔平だ」


「えっと……七草 桜華です」


 俺が頭を下げると、渋々先輩も軽く頭を下げた。七草さんも少し戸惑いながら頭を下げる。そんな俺達の行動を、西条さんは鼻で笑った。どうやら向こうには仲良くしようとする魂胆すらないらしい。


 見かねた木原さんが、西条さんについての補足の説明をしだした。


「そこの西条は、世界トップレベルの企業の西条グループの御曹司だ。そして、一般兵の中で最もオリジン兵に近い戦闘能力を持っている」


「ハッ、あんだよお坊ちゃんかよ。そんな大層なご身分の奴がこんな所にいていいのか?」


「……貴様には関係の無い話だ」


「あんだとっ!?」


「落ち着いてください。それ以上突っかかるならデスソースを使わざるを得ない」


 ポケットから取り出された劇薬を見た先輩は悔しそうに顔を歪めながら後退する。心の中で先輩に謝っておき、今度は俺が少し前に出て木原さんに進言する。


「木原さん。悪いですけど、こんな状態で任務は無理でしょう。連携すら取れやしない」


「そもそも連携をとる必要が無い。俺は一人で戦える。それに、俺は仲間なんぞいらんと言っているのに勝手に誰かと一緒に任務に行かされて迷惑しているのだ」


「単独での任務はオリジン兵じゃなければ許可出来んと何度言ったらわかる……」


 西条さんの物言いに木原さんが額を抑えながらため息をついた。おそらく何度もこういったやり取りがあったのだろう。西条さんはよっぽど肝が座っているらしい。俺は単独で任務をこなそうとは思わない。怖すぎるからな。


「へいへいお坊ちゃん。基本ルールは従わなきゃいけないもんだぜ。社会のジョーシキよ」


「貴様よりも社会については知っているつもりだがな」


「その言い方。貴様とか使うか普通!?」


「名前で呼ぶ価値すらない。それに、貴様の髪型はなんだ? それは世間的に大丈夫なのか?」


「うっせぇこれは地毛だ!!」


 モサモサとした頭を触りながら先輩が怒る。西条グループと言えば、色々なCMで名前を聞いたり、スポンサーとかで名前が出たりする有名な会社だったか。だというのに、そこの息子は対人関係を築くのが苦手と来たか。新手のコミュ障だな。話せないのではなく、話さないタイプだ。


「はぁ……厄介だなぁ本当に……」


「大丈夫、氷兎君?」


「もう本当、七草さんが俺の癒しだよ……」


「ふぇ……!? えっと……あ、ありがとう……?」


 赤くなってモジモジとしている七草さんを見て更に癒された。蚊帳の外とかしてきた俺達は遠巻きに彼らの言い争いを見ている。まるで子供同士の喧嘩だ。見ていて馬鹿馬鹿しく思えてきた。


「くだらん。これ以上貴様と話していても時間の無駄だ。俺は帰らせてもらう」


「おうとっとと国へ帰れ帰れ!!」


「俺の母国は日本だ愚か者め」


 互いに言葉を吐き捨ててから、西条さんは部屋から出て行った。部屋の五月蝿さは消え去り、静かな空間と気まずい空気だけが残されている。先輩は西条さんの消えていった扉を見つめながら毒づいた。


「ケッ、いけすかねぇ野郎だ」


「そんなカリカリしなくても……口論の内容が小学生みたいでしたよ」


「お前は何も思わねぇのかよ。あんな態度取られたんだぞ?」


「いえ、ここはこう考えるんです。ゲームでもよくあるでしょう? 高飛車で傲慢知己なキャラクターは、実は世間知らずのネタキャラだった、みたいな。あんな人でも肉まん食った瞬間口からメテオを放ち、まさに味の絨毯爆撃だ!! みたいな台詞を言うかもしれないじゃないですか」


「いてたまるかそんな変態。その台詞言った奴確か主人公達に向かって小さな女の子を出せとか要求してきたロリコンだろ」


「初見ではそう思いましたがね……とりあえず、落ち着きましょう。あの手の輩は少しずつ歩み寄るべきなんですよ。俺と先輩みたいに段階すっとばすってのは無理です」


 先輩もわかっているのか、俺の言葉に頭を掻きながら悩み始めた。実際西条さんとの仲を取り持つためにはこうする他ないのだ。相手は仲良くする気がない。ならば、少しずつ距離を詰めていき、相手に仲良くしてもいいかなと思わせる段階までいかなければならない。


 次の任務は別の意味で大変そうだ。悩みの種が増えてストレスで禿げるのではないかと少し不安になったが、暗くなった俺を笑わせようとしてくる七草さんのおかげで毛根は活性化した。なんとか頑張っていこうと思う。




To be continued……

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