第24話 天在村デの決戦

 それは、祠の奥に存在している見たことの無い生物だった。


「……ぁ……ぁ………」


 それは、不定形の存在だった。水のようでいて、けれど形を持って蠢いている。私の口から出た言葉に、身をよじらせる。


「………」


 それは、喜んでいた。心なんてあるのかわからない。でも、色として見えてしまう。


「ぉ、じぃ……」


「……菖蒲………」


 それは、楽しんでいた。私達が怯える姿を見て、その色を濃くする。私の口からは、言葉にならない声が漏れていくだけだった。


「……ゃ、ぁ……」


 逃げたくても、足が動かなかった。手を握ってくれた祖父の手は震えていた。目の前に居る存在の考えていることはわからない。けど、唖然とし、恐怖に怯えた自分達を見て楽しんでいることは確かだった。


「……すまなかった……菖蒲……。せめて儂も……」


 近寄ってくる。アレが、口を開いて近寄ってくる。


 臭い、気持ち悪い。知らない、こんなの知らない。なんなの、儀式はどうなるの。私はどうなるの。


「……っく……ぅ………」


 涙がこぼれてきた。嫌だ。嫌だ。ようやくわかったのに。ようやく、私は世界にいてもいいと思えたのに。ようやく、お爺ちゃんが私を見てくれたのに。


 ……ようやく、私を見てくれる人を見つけたのに。


 あぁ、迫ってくる。もうそれは目の前まで来ている。逃れられない。逃げられる訳がない。


 誰か……どうか、お願いだから……


 ……助けて。



 そう願った瞬間だった。


「喰らっとけぇ!!」


 目の前にいた存在の口が、爆発した。




〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜



「………」


 そのバケモノは洞窟の奥に鎮座していた。液体のようにも見える、不定形のバケモノだ。目が沢山あって、大きさも様々。その真ん中には大きな口が開いている。その口から、あの声とも言えない音が聞こえてきた。


「っ……ぅっ……」


 見ていると急に目眩がして、何も入っていないはずの胃の中身が逆流しそうになる。これは、日常に存在してはいけない。それは、常識として認識してはいけない。今まで生きてきた中での常識と目の前に存在する非常識とが混ざりあって一種の混乱状況を招いていた。


 ……そんな中でも、先輩は冷静だった。


「喰らっとけぇ!!」


 先輩の投げた手榴弾がバケモノの口の中に入って爆発した。突然の反撃に唖然としたのか、そのバケモノはその場で悲鳴をあげながら蠢いている。爆発のおかげで混乱していた脳は一旦ショックで正常に戻ったのだが、その不定形なバケモノの動きでまたも不安定に陥りかけた。しかし、それでもなんとか気力で持ち直す。俺は俺の役目を果たさなくてはならない。


「……ぇ……ぁ……唯野、さん……?」


 バケモノのすぐ近くにいた花巫さんの隣まで移動して、バケモノを見据えた。なんとか間に合ったようだ。危機一髪だ。いや、きっと先輩が手榴弾を持っていなかったら間に合わなかっただろう。なんだかんだ言って先輩は用意が良かった。


「……大丈夫ですか、花巫さん」


「っ……はい……」


 彼女の左手が俺の服の裾を掴んだ。とりあえず一旦ここから離れた方がいい。流石にこの暗さと狭さでは太刀打ちできない。彼女の様子を見る限り、走ることはおろか立つことすらままならないだろう。当たり前だ、俺だって逆の立場なら腰を抜かして動けなくなっていたに違いない。


「先輩、爺さんを!」


「いや、いい……儂は大丈夫だ。それよりも菖蒲を……」


「おし突っ走んぞ!! 氷兎は先頭を行け、俺がラストだ!!」


「はい!! 花巫さん、ちょっと失礼します!!」


「きゃっ……」


 彼女を抱き上げてすぐにその場から走り出した。月が出ている夜で良かった。でなければ彼女を持ち上げて走るなんてことは出来なかっただろう。


 すぐ後ろを花巫さんの爺さんが、そして最後尾を先輩がバケモノを牽制しつつ走っている。先輩がインカムで加藤さんに連絡を入れた。


「加藤さん、そっちにバケモノ行きます!! そこら辺にいる人全員撤退させてください!!」


『んな無茶な。この人達そう簡単にどかないよ!』


「バケモノが来るっていえば皆逃げますよ!!」


 インカムから聞こえてきた加藤さんの声は呆れた様子だった。あの村長が俺達の話をすんなり聞くとは思えない。しかしこのままでは犠牲者が出る可能性がある。


「た、唯野さん……アレ、アレは……」


 花巫さんがあのバケモノについて尋ねてきた。しかし、今それについて詳しく語っている暇はない。後で伝えると言うと、彼女は震える声で、心底恐ろしそうに話し始めた。


「笑ってる……喜んでるんです……。誰かが恐怖に怯えたり、泣き叫ぶ姿を見て、アレは喜んでいるんです……!」


「……ロクなもんじゃないってことは確かです。それよりも、見ない方がいいですよ。アレは……いてはならないものだ」


 ミ=ゴでバケモノを見慣れていなかったらもっと取り乱していただろう。あの戦闘訓練は多少は役に立ったようだ。だからといってアレを長いこと直視出来るわけでもない。下手に見すぎると吐いてしまいそうだ。


「こっち来んなっての!」


 先輩が再び小さなバックパックから手榴弾を取り出して投げつけた。先程喰らった攻撃に対し、バケモノはその場で動きを一旦止める。その隙に一気に距離を離していく。


 背後で爆発音が聞こえる頃には、もう出口は見えていた。加藤さんが背を向けたまま人々に剣を向けている。爆発音に気がついたのか、彼女はこちらを見て、そして目を見開いた。それもそうだ、真後ろにはもうバケモノが迫ってきているのだから。


「っ……こいつはまたでかいな……」


 剣先をこちらに向けて待機する加藤さんの真横を走り抜ける。そしてある程度距離をとったところで洞窟を振り返った。どうやら、全員無事のようだった。


『テケリ・リ。テケリ・リ』


 ……ソレは洞窟から這い出て、その姿を見せた。固形なのに水のようで、色は黒いはずなのに向こう側の景色が透けて見える。そして何よりも、両手で数え切れないほどの目玉がギョロギョロと忙しなく動いていた。洞窟を塞ぎきれるほどの巨体が、外に出れた嬉しさなのか、それとも餌が目の前に大量にいるからなのか、波打つように揺れ動いている。


「い、いやぁぁぁ!!」


「神様だ、神様が怒って出てきたぞ!!」


「おっ……えぅ……」


 逃げる人、叫ぶ人、あまりの醜悪さに気分を害して吐いてしまう人。それらを一人一人見るように目玉たちは動いていた。


「おぉ、神よ……どうか、どうか静まりたまえ!」


「っ、村長!? 何やってんだアンタ!!」


 先輩が声を荒らげた。あのバケモノの前で村長が両手を合わせて懇願している。本当に、あのジジイはロクな事をしない。目の前の存在がどんなものなのか、わかっていないのか。あのバケモノに向けて手を合わせていた村長の矛先は、何故か花巫さんへと向けられた。


「どうか、どうかあの娘を差し出しますので治まってはもらえませぬか!!」


「ジジイ、ふざけたことぬかすな!! とっととそいつから離れろ!!」


 流石に黙ってはいられない。声を荒らげた俺に対して、村長は顔を真っ赤にして怒鳴り散らした。


「黙れよそ者がッ!! これは我々の問題だ、アンタらが口を出すのは……あ……?」


 バケモノが蠢いた。崩れたスライムのようなフォルムだったソレは、両サイドから細い腕のようなものが伸び始める。その腕のようなものは、村長の体をがっしりと掴んだ。掴まれた本人は顔を歪めて暴れだす。


「な、何をする!? 違う、私じゃなくてあっちだ!! 違う、違う違う違う!! あの娘を───」


 バケモノは口を大きく開けて、その中に村長を放り込んだ。身体の透明度が高いせいで、取り込まれた村長の姿が見えてしまう。


「───────!!」


 暴れていた。両手足でもがき、やがて自分の喉を掻きむしって苦しそうな表情を浮かべてから、白目を剥いて動かなくなった。


「………ッ」


 溶けていく。皮膚が溶け、次に肉が。遂には骨まで……どんどん溶けていく。そして最後は内部で圧迫するように噛み砕いた。その様子が、嫌でも見えてしまう。目を離せば次は自分がこうなるかもしれない、けど目を離さなかったら正気でいられなくなるかもしれない。


 狂気と正気の狭間で意識を保っていると、それまで各々違った反応をしていた集落の人々は目の前で起きた残虐な出来事に遂に耐えきれなくなった。神社は人々の阿鼻叫喚に包まれ、バケモノはせせら笑うように鳴く。


『テケリ・リ! テケリ・リ!』


 目玉が忙しなく動く。ギョロギョロと動き回る。人々は我先にと逃げ始めた。怒号や悲鳴が飛び交う中、力のないものだけが取り残されて逃げ遅れる。


 一人の老婆が男に押されて倒れてしまった。それを見逃すバケモノではなく、その老婆に向かって身体の一部を伸ばしていく。手立てがなかった。今の自分には、有効打がない。槍は恐らく効かない。それどころか下手をすると自分が取り込まれてしまう。


 見捨てるしかない、と諦めの思考がよぎった時バケモノの身体の一部が発火した。


「鈴華君、今の内に救出して!!」


「っ、はい!!」


 先輩が駆け出して老婆の身を支えその場から逃れた。火に巻かれているバケモノは、ただただ鳴いていた。その声は、喜びに満ちているようにも聞こえる。


「チッ、火が効いてない……」


 女性らしからぬ舌打ちが聞こえたが、この状況では仕方の無いことなのかもしれない。先輩が老婆を逃がした後に加藤さんに向かって声を上げた。


「そんな水属性っぽい奴に火炎なんて効きませんよ!! 雷とか使えないんですか!?」


「使えるには使えるが……」


 加藤さんがポケットからスタンガンを取り出し電源を入れた。すると先端から電気がバチリッと帯電し、細い電気の束がバケモノに向かって放たれる。


『Tigy───!!』


 最早何を言っているのかすらわからない。けれど確実に効いているようだった。しかしそう思ったのも束の間、電撃で焼けた部分がすぐさま再生し始めてしまう。捕まれば即死、再生能力持ち。これは……かなり不味い状態だ。


「再生能力持ち……加藤さん、もっと強い威力じゃないとダメです!!」


「悪いけどね、私の『魔術』は簡単に言うと倍率みたいなものなの!! 火炎は倍率高いけど電撃はあまり高くないのよ!!」


「なんでそんな重要なこともっと前もって教えてくれないんすかね!?」


「だってどんな奴でも焼けば殺せるって思ってたんだもん……」


「そうだったこの人脳筋だった!!」


 先輩の虚しい叫び声が響く。魔法使いなのに脳筋とはこれ如何に。とりあえず現状は俺は花巫さんを抱えて爺さんと共に離れているが、このままではいつまで逃げ切れるか。加藤さんと先輩が全力でバケモノの攻撃を避けていた。まだ集落の人々の退避が終わっていないせいで、花巫さんを逃がすことが出来ない。従って俺も攻撃ができない。その現状に絶望しているのか、爺さんの悔しそうな声が耳に届いてくる。


「……無理だ。ヤツを殺すなんてのは、不可能なのだ。殺せるのなら、昔に殺していただろう」


「爺さん、何かないんですか。文献とか漁ったんでしょう?」


「何も記されておらん……。この村を、捨てるしかなさそうだ……」


 諦めてしまっているのか。爺さんは悲しそうに嘆いた。しかし仮に、だ。ここでこいつを逃したらどうなる? いくらこの天在村が山奥の田舎だったとしても、こいつは餌を求めてやって来るだろう。


 いや……目的は餌ではないのかもしれない。花巫さん曰く、あのバケモノは殺戮を楽しんでいる。何かが壊れるのを、何かが死ぬのを、何かが怯えるのを楽しんでいる。野放しになんてできない。


「っ……!!」


 バケモノの目がこちらを睨んだ。嫌でもわかる。間違いなくターゲットにされた。俺はともかく爺さんが避けきれるかわからない!!


 伸びた身体の一部が迫ってくる。触られたら最後抜け出すことは叶わないだろう。爺さんと共に下がるも、避けきれない……。半ば、死を覚悟したその時だ。


「伏せろ!!」


「ッ……!!」


 頭上を手榴弾が通り抜け、迫ってきていたバケモノの一部に吸い込まれた。手榴弾は内部で爆発し、伸びていた一部が欠片となって崩れ落ちる。


「先輩……!!」


「氷兎、避難は終わったから二人を連れて下がれ!! しばらくは俺たち二人で引き受ける!!」


「っ……すぐ戻ります!!」


 既に人々は階段を降りきって村の外れの方へと逃げていた。俺も爺さんのスピードに合わせて階段を下って神社から離れる。爺さんは年の割に体力もあり、体も丈夫そうだ。そこまでスピードを落とすこともなく走り続けていると、抱えている花巫さんが話しかけてきた。


「唯野さん……アレは、何ですか……? それに、貴方は……」


 花巫さんの質問に対し、どう答えたものかと迷った。下手に情報を漏えいしたくはない。最悪、花巫さんが口封じの対象になるかもしれないからだ。


 ……けれど、花巫さんはそういった事を言いふらす人だろうか。いや、しないだろう。恐らく黙っていて欲しいと言えば彼女は言わないはずだ。


「……すみませんが多くは伝えられません。裏ではバケモノ退治をしてるって言ったらいいんですかね。あの二人もそうです」


「バケモノ……アレ以外にもいるというのか?」


「えぇ。奴らは自分達が認識していないだけで、恐らくかなりの数存在します」


「なんという事だ……」


 爺さんは、バケモノがアレだけだと思っていたようだ。あんな規模のがポンポンいられても困るが……。何しろスケールが違いすぎる。大きさは不定形だから判別しにくいが、縦に四メートルはあるだろう。横にもかなりの大きさだ。あんなのが一斉に現れでもしたら……軽く日本の首都が落ちそうだ。落ちなくても核ミサイル辺りで焼き払われてある意味終わりだろう。


「……あれは……」


 しばらく走り続けると、人々が固まっている場所にまで辿り着いた。距離的にもだいぶ離れたはず。追ってこない限りここまで来ないだろう。花巫さんを下ろして、爺さんに預けた。


「……ここなら平気か」


 はぁ……っと一息つけたのも束の間だった。どうするべきか迷っていた人々が、一斉にこちらを見た。人々の視線が、花巫さんに集まっている。そんな緊迫感に包まれた状況の中、一人の男が声を上げた。


「ぜ、全部お前のせいだ……お前が、儀式を果たさないから……!!」


「ひっ……」


 ……マズい。このままでは人々の不満が爆発して全ての矛先が花巫さんに向けられてしまう。ふざけるなと言いたかったが、それよりも先に集団の至る所から声が上がってしまった。


「そうだ……お前のせいで神様が怒ったんだ!!」


「責任を取れ、今すぐに儀式を果たせ!!」


「ッ……ふざけたことをぬかすでないわ!! 儂の孫に全ての責任をなすりつけるつもりか!! アレは、ただ一人の責任にあらず、ここに住むみなの責任であろう!!」


 爺さんの張り上げた声も、民衆の声には届かない。花巫さんは座り込んで涙を流し、耳を塞いでいた。


 人々は口々に非難の声を上げる。責任を取れ、お前が悪い、どうにかしろ、と。


 明確なまでの『敵意』だ。きっと……花巫さんはそれを見てしまっているだろう。でなければ、こんなに怯えるわけがない。いや……見えていなくても、こんなの怖くなって当然だ。


「ごめんなさい……ごめんなさい……」


 彼女は小さく呟いている。謝罪の言葉を。


 ……何に対しての謝罪だ。この無責任なまでの現状に、流石に黙ってはいられなかった。花巫さんの視界を遮るように、俺は彼女の前に出て大きく息を吸い込んだ。そして……。


「……黙れッ!!」


 一喝。その声は村全体に響いたのではないかと思われるほどの声量だった。夜だからだろうか。最早普段では考えられないほどの気の昂り様だった。


「人の苦しみもわからん奴に、誰かを非難する資格などない。彼女が何をした? お前達はいったい何をした?」


 ただ淡々と、冷酷なまでに冷えきった言葉が喉から溢れていく。


「彼女は独りで悩みを抱えて生きてきた。お前達が考えようもないほどの辛い悩みだ。それでも生きて、儀式の為と生かされてきた。お前達はどうだ。何をした? のうのうと生きていたのではないのか?」


 ……こんな若造に言い負かされる連中でないことはわかっていた。自分の辛さを棚に上げ、彼らは次々と暴言を吐いてくる。


「お、俺たちゃキツい供え物を提供してたんだ! 心の悩みなんかより、飢えの方がキツいに決まってるだろ!」


「……それは生きているから言える言葉だ。死ぬために生かされた彼女に、そんな自由はない。飢えが辛い? 死ぬよりマシだろう。供え物を出すのが厳しい? ただ死だけが待ち受ける未来よりもよっぽどマシだろう。第一……」


 ……先程も、爺さんが言った通りだ。この事件は、誰か一人の責任に在らず。全ての責任は、ここに住んでいた全員にある。


「この現状を解決しようとせず、あのバケモノを肥えさせたのはお前達全員だ! やがて時が来れば、奴は自ら村に出てきただろう。それこそ、もっと大きな存在となってだ。今一度問うぞ、この事件の責任は誰にあるのだ!!」


 ……辺りは静まり返る。誰も何も言わなかった。否、言えなかった。俺はただ、その非難を逃れようとする人々を見ていた。


 あぁ……だから人間は嫌いだ。嫌な事に目を背けるだけに飽き足らず、他人に罪を擦り付けようとするその性根に、どうしようもなく吐き気がする。


「っく……唯野、さん……」


 泣き続ける彼女を俺にはどうすることも出来ない。今すべきことは、そうではないからだ。今もなお、先輩と加藤さんが引き受けてくれている。早く戻らなければならないのだから。


「……爺さん。後は頼みました。俺はあのバケモノをなんとかしに行きます」


 爺さんは選んだ。だからあの場所にいた。過去の罪を清算しようと、彼女と共に死ぬことを選んだ。もう爺さんに彼女に対する後ろめたさはあっても、憐憫の目で見ることはないだろう。だからもう、花巫さんは爺さんに任せられる。


 きっと、彼女を守ってくれるだろう。俺はそう信じた。


「……それでいいんだろう、アンタら」


 視線を爺さんから再び村の人々に向け直した。皮肉げに言った俺の言葉に反対する者は誰一人として現れない。当然か、誰も死にたくはないだろうに。


 ……その死を、彼女に強制させたこの村人達を俺はきっと許せないだろう。


「唯野さん……」


 彼女が俺の名前を呼んだ。涙ぐみながらも彼女は必死に言葉を絞り出す。


「……どうか……死なないで……」


「……死にませんよ。こんなところで、死ねるわけがありませんから」


 せめて別れ際だけはと思い、俺は彼女に微笑んだ。そして夜間に出せる全力でその場から離れる。走りながらインカムで先輩に通信を送った。インカムから焦ったような声が聞こえてくる。


『氷兎か!! ヤバイ、もう手榴弾も尽きて加藤さんのスタンガンも電池が切れた!! 銃は撃ってもすぐに再生される!!』


「……先輩、奴に電気は効くんですよね?」


『あぁ、けどもう電池切れだし、そもそもスタンガンじゃ火力が足りない!!』


 逃げながらも、俺はなんとかアレを倒せる手立てはないものかと必死に考えた。そして、ふと考えついたことがある。


 加藤さんの『魔術』は簡単に言うならば倍率だと言っていた。元の火力を何倍にも上げて操れる、と言うのが彼女の能力だ。何も倍率が高ければ強いってわけじゃない。1を10倍したって10にしかならない。


 じゃあどうするのか。そんなものはわかりきっている。


「……先輩、俺に案があります。その場から離れて逃げてもいいので、もう少しだけ時間を稼げますか?」


『……信じていいんだな?』


「はい。加藤さんにはなるべく温存してもらってください。それが作戦の要です」


『……ったく、俺に囮になれってか?』


 インカムの向こう側で先輩の荒々しい息遣いが聞こえる。もう大分体力を消耗してしまっているようだ。


 ……それでも、力強い答えが笑いと共に返ってきた。


『ハハッ、良いぜ……やってやるよ。成功させろよ、氷兎ッ』


「……やってみせます」


 倍率が足りない。けど答えは大きくしたい。ならばどうする?




 答え。起電力元の数値を大きくすればいい。



To be continued……

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