厄介事 Ⅰ
深夜に響くベル。ドアを開けると、男物のコートに身を包んだ女が青褪めた顔で立っていた。
「追われているの。助けて!」
探偵事務所『WEST & FIELD』には、偶にこういう「面倒くさい」客が転がり込んでくる。依頼をするでもなく、料金を払うでもなく、ただ「匿え」だの「助けて」だのと言ってくる輩が。
「どうする、
私――
「……金次第」
「後で払うからっ」
女は叫ぶように言った。
「……なんでうちを?」
博美は問う。女は憔悴しきった表情で答えた。
「……警察とか、頼れる身空じゃないの」
やっぱりか。私と博美は顔を見合わせて溜め息を吐いた。
WEST & FIELD探偵事務所。脛に傷持つ女二人が、汚濁と混沌に塗れた街で
「誰に追われてる?」
「借金取り。でもあいつら変なの、左胸が膨らんでた」
「……武装か」
「ヤーさん絡みじゃないね」
昨今のヤクザはそこまで裕福ではない。
「ここに来る可能性は?」
「高いと思う。あなたたち、有名人だから」
「……」
博美と私は、ガンホルスターを内部に仕込んだジャンパーを羽織った。ロッカーから銃も取り出す。15発入りの軍用自動拳銃。護身用ではなく、「戦う」ための装備で、武器。
「……ま、やるしかないね。私らは慈善事業じゃないから、金は取りたいけどあんたはろくに持ってなさそうだし」
「……身体で払えっての」
「肉体労働のほうでね。前職は知らんけど、足はつかないようにするよ」
「で、だ。報酬はその借金取りと、そいつらを操ってる元締め共から頂くことにするよ」
女は目を丸くした。
「危険ですよ!?」
「元よりそういう稼業だよ、私ら」
「だからって!」
「――ここで潰さなきゃ、一生親が付きまとうよ?」
「……っ」
女は黙った。私は予備弾倉をいくつかジャンパー裏に差し込むと、事務所の裏口から博美と女を伴って出た。
夜は更けている。既に銃声は、あちこちでがなり始めていた……私は嫌な予感を覚えて、女に訊ねる。
「……あんたさ」
「何?」
「本当に、ただ追われる身?」
女の表情が固まった。借金以外にも、追われる理由があるというのか。
厄介事はごめんだよ! という博美の文句が飛んだ。
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