厄介事 Ⅰ

 深夜に響くベル。ドアを開けると、男物のコートに身を包んだ女が青褪めた顔で立っていた。

「追われているの。助けて!」


 探偵事務所『WEST & FIELD』には、偶にこういう「面倒くさい」客が転がり込んでくる。依頼をするでもなく、料金を払うでもなく、ただ「匿え」だの「助けて」だのと言ってくる輩が。

「どうする、ひろ

 私――西川にしかわあずさは振り返る。いい博美は銜え煙草を灰皿に押しつけると、レインコートの女を値踏みするように見つめ……言い放つ。

「……金次第」

「後で払うからっ」

 女は叫ぶように言った。

「……なんでうちを?」

 博美は問う。女は憔悴しきった表情で答えた。

「……警察とか、頼れる身空じゃないの」

 やっぱりか。私と博美は顔を見合わせて溜め息を吐いた。



 WEST & FIELD探偵事務所。脛に傷持つ女二人が、汚濁と混沌に塗れた街で開業しひらいた「ワケあり」稼業。主な依頼は一般の興信所のそれと変わらないが、それでも裏社会の腐敗臭においを嗅ぎつけたがまれに飛び込んでくる。要するに蛇の道は蛇というやつで……厄介だ。

「誰に追われてる?」

「借金取り。でもあいつら変なの、

「……武装か」

「ヤーさん絡みじゃないね」

 昨今のヤクザはそこまで裕福ではない。

「ここに来る可能性は?」

「高いと思う。あなたたち、だから」

「……」

 博美と私は、ガンホルスターを内部に仕込んだジャンパーを羽織った。ロッカーから銃も取り出す。15発入りの軍用自動拳銃。護身用ではなく、「戦う」ための装備で、武器。

「……ま、やるしかないね。私らは慈善事業じゃないから、金は取りたいけどあんたはろくに持ってなさそうだし」

「……身体で払えっての」

「肉体労働のほうでね。は知らんけど、足はつかないようにするよ」

「で、だ。報酬はその借金取りと、そいつらを操ってる元締め共から頂くことにするよ」

 女は目を丸くした。

「危険ですよ!?」

「元よりそういう稼業だよ、私ら」

「だからって!」

「――ここで潰さなきゃ、一生が付きまとうよ?」

「……っ」

 女は黙った。私は予備弾倉をいくつかジャンパー裏に差し込むと、事務所の裏口から博美と女を伴って出た。



 夜は更けている。既に銃声は、あちこちで始めていた……私は嫌な予感を覚えて、女に訊ねる。

「……あんたさ」

「何?」

「本当に、?」

 女の表情が固まった。借金以外にも、追われる理由があるというのか。

 厄介事はごめんだよ! という博美の文句が飛んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る