第3章 幸せ①
そして日曜日。前日は坂野は全く寝ることができなかった。小学生が遠足の前日に楽しみ過ぎて寝れなくなるような感じではない。何かわからない感情、そしてそれは予感と言ってもいいかもしれない。悪い方の予感だ。そんな胸のざわつきが坂野の睡眠を邪魔していたのだ。
「おはよーぅ!」
朝9時という割と早めの約束通りの時間に待ち合わせ場所である、札幌と名前についているが大型ショッピングモールがあるだけの新さっぽろに着くと、春奈が割と遠くから大声を出して手を振っていた。
中学受験するにあたりここ新さっぽろにある塾に通っていてなんとなく思い入れのある場所だが、最近大型リニューアルを経て、昔見た光景は無くなっていた。新しくなった瞬間は目新しくて良いと思うのだがしばらく経つと前の方が良かったと思うのは自分だけだろうか?
「ぉはよう…」
あの日からもずっと連絡はとってきたが、いざ会ってみると接し方がわからない。LINE上では上手く振舞っていたはずだが……と思いつつも坂野はつい声が小さくなってしまった。振ったのにデートに誘うとかどういうことだ?と坂野は夜通し考えていたがついぞ答えは出なかった。いつも通りに接そうと考えてもどうしてもぎこちなくなってしまった。
「今日はさー、せっかくここリニューアルしたでしょ?だから新しくできたお店全部行こうと思って!お腹もすかしてきたしお金も沢山持ってきた!!」
そう言いつつ華奢な身体をめいっぱい揺らして、財布を取りだし中身を見せてきた。いつも通りの春奈である。いや少し元気がいいくらいか。
「たしかに多いけどさ…」
なんとなく坂野はうやむやな返事しかできない。
そんな坂野の様子を全く気にしない様子で春奈は続ける。
「早くいこーよー」
「う、うん!!」
でもせっかくのデートだから楽しまなきゃ!!と考え、無理にでも難しいことを忘れようとした。
まずはお互いに朝ごはんを食べていないということでご飯を食べることにした。
春奈は地下一階に行きたいお店があるらしい。
「ここのオムライスめっちゃ気になってたんだぁ」
「そうなんだ。それ新しくできた店だよな」
「そだよ。レビューサイトでも星4.1!」
そう言って春奈は坂野にスマホの画面を見せてきた。そこにはたしかに星4越えの”スフレオムライスとパンケーキ超欲張りプレート~ビーフとマッシュルームそして愛情を添えて~”の写真が映し出されていた。
(俺は昔ながらのオムライスの方が好きなんだけどな……)と坂野は思ったが口にはしない。ついでに(愛情を添えてってなんだよ…)とも思ったがもちろん口にはしない。いやいつも通りの坂野なら面白半分で言っていたかもしれないが、その時言わなかったのはやはり少し気分が落ちこんでいたのかもしれない。しかしそんな坂野の様子を気にしている様子のない春奈は続けて話し続けていた。
そうして歩いているとそのオムライス屋さんに2人はついた。
「結構空いてるねぇ」
春奈は何故だろうという表情を浮かべていた
「てかまだ開店してないね」
坂野がスマホを確認してみると現在9時15分。開店は9時30分ということだった。
「むー。ちょっと集合時間早すぎたかもね……」
「確かに1時間くらい遅くてもよかったな」
と坂野は返した。一瞬春奈は寂しそうな顔をしたが、すぐに笑顔を取り戻し
「そこのベンチで待とうか。」
と坂野を店の前にあるベンチに促した。
2人でベンチに座ると唐突に春奈は質問してきた。
「裕太はさー、どこの大学行くか決めた?」
坂野、春奈はそれぞれ男子校女子校の進学校に通っている。高一の秋となるともうそろそろ自分の進路を考えなければならない時期に差し掛かっていた。
「その前にさ」
と言いながら坂野は春奈の方をじっと見る。
「なんで制服着てるの?」
会ってからずっと気になっていたことを聞いてみる。今日は日曜日だ。デートに行くくらいだから授業や補講はないはずだが、春奈はシックな感じの色合いをしたセーラー服を着用していた。春奈は少し考えてから
「制服デートってやつ??」
「いや俺制服じゃないんだけど……」
坂野は服に無頓着で全て中学から着ている安売りの服を着てきていた。ちなみに全て母である坂野風子が選んだものだ。母が選ぶ服に文句を言ったことは1度もないし、誰からもバカにされたことはないので恐らく母のセンスがよいのだろう。
「まあ細かいことは気にしちゃいかんよ若者。」
「同じ歳なんだけどな」
と坂野は呆れ気味に言う。このやり取りに満足したのか春奈は話を元に戻す。
「でさ、大学どこにいくの?」
「うーんまだ明確に将来なんの仕事したいとか決まってないからなぁ…」
「でも裕太は文系でしょ?」
「せやね、数学と理科が壊滅的に出来ないから、推薦で東京の私立大学のどこかに行こうかなって今は考えてる。やりたい仕事とかは大学入って考える。」
それを聞いた春奈は難問を解く受験生のような難しい顔をしている。
「どうしたの?」
と坂野が尋ねると、春奈ははっとしたような顔になった後、笑顔になって
「いやなんでもないよ。あ、店開いたみたい、行こっ?」
と急に立ち上がった。スマホを確認してみると9時26分。どうやら2人が開店を待っていることに気づいた店主がちょっと早めに店を開けてくれたみたいだ。
春奈に手を引かれ店の中に入り、1番奥の席に座るとニコニコしたおばちゃんのスタッフが水を運んできてくれた。すると春奈がすかさず
「スフレオムライスとパンケーキ超欲張りプレート~ビーフとマッシュルームそして愛情を添えて~を2つください!!!愛情は添えないでたっぷり注いでください!!」
と注文した。おばちゃん店員は一瞬驚いた顔をしたものの
「はいスフレオムライスとパンケーキ超欲張りプレート~ビーフとマッシュルームそして愛情を注いで~2つね、ふふふっ。」
と注文の確認をとり厨房へ戻っていった。坂野は顔を真っ赤にするほど恥ずかしくなって一言も発せなかったが、春奈はその様子を見て、どうしたの?と言いたげな表情をしている。
「よくそんな恥ずかし……いやもうなんでもない……。」
坂野は諦めたように苦笑いをした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます