第19話 狼男の恋わずらい

 赤城さんは人狼――つまり狼男の一族で、今年になって田舎から上京してきたらしい。

 とは言え人目を忍んで生きなければならないモノノ怪の身。あまり大っぴらに人と接する仕事をする訳にはいかない。

 そんな訳で始めたのが、この清掃のバイト。これなら人と関わるのは、最低限で済む。


 でも、彼はそこで――一人の女性と出会った。


 彼女は要領が悪いのか、いつも一人残って残業をしていた。それだけに見かける機会も多く、赤城さんは大変だなと思いながら遠くから彼女を見守っていた。

 けれども一度、たった一度だけ、赤城さんは彼女と会話した事があった。自販機前の清掃中、彼女がたまたまコーヒーを買いに来たのだ。


『お疲れ様です、清掃員さん』


 そう言って、彼女は赤城さんに笑いかけた。普通残業で残っていても、わざわざ清掃員に話しかけてくる人などいないのにだ。


『あ……そちらこそ、お疲れ様です』

『今年になってから入った方ですよね? 去年まではお見かけしなかったから』

『は、はい』


 それから二人は、色んな話をしたそうだ。流石に詳細までは教えてもらえなかったけど、赤城さんの口ぶりからして、楽しい時間だったのは間違いない。

 とにかくそれがきっかけで、赤城さんは彼女を強く意識するようになった。そして――問題の夜へと繋がるのである。



 月の綺麗な夜だった。その日は急な休みが出て、清掃にも時間がかかってしまっていた。

 増えた分の担当区域の清掃を終え、いつもの担当区域までやってくると、丁度彼女がうたた寝をしているのが目に入った。夜も大分暖かくなってきたとはいえ、まだまだ何も羽織らずに寝るには危ない時期だ。そう思って、赤城さんは彼女を起こそうとしたのだが。



 肩を揺すろうと彼女に触れたその瞬間、赤城さんの中に眠る獣の本能がどくり、と沸き上がった。


 慌てて赤城さんは彼女から手を放したけど、本能の疼きは増していくばかりで。遂には赤城さんを、狼男の姿に変えてしまった。

 そこに運悪く、彼女が目を覚ましてしまい――。



 後は、ウチらも知る通り、という訳である。

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