月夜の月夜(つきよのつくよ)
前河涼介
取材依頼
九州大分、その山奥も山奥にある
世は戦国末期、今は家名も忘れられた小さな領主がその山に居城を築き上げ、命名したのは
天正十四年、領主は
城一族は江戸三百年に渡って山城山城を守り抜き、明治に入って山城山城が用廃となると、御殿の戸を開いて旅館経営に踏み出した。これは元来、城の維持費と新設の固定資産税を支払うための金策であった。すなわち昭和四十年に高速道路が整備されるまで城下の旧道は交通の要衝といって差し支えなかった。
したがって
それだからこそあばら屋と化した天守から望む月がこの上なく風流なのだ、というのが
私の八年後輩にあたる雑誌記者の松田はどこからともなくそんな風聞を捕まえてきて、自分は忙しくてそんな遠方はいけない、先輩なら暇だからいいじゃありませんか、と定年退職も二年目の私に仕事を投げつけてきた。松田の入社以来、私と彼はそれぞれ
「私はフリーランスだ。フリーランスは言い値の原稿料でなければ動かないからな」
「いいですよ、奮発しましょう。それが礼儀ってものです。ただしフリーランスには厚生もないんです。宿泊費も交通費も込みですからね、あとはまあ、月が綺麗だったら儲けだと思ってください」
電話はそれで切れた。私は締切までの予定を確認して時刻表を調べ、ひとまず旅館の電話番号を回した。
かなり待たされたが女将らしい声色の女が受話器を取った。
「そちらに泊まりたいと考えている者ですが、八月の八日から一週間ほど、一名です」
「ええ、空いております。遠方から来られますか」
「東京から。到着は夜になると思います」
「ではバス停まで迎えをやりますから、一人で山道に入らないようお願いします。あと荷物は最小限で。なにせ険しいですから」
そういったやり取りを交わしたのち、私は荷物を選別して一日がかりで大分の山奥まで分け入った。
最後の乗り物はバスだった。モノコックのボンネットバスで床は板張り、脚の長い添乗員が物憂そうにポールに寄りかかっていた。いくら物憂くてもさすがのバランス感覚、バスが右に切ろうが左に切ろうが、石や陥没を乗り越えようが微動だにしない。
私もまた酔いを遠ざけるために前の座席の背に腕を置いてヘッドライトに浮かび上がる木々の幹を目で追っていた。
私が最後の客である。
バス停の標識がヘッドライトに浮かび上がり、道のカーブに従って左手を通り過ぎていく。
「次は山口、
もとより乗り際に行き先は告げていた。私がベルを鳴らすことはない。それはあくまで私に支度を促すためのアナウンスである。
添乗員はバスが止まって私が荷物を背負ったところでようやく動き出してドアを開いた。決して愛想が悪いわけではないのだが始終物憂げを貫いていた。
私がバス停標識の横に立つのを待ってバスは走り出した。テールライトが見えなくなり、やがてヘッドライトの明るみも消える。
光源は消えた。しかし辺りの景色はまだ見えている。
月か。
頭上に白い半月が浮いていた。
「松原様ですか」待合小屋の後ろから少女の声が聞こえた。
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