第14話 動乱の中を行く(12)


 ここは、監視システム管制室。

〈ナーガルジュナⅩⅢ〉艦内の全監視カメラの統括を含める情報制御室だ。


 ドワーフ三兄妹は、冬のアルバイトでダンジョンの保守業務を委託されてやって来た。


 ひたすら地味な裏方作業の中、動く影が飛び込んできた。


「兄貴。艦底の監視モニタ11番に侵入者。こないだの狼じゃ」

「メインモニターに回せ」


 仮眠をとっていたマクガイアはガバリと起きて、正面のメインモニターに寝起きのつぶらな目をすがめた。


 大画面で狼男が大きな背嚢リュックを背負って、周囲を警戒しつつも反重力制御装置を見上げて、そばにいる十五、六の少女に説明していた。


「ふーん、ダンジョンでハイキングデートなんてオツな真似するじゃねーか」


 末妹オルテナが棘を含んだ冗句を飛ばす。

 マクガイアは少しの間メインモニターを眺めていたが、


「オルテナ。再組成培養ルームのスケジュールをチェックしろ」

「は?」


「やっこさんは小娘と二人連れ。ただの観光だったとしても、ここに来る目的が他に思いつかん。前回のメンバーで誰か死んだのかもな。チェックだ」


「らじゃー」

 オルテナが操作卓コンソールを打鍵して、不意に手を止めた。

「あん、ウソだろ? ガイ兄ちゃん、ライカン・フェニアだ」


「なにっ? 解脱日と再組成の進捗は」


「解脱日は十二日前。再組成完了九二パーセント。再起動まで、あと六時間四七分」

「優先ランクSか……どうやら、殺されたらしいな」


「かぁーっ。狼のヤツ、またトラブルに巻き込まれとるんか」


 マシューが頭の後ろに手を回して、メインモニターに毒づく。

 マクガイアは担当デスクに腰掛けると、頭を掻いた。


「さしずめ後ろの娘が依頼人ってとこか。まあいい。──マシュー。艦外カメラの再確認急げ。追われてここまで逃げ込んで来たのなら、事だ」


「ラジャー」

 マシューが操作卓を打鍵していると、ふいに鋭い舌打ちが起きた。


「どうした」

「ちょっくり待っとってや。解像度をめいっぱい上げるけぇ。地上部一階……帝国じゃ」


「メインモニターに回せっ」


 黒色の画面に四つの灰色の人影がうごめいていた。遭難者ではない。その証拠に目出し帽をかぶり、短剣を抜いて周囲警戒していた。

 今度はその短剣がズームインされる。短剣に刻印された三頭ヘビの紋章。


「帝国陸軍特殊部隊〝ヒュドラ〟か。帝国の〝斥候〟ボーイスカウトが、はるばるご苦労なこった。狼とは別件か。──オルテナ。エコー索敵」


「もうやってるっ。──でたよ。南南西。距離八マイル(約十三キロ)。六頭立て馬車四台接近中。時速二〇ノット」


「一個小隊だと。どうやってティミショアラの関門を抜けてきた……っ」


 マシューが分割モニターの狼たちと特殊部隊を同時に見ながら、ため息をついた。


「ケプラーの旦那が行動限界時期きとるけぇ。下の連中が鼻薬キメて血迷ぉたかのう?」


「マシュー。そいつはアリだな。さもなきゃ、帝国軍諜報部とも知らずにビジネス入国パスを使われて、まんまとウェルカムしちまったか。狼のヤツもこのタイミングで……このタイミング」


「どうすんだよ、ガイ兄ちゃん」

 妹の声を聞き流し、マクガイアは鹿の太腿ほどもある腕を組んで、沈黙する。


「……帝国側のツアーガイドの面が拝みてぇな」

 一つ唸ると、腕組みをといた。


「泳がせろ。ゲートロックの暗号レベルは5。それであと半日くらいは持つだろう」

「ガイ兄ちゃん、ライカン・フェニアの再組成待つわけ?」


「少なくとも狼たちの目的は、あのリトルジーニアスだろう。だったら、さっさと用事すませて、ずらかってもらうんだ。その後なら、帝国サマにオモテナシできるだろ」


「客二組をぶつけるって手はあるけど?」


「そいつはナンセンスだぜ、オルテナ。ここの保守作業にどれだけの金と時間がつぎ込まれたと思ってる。あいつらがマトモにカチ合ったら、ここがサンタマリア・デル・フィオーレ大聖堂の落書き程度で事が収まるはずがねえ」


 そんな時、部屋そのものが少し震えた。管制室に警告アラームが鳴り響く。

 マクガイアはメインモニターを見上げた。


「マシュー!」

「一階第8ゲート半壊──。ボーイスカウトが〝マナ爆弾〟を使いやがった」


「くそったれ。たった四人で威力偵察とはイキってくれるじゃねえか。エントランスにだけ盗掘アナウンス:Eを流せ。あとで、壊したゲート代を弁償させてやるっ。狼には知られるな。正義のヒーローの好物はいつだってトラブルなんだからな」


「ラジャー」


【 警告 当ダンジョンは、〝七城塞公国〟の所有であり、大公サルテコア・ズメイの資産です

 公府潜入許可、または特例行政許可のない者は速やかに退去を命じます 

 退去なき場合は、公国財産の侵害並びに公共物侵入罪 国際ダンジョン条項第9条を適用 迎撃防衛措置を発動します 残り二回 繰り返します── 】

 

 三兄妹は厳しい表情でメインモニターの帝国特殊部隊を注視している。脇の分割モニターの中では、ハティヤが狼を翻弄しながら異世界見学していた。


 ──トゥルルルッ……トゥルルルッ


 そこに、回線音が鳴った。


「ガイ兄ちゃん。外線。一〇マイル圏内。発信周波数50.20」

「畜生め。一発かましてからの交渉ナシ付けたぁ恐れ入るぜ。こっちに回せ」


 マクガイアは自分の担当デスクで、受話器をあげた。


『うちや』声は女だった。

「知らねぇよ。そちらの所属と氏名を求む」


『帝国情報局のエミー・ネーター様を知らんとは、ええ度胸や。自分、誰?』


「こちらは帝国魔法学会公認【蛇遣宮】ミィオーセス。ダンジョン保守管理担当のマクガイアだ」


『なんや、保守の番号やったんか。ま、ええわ。そしたら、今からそっち行くよってな』

「ちょっと待て。おたくらは、ここが公国の国有物と知っての狼藉なんだろうな」


『それがどないしてん。自分らがジタバタせんかったら、チャッチャと済む話や。黙って見とき。ヘタに手ぇ出したら身のためにならへんで』


(帝国だと隠しもしねえ。驕り高ぶりがすぎて、頭ぶっとんでんじゃねえのか)


「そうかい。じゃあ、そうさせて──おい、おいっ。ちぃっ」

 言い終わるのを待たず、電話が切れた。マクガイアは苦々しく受話器を置いた。


「兄貴?」

「エミー・ネーターだ。あのイカれ女、生きてやがった。今の会話。残せ」


「録音済みじゃが。せぇでも〝粛清人〟エリミネーターか。懐かしい名前じゃのぉ。こりゃあ、ひょっとしたら守衛ロボットじゃったら歯がたたんかのぉ」


「例のトンカチを相変わらず持ち歩いてるんなら、出すだけ無駄だな。マシュー。〝龍〟は眠らせてあるな」


「おう、格納済みじゃ。なんじゃ、兄貴。ケツまくって逃げるんか」

「当たりめぇだ。ここで保守が勇ましく戦っても一ペニーのボーナスもでやしねえ。なんなら、後の面倒はお前に任せていいか」


「いや、それは……。兄貴?」


 弟と妹に振り返られても、マクガイアは黙考を続けた。


「ガイ兄ちゃん……もしかしてタイミングかい?」

「そう、そいつだっ。どいつもこいつもタイミングが良すぎる。てことは、ヤツらが目指す収束点は──」


「ライカン・フェニアじゃろうかのぉ?」

 マクガイアは太い指で弟の回答を指さした。


「そう。なら、ヤツらが目指してるのは再組成培養ルームだ。だとしたら、オレ達がどっちに着くかは一目瞭然だ」

「なんじゃ、兄貴。さんざん能書きたれて、結局、狼に肩入れするんか」


「マシュー、こいつは結果だ。結果として、狼の肩を持ったような外面ができあがるだけだ。オレ達はいくらでも否定できるよう証拠を潰しておけばいい」


「おやぁ? 保守が勇ましく戦っても一ペニーのボーナスも出ないんじゃなかったっけぇ?」


「ボーナスは出ねぇが、オレたちゃ信用第一、仕事はきっちりだろ。データを公都に送ったら、ライカン・フェニアに関するここ二八〇時間の映像記録を全部削除だ。あの大ビッチに俺たちを怒らせたら面倒だと教えてやるぜ。

 ただし、再組成培養ルームに遺る履歴ログだけは、念のためバックアップ録っとけ。次に、おっちんだ時に困るからな。そうだ。再誕した後の行方知れずは、よくあることだ。だがオレ達の範疇じゃあねえ。よし、これでいこう。

 さあ、お前ら。世はなべて事もなかりけり。うまいビールを飲むために働くぜ」


「あいつらのせぇで、またいらん仕事が増えてしもうたがのぅ」

 ドワーフ三兄妹は仕事に取りかかった。


 それから、五時間後──。


 監視システム制御室が静寂に支配された。

 メインモニターに映し出されているのは、廊下に散らばる黒い戦闘服を着た人間の死体。それを掃除ロボットが抱え上げて、リアカーのような箱台に放り込む。


「盗掘侵入者四名、全遺骸回収を確認……リサイクルダストに移行。確認」


 ドワーフ三兄妹もとっさに感想が出ない。帝国の特殊偵察パーティが、観光がてらにやって来たカップルに全滅したのだ。


「あの娘。依頼人じゃなく、探索者だったのか。しかも弓は素人の腕じゃねえときた。まあ、こっちは建物に傷ひとつつかなきゃ、どんな結末でも構ねぇがよ」


 ──トゥルルルッ……トゥルルルッ


『うちや』

「知らねぇよ。所属と氏名を言いな」

 マクガイアはにべもなく言う。


『今、再組成培養ルームやねんけどな。子供の個体があるて聞いてたんやけど、足跡一つもあらへんのや。そっちの監視カメラで探したってんか』


 マクガイアは、担当デスクのモニターに目をやった。

 幼い子供に生まれたての姿で背面にむしゃぶりつかれ、狼男が培養ルームを逃げ回っている。


(たった三分の差か。神様もさぞポップコーンを握る手が進んだろうぜ)


「はんっ。黙って見てろっつったのはそっちだろ。こちらは公務指定された保守業務をすべて完了した。帰らせてもらうぜ。

 ああ、それとな。そっちで壊した分は映像データとして持ち帰らせてもらってる。後日、大公陛下の御名で厳重抗議とともに皇帝陛下に弁償請求させてもらう。悪しからず。じゃあな」


『あぁ? 誰が定時帰宅せぇ言うてん、どつくぞ。ゴチャゴチャ言わんと気合い入れて探しぃや。ヘタこいたら、あんたの短い脊髄、麻酔なしで引っこ──』


 ──ツー……。


 マクガイアは通話ボタンを押した。置いた受話器を苦々しく見据える。

「大ビッチが。やっぱりこっちがドワーフだって知ってやがったか。だが、ヘタこいて脊髄抜かれるハメになんのは、テメーだよ。ヘッドハンマー」


「ガイ兄ちゃん。五時間の狼たちの映像データ削除完了。レジストリは復元不可能レベルに分解完了まで約六分」


「よし。それじゃあて──」


 その時だった。

 頭上でガヤガヤと子供の嬌声が聞こえて、換気ダクトからドブネズミが駆け抜けてくる音がした。


「ウソだろ。本当に来やがったよ!」

 オルテナがぷっと吹きだすと、腹を抱えて笑い出した。


「狼、こっちだ!」


 マクガイアは五分前に設置した脚立きゃたつに昇る。

 すると通風口ゲージから動物が顔を出した。


「あの、どうも。お久しぶりです……」

「こっちに降りてくんじゃねえぞ。狼。トラブルはごめんだ」


 マクガイアは、ゲージの隙間に畳んだ羊皮紙のメモ紙を挿し入れた。


「ここから北東の、医薬生産部門の排気口までの道だ。途中で立って歩けるまで拡張する道がそれだ。排気ハッチはちと重いが手動で開閉できるように電源を切ってある。

 そこから北西へ六キロ行った先に、オラデアという割とデカい町がある。もし、そこまでたどり着けたら、〝クマの門〟という居酒屋を探せ」


「了解です。ありがとうございます」

「あとな。もっと慎重に歩け。ガキどもを黙らせろ。音がダダ漏れしてるぞ」


「あ、はい……気をつけます」

「じゃあな。おめぇ達に悪運があることを祈ってるぜ」


「はい。それでは」

 ゲージから動物の顔が見えなくなると、マクガイアは大きな息をついて脚立を降りた。


「よし。本日をもって、冬期保守管理の全業務終了だ。撤収する」

 ドワーフ三兄妹は大きな背嚢リュックを背負った。

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