第7話 ホムンクルス会議(7)


 三日、待て。

 俺の説明を聞いたヨハネス・ケプラーは、そう断じた。


「三日?」

「君の仮説。いや懸念を、艦底の反重力制御装置沈静の報告も含めて、大公陛下に上奏して裁可を仰ぐ。

 この雪積もる中をダンジョンから戻った手勢の報告。それから私の側近を使って公都へ早馬を飛ばしても、三日だ。状況によっては四、五日かかるかもしれない」


「悠長なっ! 事は刻一刻を争うのじゃぞっ」

 ライカン・フェニアが食ってかかるが、老人は取り合わない。俺を見る。


「わかりました。それで結構です」

「狼っ、お前もか!?」


 意外な裏切り者扱いされては心外だ。とはいえ、このままつむじを曲げられたままなのも面倒なので、仕方なく応じる。


「博士は焦りすぎなのです。調査前の下準備として、これまでの徨魔の生態をまとめてみてはいかがですか? 俺もその辺のことを知らないので是非お願いします」


「うっ。ぐぬぬっ……それは、この頭にちゃんと入っておるのじゃっ!」


「俺も、ムトゥさんも、この世界の住人も、博士の頭を割ってそれを覗くことができませんよ。ライカン・フェニア博士の〝異世界の敵〟考察論文。楽しみにしてますから」


 うむむっ。科学の魔女は黒い眉尻をひくつかせると、ベッドから文机に飛び移って、ペンと羊皮紙を引き出し、カリカリと音をさせ始めた。


「やれやれ……ずいぶんじゃじゃ猫のあしらいがうまいじゃないか」

「ええ。ダンジョン調査ではいろいろコキ使われましたから。多少は慣れました」

「それで、ここでは報酬の話はしないのだろう?」


「報酬はカラヤン夫妻の前で話し合いましょう。俺が今あなたからうかがいたいのは、スコール・エヴァーハルトとティボル・ハザウェイ。そして、ウルダとおひい様の関係です」


 俺を見つめる老人の目が不信にすがめられる。

「本人達に話すのか?」


「彼らが望めばそうするでしょう。もちろん、この世界で理解を越える部分は端折りますが」

「ふむ。とはいえ、オリジナルと複製体の違いがわからなければ、どう説明しても彼らに理解までは到底……」


「本当に無理でしょうか」

「どういう意味だ?」


「彼らは少なくとも、今回の調査でこの世界にはあり得ないレベルの〝文明〟に触れました。その上で異文明の生命維持体系が存在すると驚きこそしても、理解できないとまでは言い切れないと思います」


「ふん。まあいい。始めてくれ」

 老人は微苦笑とともに手を振った。

 その上から目線の自己解釈された異世界観は譲らないらしい。


「それではまず、俺からスコール・エヴァーハルトのことを説明します。俺なりにダンジョンで知り得た情報ですので、補強をお願いできますか」


「まあ、いいだろう」老人は肩をすくめた。


 俺は交戦記録から知り得た彼の人となりを話す。そのほうが老人も補足の力加減ができるだろうから。


 記録者スコール・エヴァーハルト。ドイツ系ルーマニア人。三六歳。元旧ドイツ軍特殊部隊の中隊長。最終階級は少佐。

 両親と妻、二人の子供を徨魔に殺され、軍を退役し、〝巣〟遠征討伐戦隊に参加。

〝ハヌマンラングール〟の副団長ならびに採掘艦〝ナーガルジュナⅩⅢ〟の艦長に就任。

 それから幾星霜。〝ナーガルジュナⅩⅢ〟がこの世界に不時着後、死亡。


「彼は〝Vマナーガ計画〟の発起人ということになっていますが。死亡の原因は?」

「その前に、どの資料で彼の死亡を知った」


「ハヌマン暦三〇五一年九月の船員月間健康リストです。一〇月以降のものは見当たりませんでしたので、これが最新だと」


「なるほど……艦長室にまで入ったわけか」

「いえ。資料室です。博士の案内で」


 文机でペンを走らせるほっそりした背中を一瞥して、老人は嘆息した。


「まったく……三〇五一年九月付けの生存リストを艦長室に置いて、艦を降りたのは私だ。どうやらフェニアはついで気分で、それを資料室へ運んだらしい」


「でも、あなたがどうしてそんなことを?」

「当てつけだよ。亡き艦長へのね。あんたのワガママのせいで、これだけ仲間が巻き込まれたというな」


「どういうことです?」

「何人死んでいた?」


 質問を質問で返されて、俺は視線を一瞬下げて記憶をたぐり寄せた。


「五六名です。……そうか。その死亡はオリジナルの数なんですね」


 老人は鼻息して、肩をどっと落とした。


「〝カテドラルターミナル〟で火災が起きた。不時着して、外界調査によって低レベルの文明社会を発見した直後だった」


 火災のタイミング。そしてあの吹き抜けの階層で働くロボット達。

 俺は一つの疑問が腑に落ちた。


「そうだったのか……っ。その火災が教訓になって、あんな高いところにオリジナルを保管せざるを得なくなったのか」


「言い方は悪いが、前は貸金庫のように誰でも自分のオリジナルを見にいくことができた。もちろん厳重な重装甲カプセルで密閉保管されたガラス越しだがね」


「その火災をスコール・エヴァーハルトが引き起こしたと?」

「ああ。彼の計画を、私も手伝わされた。あそこのじゃじゃ猫と一緒にね」


 俺は思わず二人を見比べた。


「設計者と首脳部みずからが殺人と放火ですか?」

「実際には、放火は虚仮威しだ。重装甲カプセルは八〇〇〇度に耐えられるよう設計されていた。

 だが、火災による非常措置として、カプセル内の気密操作が手動に切り替わる。そこでオリジナルと入れ替わり、複製体はカプセル内で自決。オリジナルは外へ逃避行する計画だった。

 複製体が死ぬと、記憶の転写のために数分だけオリジナルの意識が戻るようになっていた。そのシステムの穴をついたんだ。


 そういう〝失楽園計画〟だった。


 協力の見返りは、〝パンドラシステム〟からの脱却。大勢は巻き込めなかったから、五八人が限界だった。当時の私も焼きが回っていたのだろうなあ。それがとても魅力的な提案のように思えたものだ」


「今は、そうではないと?」

「少なくとも私とフェニアの事情が変わってね。事件直後にエヴァーハルト──兄とはたもとを分かったんだ」


 あまりにも気軽に言い換えたので、危うく重大事実を聞き逃しそうになった。


「えっ。お兄さんっ!?」

「八つ違いのな。私は叔父ケプラー家の養子だ。ウルダの〝郭公ククーロ〟だったか。あのグラップルガンの1G機動技術を教えたのは私なのだから」


「それじゃあ、スコール・シャラモンの魔導具は?」


「まだじっくり見ていないが、おそらく兄のものだろう。動力部をマナ鉱石変換しているやつのな。1G移動でも空を飛んでいるような感覚になったものだ。

 ふっ。カラヤン殿の前では言わなかったが、サウナ室で見たあの少年は私の記憶にある幼い頃の兄にそっくりなんだ。見間違えようはずもない。

 しっかり兄は約束通りスコール・エヴァーハルトの名を受け継いでいた上に、パンドラシステムの遺伝子探知が兄を認識したわけだ。もう私には彼の血筋を否定しようもないな」


「約束というのは」

「彼との別れ際にね。私が艦に残ると告げたら、兄は言ったんだ」


『お前のことは死んでも忘れない。いつかまた兄を頼ってくれる気になったら、西へ向かえ。必ず俺の名前を残しておくから、その家を頼ってくれ』


「西へ……帝国ですか」


「そういうことらしいな。そこから三〇〇年だ。私は一度も彼を探さなかった。永遠に生きるというのは、死への興味を失わせるものらしい。

 それでもカラヤン殿がスコール・エヴァーハルトの名前を運んできてくれた。兄の血族とともにだ。三〇〇年の間、兄弟が分かたれても末裔が生きているだけでこんな嬉しいことはない。

 もっとも。あまりに突然すぎて、あの場を逃げ出すほど驚かされたがね。ふふっ、因果なものだな」


 それで、こちらの話にも柔軟になってくれたのか。


「三〇〇年……博士がアスワン帝国へ出奔していた時期ですね」

「ふん。そうだな。──おい、フェニア。もう言っていいか?」


 ベッドを挟んで文机に声をかけた。


「勝手にせいっ。あんたが権限管理しとる問題じゃ。急に日和ひよってもこっちで面倒は見んぞ」


「ちっ。こっちは散々お前の面倒を見てやったのに、この恩知らず猫め!」

「なんのことですか?」


 ヨハネス・ケプラーはやおら立ち上がった。

 ドアへ向かう。そっと開けて外の様子をうかがった。人の気配を気にしたらしい。

 やはり誰もいなかったのか。すぐにドアを閉めて戻ってきた。


「人狼。改めて誓ってくれ。ここからは他言無用だ」

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