第20話 毒を食らわば……
ネヴェーラ王国南東部都市システア──、奪還。
アスワン帝国の上級将校六名が遁走。〝事故死〟した。
本国護送中だった推定二三〇万ロットもの軍資金も行方不明。
「ネヴェーラ王国軍に知られれば、追撃が始まるぞーっ! 気づかれる前に本国に向かって走れー!」
アスワン軍の鎧を着けた伝令兵を装って、馬を使いシステアの町中に言いふらした。
駐留していたアスワン軍約六万は、それで初めて幕僚幹部が逃走していたことを知り、かつ死亡したとに大混乱に陥った。蜘蛛の子を散らすがごとく南へ逃散していった。
翌朝。
システアに掲げられていたアスワン帝国の国旗が降ろされ、ネヴェーラ王国の国旗が掲揚された。
ところが、これに激怒したのは、パラミダであった。
「だぁれだあ! 勝手に旗を替えたヤツはっ!」
すぐに仲間が旗の傍にいた五〇がらみの男を捕まえて、連行してきた。
「わ、私はネヴェーラ王国システアの筆頭書記官ボケッツィ・ホルンであるっ」
「それがどうした。誰に断って旗を変えたのかって訊いてんだよ!」
「だから、私は職務としてネヴェーラ王国の奪還を示したまでだ」
「なら、この町を奪還したのは、お前かぁ!」
「えっ?」
「お前にその資格があんのかって訊いてんだよっ」
「そ、それは……」
「この町をアスワン帝国から解放するために、てめぇは何をした」
パラミダが顔を間近に迫らせて、圧倒する。
「答えろっ。何をした」
「……わ、私だってこの日が来るのをじっと耐えて待っていたのだ!」
「オレは、アスワン帝国の上級将校六名と帝国七番目だかの王子を逮捕拘禁した」
「えっ。そ、それは大手柄ではないか」
パラミダの両眼にぞぞっと血脈が浮いた。
殺される。ホルン書記官は死を悟って息を飲んで震え始めた。
大剣フランベルジュを構えた。波うった刃は斬った相手の肉をズタズタに食いちぎる。
「もう一度だけ訊いてやる。この戦いで、お前は役に立ったのか。あぁあん?」
「ひ、ひぃっ!」
「その人は、これから役に立ってもらうんだよ。パラミダくん」
エチュードが寝不足ぎみの顔でやって来た。最寄りの木箱によっこいしょと跳び乗る。
「グルドビナ。お前、寝てたんじゃねえのか」
「誰かさんの大声で叩き起こされたんだよ。トラブルメーカー。まあ、旗を見て、だいたい察したけどね」
ホルン書記官がそそくさとエチュードの背後に回り込んだ。そこをすかさずポロネーズが肩で老人を木箱の陰から押し出した。
「グルドビナ。そいつの勝手を認めンのかよっ」
「認めざるを得ないね。ぶっちゃけ、平民のきみには都市所有資格がない。大貴族や国王に付託された政務官、将軍だけに許された特権だから。自治区を樹立するにも議会の承認がいるからね」
つまり、この町はきみの物じゃないんだ。そのニュアンスは伝わったらしい。
「けっ。くそったれが!」
「あと、そろそろその喧嘩腰で相手を押し倒そうとする態度は改めた方がいい。すぐには無理だとしてもね。彼には何かと王都に
「んなの、どうでもいいだろうがっ」
「いいの? 捕まえたあの皇子様の身代金。アスワン帝国に支払わせられるのは国王だけだよ」
「国王だけ……マジか」
「もちろんだよ。高貴なる身分の捕虜解放は、国と国との問題だもの。ただ、僕たちは最初から身分で足下を見られてるから、こっちに払い戻される褒賞金はピンハネを受けると思う」
「くそっ。だったら、くたびれ損かよ」
「この町を取り返したのは、きみの行動がなければなしえなかった。きみの手柄だ。それは僕たち全員が知ってる。でも国にとって、領主の都合で動かなかった功績は、しなかったのと同じになる。組織とはそういうものだよ。
もちろん、そこの彼だって、きみから一番手柄を持っていけば、きみ達に家族もろとも八つ裂きにされるくらいは、わかってるさ」
「……ひ、ひぇ」
「大丈夫。彼が手を回して、王都に上級将校六人と皇子を捕らえた凄腕がいるって報せてくれるよ。きみは貴族から覚えがめでたくなる。勲功爵(ナイトの称号)は欲しいところだけど、何事も一足飛びに事はうまくいかないもんさ」
「貴族なんかどうでもいいっ。オレは──」
エチュードは丸いあごを小さく振った。
「戦場は、騎士全員が貴族なんだ。平民は所詮、傭兵どまり。騎士の盾となり囮になる道化師さ。パラミダくんは名を上げたいんだったよね。だったら騎士におなりよ」
それから後ろを振り返って、ホルン書記官を見る。
「さっそくだけど、その手続きとってもらえます? 捕虜は上級監獄に収監してあります」
「しょ承知しましたあっ!」
ホルン書記官は逃げるように──本気で逃げる速度でその場から立ち去った。
「あと、パラミダくん。これは起きてから報告しようと思ってたんだけど」
「あん? んだよ」
「一昨日、解散させた三〇〇人のことなんだけど」
「ん、ああ」
パラミダが雇った三〇〇の手勢は、システアからアスワン軍が逃げだしたのを任務完了として、ひとり頭二〇ロットのボーナスを渡して契約解除。システアで解散させた。
「実は、この町に戻ってきてる。全員」
「戻った? 全員? なんでだよ」
「さあね。それが今、家族を連れてペトリニャの森にいるみたい」
ペトリニャの森は、ペトリニャの町とシステアの間にある少し大きな森だ。
「それが、なんだってんだ?」
「わかるだろ。みんなで様子を見てきなって話さ。僕はもうひと眠りしとくからさ。……ふはぁ~。おやすみ」
木箱を飛びおりると、エチュードは城壁を降りる階段へ向かった。
「兄さん」
「うん。僕たちも、これでお役御免だろう。二〇〇〇ロットはさすがに欲張りすぎたかな」
階段を駆け下りて、自分の馬車を停めてある倉庫まで走った。
「……ないっ!? 馬車がないっ」
「悪りぃな。グルドビナ」
シュカンピと呼ばれた眼帯男が、後ろから声をかけてきた。
「パラミダの命令だ。馬車は処分させてもらったぜ。アスワン軍が中身もあわせて四〇〇〇ロットで買っていったぜ」
エチュードの足下にぱんぱんに膨れた金袋を落とした。
「お前ぇーっ!」
ポロネーズが鬼の形相で飛びかかろうとする。その弟の腕にエチュードはしがみついた。
「やめるんだ。ポロネーズ……っ」
「だって、兄さんっ」
「さすがのポロネーズでも、十三人とあのパラミダを同時に相手するのは無理だろ?」
「──ッ!?」
「パラミダは諦めないぞ。必ず裏切って逃げた僕たちを殺すまで追ってくる」
「裏切ったって、兄さんは無理やり引きずり込まれただけじゃないか……くそっ!」
「僕が体型的に馬に乗れないことはパラミダに計算済みだ。その対策を打ってなかったのは、僕の落ち度だよ」
「そんなことないっ。兄さんは悪くないっ。こいつらがっ」
「ポロネーズ。大丈夫。この後も活路はいくらでもあるっ。毒を攫えば皿までと言うだろ? 結果としてパラミダを将校に出世させれば、必然、僕たちや仲間は用済みになるはずだ。だがその時に彼は僕たちを殺すにも、法に縛られて動きが鈍る。その時を待てばいい」
「それっていつだよっ」
「さあね。でも冬までには佐官くらいには登ってもらおうか」
「佐官っ? そんなこと……っ」
「できるんだよ。今だから」
エチュードは弟を見あげた。その剣だこで硬くなった掌を握って、
「僕の予想では、冬に入る前に帝国が動く。春に向けての試金石を打ってくる。たぶんね」
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