第245話 俺は極道さんを送り届けたい
数時間後……。
「今日はこれくらいにしとくか」
俺はそう言ってペンを置いた。
早苗は国語と英語を、獄道さんは国語と数学を復習させ、最後に成果を見るために再度20点満点の小テストを行った。
『早苗』
国語・・・13点
英語・・・11点
『獄道さん』
国語・・・15点
数学・・・12点
明らかに2人とも点数が上がっている。
「あおくんっ、褒めて褒めて!」
「さすが私ですわ!」
上機嫌な2人を微笑ましく思いつつ、俺は微笑みの裏で悪い顔をした。二人とも実に単純だ、と。
実は、2度目の小テストは1度目に比べて、大幅に難易度を下げておいたのだ。勉強嫌いな2人に、まずは興味を持ってもらうところから入ろうという意味で。
まあ、難易度が下がったと言っても、テストで出てもおかしくない問題ばかりだし、成長していることに変わりはないだろう。
「いつもしない分、余計に疲れましたわね」
やり切った感というのだろうか。獄道さんは気持ちよさそうに伸びをすると、それから小さくため息をついた。
「まあ、明日もやるんだけどな」
「うっ……。わ、わかっていますわ……」
「その割に顔が引き
あからさまに嫌そうな顔をする獄道さん。点数が上がればやる気を出してくれると思ったんだが……作戦は上手くいかなかったらしい。
「じゃあ、俺は獄道さんを送ってくる」
俺がそう言って立ち上がると、獄道さんは慌てたように首を横に振った。
「け、結構ですわ!こんな遅い時間にそんな……」
窓から外を見てみれば、そこにある光は街灯と向かいの家の窓から漏れる明かりくらいだった。
「こんな遅い時間だからこそだろ?」
「そ、そうかもしれませんが……」
獄道さんは眉をひそめながら、少しだけ俯く。もしかして遠慮しているのだろうか。高飛車なお嬢様キャラかと思ったら、胸と一緒で実は性格も控えめ……なんて、言葉にしたらガチで殺されかねないから言わないけど。
でも、自己紹介の時のどんと構えたあの態度はどこに行ったのだろうか。
「俺は仁さんに獄道さんのことを頼まれてるんだ。危ないことはさせられないだろ」
ギャングなだけあって、いつ他の組が攻めてくるかわからない。もしかすると、獄道さんのことを狙っている輩だっていないとも言いきれないのだ。
そんな恐ろしい集団に俺が勝てるとも思えないが、獄道さんが身を潜めるまでの時間くらいなら稼げるだろう。
「それに、獄道さんに何かあったら、クラスメイトとして悔やみきれないんだよ」
「……関ヶ谷様……わかりましたわ。御一緒、お願い出来ますか?」
優しく微笑む彼女の言葉に、俺はしっかりと了承の意を込めて頷いて見せた。
「結構遠いんだな」
早苗には先に風呂に入って寝ておくように伝え、俺は獄道さんと共に最寄り駅から電車に乗り込んだ。
そして揺られること50分程。ようやく降りるべき駅に到着する。
普段電車で遠くまで行くことがないからなのか、とてつもなく長く感じられた。もし獄道さんを一人で返していたら、あの時間を無言で過ごすことになっていたわけで……。
二人で本当に良かったと感じた瞬間だった。この時間の車内の雰囲気、気付いたらきさらぎ駅にでも着いてそうな感じだったもんな。
「よくここで降りることが分かりましたわね」
不思議そうにそう呟くように言った獄道さん。確かに俺は彼女の口から、ここが最寄りだなんてことは聞いていない。だが、彼女の名前を知っている人物なら、ほぼ確実に分かるであろう事実がそこにあるのだ。
『獄道屋敷前』
それがこの駅の名前だった。
「逆にわからないやつがいるのか?」
「いえ、少なくとも今までには会ったことがありませんわね」
「だろうな」
駅名の書かれた看板の前でそんな会話をした後、降りたホームの改札から出た俺たちは、すぐに足を止める。
「名前の通りだな」
駅を出て徒歩十数秒、真正面にある巨大な門の横の表札には、はっきり『獄道』と刻まれていた。これが本当の駅近ってやつなのだろうか。
「さあ、入りますわよ」
獄道さんはそう言うと、門の横にあるインターホンとは別のカメラの前に立つ。そしてキリッとした表情で顔の横でピースを作って見せた。
『生体認証完了。静お嬢様、おかえりなさいませ』
機械音声とともに門が自動で開き、屋敷の玄関まで続く一本道とその両サイドに広がる庭……というか、西洋風な(西洋がどんなのか分からないけど、とりあえず日本っぽくない)庭園が露になった。
「独特な生体認証だな」
「お父様がこれにしろと仰ったのですわ。このインターホンには、生体認証の他に画像の撮影と保存機能が付いていて、帰ってくる度に自動的に毎日私の写真が撮れるから、成長記録にちょうどいい……と」
「なるほど……」
仁さん、ギャングの親玉と言っても親としては普通の親だもんな。少しばかり、娘のお世話係を選ぶ条件がおかしかった気もするけど。
成長記録なんかも、いつか見返して一人で感動している姿が思い浮かぶ。
「では、こちらですわ」
獄道さんにどうぞと言われ、俺は彼女と共に獄道家の敷地内に踏み込んだ。この時間帯だからなのか、両サイドにある形の整えられた植木が不気味に感じてしまう。
俺はほんの少しだけある不安を取り除こうと、無理に話題を絞り出して話しかけた。
「な、なんだか仕掛けでもありそうな庭だな。特にあの噴水とか……」
冗談のつもりでそう言ったのだが、足を止めて振り返った獄道さんはにっこりと笑う。
「よくわかりましたわね!あの噴水には、侵入者を撃退する機能が付いているのですわ」
彼女がそう言うと、まるで噴水が生きているかのように噴射口を俺のいる方向へと傾けた。そして……。
プシャァァァァァァ!!!!!
梨汁ばりの威力で放物線を描きながら、俺に向かって水が放たれる。……いや、これは水じゃないな。暗くてよく見えないが、目を凝らせば確かに湯気が上がっていた。
そんな脅威的な放物線の落下地点は、俺を追い詰めるようにジリジリと迫ってきている。いくら涼しい夜だからといって、こんなものがかかったら一大事だ。
俺は体を反転させると、全力で今歩いてきた道を駆け戻った。門まで辿り着くと、俺はここまでくればさすがに届くまいと胸を撫で下ろす。
だがその直後、その考えが甘かったことに強制的に気付かされることになった。
獄道さんの方を振り返ろうと視線を向けた瞬間、とてつもなく正確な放物線を描きながら、俺に向けて飛んでくる水の塊が見えたのだ。
「……あっ」
その後のことは想像できると思う。だから結論だけを述べておこう。
何故かお湯ではなく冷水だったおかげで命は助かったのだが、全身びしょ濡れになってしまいこのままでは帰りの電車には乗れなくなってしまった。
電車に雨でもないのにびしょ濡れの人が乗り込んできたら、それは恐らく雨の日に死んだ人の幽霊か、失恋の感傷に暮れている男か、水も滴るいい女くらいのものだろう。
最後のやつ以外なら、俺はきっと車両を変えると思う。なんか、怖いし気まずいし。
……そういう訳で、俺は気が付けば。
「関ヶ谷君、今日は泊まっていくといい」
目の前の大男、仁さんにそう言われていた。もちろんそれを断ることが出来るはずもなく、一晩お世話になることになってしまったのだった。
あれ、こっちの方が怖いし気まずい気がするなぁ……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます