第214話 俺はチーム分けのくじを引きたい

 あれからドリブルの練習をしたり、動きながらのパスやシュートを教えてもらったりして、全くダメだった俺も少しだけできるようになってきた。

 まあ、出来ると言ってもやはり初心者を片足抜け出した程度のもので、笹倉や東雲さんには到底敵わない。

 ただ、鷹飛先輩は「パスの精度はすごくいいよ!」と俺を褒めてくれた。

 走っている人のスピードを殺してしまわないように、少し前にパスをするのがポイント。そう聞いてから、言われた通りにやってみていたのだが、それがなかなか良かったらしい。

 勉強だとできないところを埋めるのが大事になるが、スポーツだと少し勝手が違うもんな。ボールを奪われなければ負けない、ドリブルされなければ負けない、シュートが打たれなければ負けない。

 どこかひとつでも極めたチームは、きっと史上最強になるだろう。例え自分たちが点を取れなくても、最低条件引き分けになるのだから。

 これが『キーパーが〇堂守だったら、フォワードがどんなに弱小でも負けないの原理』だ。ちなみに命名は俺だな。どうだ、センスの塊だろう。

 まあ、バスケ初日でそこまで上手くなるはずもないし、あくまで例えの話なんだけどな。


「じゃあ、最後に試合をしてみましょう」

 鷹飛先輩はそう言うと、大量の割り箸の先の方を握ってこちらに差し出した。割り箸の数は11本、体験会の参加者も同じく11人。これはおそらく、チーム決めのくじ引きだろう。

「パッと見の実力で分けてもいいのですが、まだ本気を出していない人もいるようなので……」

 先輩は俺を含めた数人に一瞬だけ視線を送ると、ニコッと笑って見せる。

「ここは運の名の元の公平と行きましょう!誰から引きますか?」

 ほらほら!と割り箸を揺らす鷹飛先輩。そういえば数学で習ったな。こういうくじ引きでは例え何番目に引いたとしても、他の人が何色か知らない限りは確率が同じだと。

「じゃあ俺から引きます!」

「お、さすが関ヶ谷君。さあ、どうぞ!」

 爽やかな笑顔に心を浄化されながら、俺は1番手前の割り箸を抜き取った。

「…………ん?」

 用意されているゼッケンはオレンジと水色。俺が抜き取った割り箸の先端は、その中には無いはずの黄色だった。

「あ、オレンジのペンが無かったとかですかね?」

 そう言ってオレンジのゼッケンに手を伸ばそうとした瞬間、横から別のものを押し付けられた。

「参加者が11人だから1人余るんだよね。関ヶ谷君が引いたのは、その余りのくじだよ」

 鷹飛先輩はそう言いながら、少し申し訳なさそうな表情を見せる。まあ、あまりが出るなら仕方ないし、全く構わないけど……。

「これ、なんですか?」

 俺は押し付けられた黄色い物に目を落とす。なんだろう、どこかで見たことがあるような……。

「ひと試合終わるまで、それを着て応援してくれないか?」

「応援なら言われなくてもしますけど……っはぁ!?」

 その黄色い何かを広げた瞬間、俺は思わず声を漏らした。

「応援、してくれるんだよね?」

 先輩の物理的な意味での上からの圧力が凄い……。その脅迫とも呼べる身長の暴力に、俺は首が横に動かなくなった獅子舞のように、首を縦に振ることしかできない出来なかった。



 憂鬱な気持ちで更衣室に向かい、ちゃんと渡された衣装に着替えた俺は、ロッカーの中に黒髪ストレートのウィッグが置いてあるのを見つけて確信した。

「は、嵌められた……」

 渡された黄色い衣装というのは、この学校のチアリーディング部のユニフォームなのだ。上はノースリーブ、下はやけに短いスカート。完全に女装だ。

 こんな服だと分かっていて、先輩は俺に着て来いと言ったのだから、もはや確信犯……。

 もちろんそれだけで嵌められたと言っている訳では無い。先程引いた割り箸、返さずにここまで持ってきてしまったのだが、先程まで黄色かった先端がいつの間にかオレンジ色に変わっており、一部青色も滲んでいた。

 俺、これ知ってるぞ。この前CMでやってたやつだ。塗ってから時間が経つと色が変わるって言ってたから間違いない。

 つまり、俺がどの割り箸を引いても、1番目に引くと宣言した時点で必ず黄色が出るようになっていたのだ。そして次の5人にはオレンジ、後ろの5人が青を引くように……。

「確率を教えた数学教師が恨めしい……」

 あの知識さえなければ、初めに引こうなんて思わなかったのに。とは言っても、着替えずに戻る訳にもいかない。他の10人の参加者の前で着てくるって了承しちゃってるし。

 何より鷹飛先輩の圧力が怖い。こうなったら変に物怖じせず、全力でやり遂げてやろう。その方が自分にとっても清々しいだろう。

 俺は意を決してウィッグを被り、更衣室を飛び出す。……が直後、その場で足を止めた。

「せ、先輩……」

 扉を開けたすぐ目の前に、なぜか鷹飛先輩の姿があったから。

「せ、関ヶ谷……くん?」

 疑問形なのは、ウィッグまで被っているからだろう。髪型が違うと、顔は同じでも意外と分かりづらくなるものなのだ。

「ど、どうして先輩がここに?試合は……」

「試合は副キャプテンに任せてきたんだ。その……さっきのが冗談だって伝えようと思って……」

 さっきのというのはもしかして、この衣装を着て来いというやつのことだろうか。いや、そんなわけないよな。俺がこれだけ決心して着替えたのに、その気持ちが無駄になるわけないし……。

「からかうつもりで言ったんだ、それを着てこいって。まさか本当に着るとは……」

 あ、あれ……なんか引かれてる?女装をすんなり受け入れてるやつみたいになってないか?

「ち、違うんです!これはその……女装に慣れていると言いますか……」

 な、何言ってんだ俺ぇぇぇぇ!?こんなこと言ったら、自分から好んで女装してるみたいになるだろぉぉぉぉぉ!?

「慣れ、ってまさか……」

 ああ、完全に変な人を見る目だ。このまま言いふらされて、俺の人生は終わるんだ。さよなら青春、グッバイ楽しい生活、Farewell俺の輝かしい未来……。

 俺が完全に諦観モードに入り、ガクッと項垂れた瞬間。

「関ヶ谷君、『黒髪ちゃん』だったのか!?」

「……へ?」

 鷹飛先輩は俺の肩を強く掴んできた。あれ、なんか嬉しそうに見えるんだが……。

「僕、『黒髪ちゃん』の大ファンなんだ!」

「…………」

 意外すぎて声も出ない。

「最近、『黒髪ちゃんブロマイド』ってのが密かに出回っていてね。先日コンプしたところなんだ!」

 先輩はそう言い終わるが早いか更衣室に駆け込み、大量のブロマイドを収納したカードケースを持って出てきた。

「こ、こんなのいつの間に……」

 よく見て見たら、魅音に天造さんを紹介された時の服装の写真も混ざってるじゃないか。さては薫先生、流出させやがったな……。

「僕の知ってる限りでも、それなりの人数のファンはいるみたいだよ?『ブロンドちゃん』とのツーショットが欲しいって言ってたなぁ」

 まさか、俺扮する『黒髪ちゃん』にファンの概念があったとは……。というか、この高身長イケメンがその内の1人だとは、にわかにも信じ難いな。

「俺、男ですよ?つまり『黒髪ちゃん』は女装で―――――――――――」

「むしろ好き!」

「えぇ……」

 食い気味に好きって言われちゃったよ。こ、こういう時にどうしたらいいのか、千鶴に聞いておけばよかった……。

 俺の脳内にいる千鶴は『君ならできる!』と親指を立ててくるだけで、役に立つことは何一つ教えてくれない。そりゃそうだ、作り出してるのが俺なんだもん。

「関ヶ谷君、『黒髪ちゃん』として一度でいいからデートしてくれないか?」

「はぁっ!?」

 勘弁してくれ、なんで俺が女装して外を歩かないといけないんだよ。いくら先輩でもそんな頼みを聞き入れることは出来ない。

「ふざけないでください!俺は別にそういう系の人じゃ――――――――――――」

「……ダメ?」

 先輩は甘い声でそう言いながら、グイッと上から見下ろしてくる。まただ、上からの圧力に押されてしまう……。

 逃げようとするも、その長い腕でブロックされてしまい、じりじりと後ろに下がっているうちに、気がつけば背中は壁にくっついていた。

「いいよね?」

 もはや、『いい先輩』の面影はどこにもない。ファン魂というのは、ここまで人を狂わせてしまうものなのか……。

 今日わかったことは、身長は使い方によって善にも悪にもなるということ。高身長は権力なのだ。

「よ、よくないです……」

 正直、すごい怖い。今まで道端で女性が襲われたなんてニュースを見て、『もっと抵抗すればよかったのに』なんて思うこともあったが、今だからこそわかる。


 …………こりゃ、抵抗できないわ。

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