第193話 俺は幼馴染ちゃんを励ましたい
みんなでトランプをした翌日の昼休み、俺の目の前にいる笹倉は隣の早苗を見て首を傾げていた。
「小森さん、今日はどうしてそんなに不機嫌なの?」
「笹倉さんには関係ないもん」
訳もわからずぷいっとそっぽを向かれることに、流石の笹倉も困惑しているらしい。
実は昨日、結局早苗は双子たちによってハグに混ぜてもらえず、寝床すら2人に奪われてしまったのだ。
そのせいで朝から口も聞いてくれず、ずっと膨れっ面なまま。その割には一緒に登校したり、一緒にご飯を食べたりはしてくれるんだけどな。
まあ、一時的なものだろうからそこまで気にしてはいないが、やはり少し寂しい気もした。
「なに?あおっちとさなえっち、喧嘩してるの〜?夫婦喧嘩かな?」
そんなところにぴょんぴょんと飛び跳ねながら、唯奈が割り込んできた。飯後だと言うのによくもまあ、そのテンションで……。
「夫婦って……碧斗くんの妻は私だけど?唯奈でもその冗談は許さないわよ?」
椅子から立ち上がり、真顔で唯奈にヘッドロックをかける笹倉。対して唯奈は「ギブギブギブ!」と机を叩きながらもがいた。本気で痛そうだな。
「でも、さなえっちに元気がないのは心配だな〜。唯奈さんが診察してあげよう♪」
彼女はそう言うと小走りで移動し、早苗を後ろから優しく抱きしめた。
「ふぇ!?あ、え……」
突然のことに早苗の体は硬直する。だが少しすると、慣れてきたのか肩から力が抜け、表情にも安心のようなものが垣間見えた。
唯奈が離れると、早苗はほんの少しだけ残念そうな顔をした後、また元の不機嫌顔に戻ってしまう。
唯奈はというと、「さなえっち、すごいいい匂いするんだけど……」としばらくの間余韻に浸ったかと思うと、突然人差し指を立てながら無い胸を張った。
「さなえっちの病気はズバリ!好きな人のハグが足りていない病でしょう!」
こいつは名医か。ハグのことなんてなんにも言ってないのに、言い当てちまうんだからもはや才能だ。
「あおっち、減るもんじゃないんだしハグくらいしてあげなよ〜♪」
ヘラヘラと笑いながら、顎で『やって!』と支持してくる唯奈。だが、その一方で笹倉はジト目でこちらを睨んできていた。
「まあ、したら碧斗くんの寿命がすり減るかもしれないけれど……ね?」
今まで聞いた中で一番重い『ね?』だ。これが俗に言う鬼嫁なのだろうか。まだ嫁じゃないけど。
「幼馴染の元気か、彼女の信頼か。まさに究極の選択だね〜♪」
「煽らないでくださいよ……」
まあ、確かに究極ではあるな。どっちも手に入れるなんて出来そうもないし……かと言ってどちらかを放って置く訳にも行くまい。
俺は一体どうすれば……。
『関ヶ谷君、聞こえますか』
……ん?この声は……コロ助か?こいつ、最近見かけないと思ったがちゃんと学校には来てたんだな。
『私は今、君の心の中に話しかけている。驚かないで聞いてくれ』
心の中って……いや、思いっきり俺の机の下から糸電話で話してるじゃねぇか。てか、いつの間に俺の耳に紙コップ取りつけてたんだ?これがいわゆる紙技ってやつなのか?
俺は耳の紙コップを外すと、口元につけて「どうした?」と返事をする。
『選べないのだろう?なら、私が全て上手くいくように仕向けよう。君はやるべきことをやればいい』
やるべき事ってなんだ?そう聞こうとした瞬間、糸電話の糸がプツリと千切れた。同時に早苗の椅子が後ろへと傾く。
「ちょ、早苗!?」
このままでは頭を打ってしまう。俺は慌てて立ち上がると、椅子と彼女の後頭部の間に左手を滑り込ませ、右手で反対側から腰を支えた。
椅子は音を立てながら勢いよく倒れ、後には社交ダンスの最後のような体勢で支える俺と、顔が10cm程度しか離れていない早苗とだけが残る。
なんだか、こういう時の俺のレスキュー成功率、高くないか?火事場の馬鹿力もバカに出来ないな。
「あおくん……」
助けられた早苗は、状況を理解すると頬を赤らめ、俺の首に腕を回して抱きしめてきた。
「ありがとっ」
椅子の倒れる音で注目が集まってしまったらしく、教室にいたみんなも俺たちを見て『すげぇ』『ナイスだな』『かっこいい!』『うz……うらやましい……』などと、拍手を送ってくれた。最後のやつ以外はみんな良い奴ばかりだな。
この注目度に笹倉も文句を言うに言えず、「今回は事故だから許してあげる」と言ってくれた。少し手荒だったが、コロ助の言う通り全部が丸く収まったわけだ。
ふと拍手をするクラスメイトたちの後ろへと目をやれば、椅子を倒すために使ったのであろうナイロン糸をクルクルと巻き直している彼の姿が、窓際のあたりにあるのが見える。
心の中で礼を言うと、目が合った彼は『君のためじゃない、彩葉様のためだ』と笑ったように見えた。
昼休みの件で気を良くした早苗は笹倉に頬をつねられても気にせず、帰宅路さえもベタベタと擦り寄ってきた。
落ち込まれるのも困るが、こうやって調子に乗られるのもまた困りものだな。まあ、どちらかと言うとこっちの方がマシだけど。
そして今は夕食後。風呂から上がった早苗がリビングに入ってきて、ソファーでテレビを見ている俺の隣に腰掛けた。
「あおくんが染み込んだお湯はやっぱり美味しいね〜♪」
「人が浸かった風呂の湯を出汁みたいに言うな。てか、飲んだのか?」
「ううん、肌で味わっただけ!」
彼女の言葉にほっと胸を撫で下ろす。早苗に風呂の湯を飲む趣味があったら、さすがに付き合い方を変えたかもしれない。と言っても、変わるのは風呂の順番くらいだろうけど。
「お、そろそろ時間だな」
時刻は11時の少し前。いつもならこの時間は早苗の部屋でスマホを見ているか、双子たちと遊んでいるか、まあテレビを見ていることはそう多くない。
だが、今日はあの約束があるからな。
俺はリモコンを手に取ると、チャンネルボタンを押して番組を切替える。次に映った画面では、ニュースキャスターが『ではまた明日のこの時間にお会いしましょう、グッナイ』と、右手でグッドをするこの番組お決まりのさよならポーズをしていた。
この番組、俺が小学生の時からやってるんだよな。キャスターはさすがに何人か変わったけど、この別れの挨拶の真似をした記憶がある。
ニュース番組なんてろくに見ないのに、Z〇Pとかは真似したくなるのってなんでなんだろうな。
それはともかく、ニュースの終わった次の番組はお待ちかねのあの番組……『ミュージックゲームTV』だ。
麦さんに絶対に見るように言われてたから一応録画もしてあるが、今回は珍しく生放送ということでリアルタイムで見ることにした。
早苗はよくわかっていないみたいだが、1人で部屋にいるのも退屈だと一緒に見てくれるんだとか。それに関しては別に構わないのだが、腕に抱きついてくるのは勘弁して欲しいな。色んな意味で汗かいちゃうし。
『本日のミュージックゲームTVは放送100回記念ということで生放送でお送りしております!』
司会者の声に、観客たちも拍手を送る。どこか録音した音のように聞こえる気もするが、そこには触れないでおこう。
こんな時間に見に行く観客がいたとしても、それはそれで疑問が浮かぶしな。
『早速ですが、本日の超特別ゲストをお呼びしましょう!……この方です!』
歓声(録音)と共にセット奥のカーテンから登場したのは、俺も千鶴から何度か動画や写真で見せられたことのある人物――――――――――――。
『どうも、Charlotteです』
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