第177話 俺は地下室に行きたい

 セリーヌさんのこともあって憂鬱ながら、俺達は翌日も雲母さんの屋敷にお邪魔した。

 昨日、色々なことがあって、中途半端に練習が終わってしまったと思っていたが、意外にも昨日より遥かに上達していた。

 一晩寝たことで、脳が適応したのだろうか。睡眠ってすごいな。

 ただ、やはり一筋縄では行かないようで、最後のワンタッチをミスしたり、途中でテンポがズレたりして、パーフェクトは惜しくも取れずにいた。

「あと少しですね、関ヶ谷さん♪」

 後ろで見守っていてくれた雲母さんが、水の入ったコップを差し出してくれる。本当に気の回る人だな。

「そのあと少しがなかなか難しくて……」

「その譜面を2日でそこまで出来るだけでも、十分にすごいと思いますよ?」

 雲母さんはそう褒めてくれるが、俺としてはやるからには完璧にやりたい。やっぱり、昨日の早苗の姿が響いたのかもな。

「そういえば、笹倉は何をしてるんですか?」

 思い返してみれば、昨日も今日も、彼女が何かをしているのを見ていない。雲母さんに意地悪をされているから、他の場所で休んでいるのだろうか。

「笹倉さんなら、おそらく地下室にいると思いますよ。先程、地下室の倉庫の話をしましたから」

「倉庫?何があるんだ?」

 こんな屋敷なら、値打ちものとかが置いてありそうだが……。

「ふふっ、それは秘密です。気になるなら休憩がてら、見に行ってみてはどうですか?」

 雲母さんはそう言って笑うと、くるりと背中を向けて奥のほうへと行ってしまった。おそらく早苗の様子を見に行ったのだろう。

「まあ、気になるし行ってみるか」

 俺はそう独り言をこぼして椅子から立ち上がった。



 セリーヌさんに聞いたところ、地下室への階段は隠してあるらしい。彼女に案内されて向かったのは、図書館かと見間違えるほど大きな書庫。

 司書さんや本を片付けているメイドさんも何人か歩いており、どの本棚もハシゴを使わなければ取れない位置まで本が敷きつめてあるにもかかわらず、全ての本がジャンル別五十音順で綺麗に並べられている。

「こんなところから地下室に行けるんですか?」

「はい、こちらですよ」

 セリーヌさんが示したのは、一つだけ他よりも小さな本棚。そこに立ててある本のうち、一番分厚いのを引っ張り出した瞬間だった。

「おわっ!?」

 音もなく本棚が横にスライドし、裏側にあった隠し通路が露になった。こんな仕掛け、映画でしか見ないぞ……。

 セリーヌさんは先程引き抜いた本を小脇に抱えると、「この先が地下室です」と一礼した。

「セリーヌさんは行かないんですか?」

「メイドはこの先に入ることが禁じられているので」

 そういう所はしっかりしてるんだな。セリーヌさんってよく分からない人だ。

 まあ、入れないなら仕方ない。俺は彼女に礼を言うと、一人で暗い通路へと進んだ。少しして、本棚が元の位置に戻る音が聞こえ、俺の視界は完全に真っ暗になった。


 ボッ。


 小さな音と共に、壁に取り付けてあるランタンに火が灯る。おかげで目の前にあった階段を捉えることが出来た。

「あと少しで踏み外すところだったな……」

 隠し通路なだけあって、石の階段とランタンしかないシンプルな造りだ。こんな所を笹倉は1人で進んだのか?

 一段、また一段と慎重に階段を下りていく。靴が熱のない石と触れる度、コツっと言う音がやけに反響して、恐ろしく聞こえた。

 そして下り始めてから2分ほどが経った。

「ここが地下室か」

 ようやく部屋らしき場所に辿り着き、俺は小さくため息をつく。登るのは登るので大変そうだが、どこまで続くか分からない階段を下るのも、相当な体力が必要だな。

「倉庫って言ってたよな」

 無意識のうちに不安になっていたのかもしれない。俺は思ったことをいちいち言葉にしていた。反響する声は不気味だが、静かよりはマシだから。

 よく見てみれば、一番下の段のランタンだけ、取り外すことができるようになっていた。部屋の明かりだけじゃ心許ないし、持っていこう。

 俺は辺りをランタンで照らしつつ、部屋をぐるりと回りながら笹倉を探す。どうやらここにはいくつかの扉があるらしかった。

 赤い扉、青い扉、白い扉の3つだ。

「なんだか、どこかの怖い話に出てきそうな扉だな」

 あかまきがみあおまきがみ、みたいなのを小学生の時に聞いたことがある。赤マント、青マントっていう地域もあるらしいな。白い扉には心当たりがないが……あの怪談、最後はどうなるんだっけ。

「この内のどれかが倉庫に続いてるのか?」

 俺はそう呟きながら、赤い扉に近付く。

「笹倉、いるのか?」

 外から声をかけてみるも反応がない。俺は中を確かめるべく、ドアノブを捻って扉を開けた。

「…………」

 何もいない。ここは他よりも狭い部屋らしく、少しだけ箱が置かれているくらいだった。

 俺は次に青い扉の前に立つ。こちらも先程同様に扉を開いてみると……。

『ガハハハハ』

 首のない兵士の人形が笑いながら飛び出してきた。何だこの安上がりなお化け屋敷感は。いや、確かに急だったから驚いたけど。

 俺は人形が自動で元の位置に引っ込むのを確認して、もう一度扉を締める。出来ればもう二度と出てきてもらいたくないな。

「じゃあ、笹倉はこっちか」

 俺はため息をつきながら、白い扉の前に立った。そしてコンコンと軽くノックをしてみる。

「だ、誰!?」

 少し怯えた調子の返事が返ってきた。笹倉の声だ。

「雲母さんにここに笹倉がいるって聞いてな。俺も気になって見に来たんだ」

 そう言ってやると、彼女は安心したように息を吐いた。

「ここ、暗くて……碧斗くん、灯りを持ってないかしら」

「持ってるぞ、ほら」

 震える声の彼女にランタンを渡すため、俺は扉を開けて中に入ろうとする。

『ガハハハハ』

 またお前か。二度と出てきて欲しくないと思ったら、すぐにまた会うことになったよ。

 俺は飛び出してきた人形を避けて部屋へと入る。

「碧斗くん、その扉は開けておいて。ドアノブが壊れていて、中からは開けられないの」

「ああ、わかった」

 なるほど、だから笹倉はあんなに怯えていたのか。暗いところが苦手な上に、閉じ込められてたんだもんな。

 俺は念入りに扉を開いた状態で固定させてから、笹倉の元へと歩み寄る。

「大丈夫か?」

 そう言ってやると、彼女は俯きつつも首を縦に振ってくれた。いつもより小さく見える背を優しく撫でてやる。

「ほら、出よう」

 周りを照らしてみるが、雲母さんの言っていた何かはこの部屋にはないようだ。見ていない部屋はないと思うし、嘘だったのだろうか。戻ったら問い詰めてやろう。

 そう思って笹倉を支えながら立ち上がり、外に連れ出そうと歩き出した瞬間だった。

「きゃっ!?」

「おおっ!?」

 先程飛び出してきた人形が元の位置に戻るため、後ろ向きにバックしてきたのだ。それに驚いた笹倉は、俺を巻き込んで尻もちを着く。

 だが、俺が驚いたのはそれとは別の事に対してだった。

 ガチャン。

 念入りに固定したはずの扉が、勝手に閉まってしまったのだ。ダジャレとかじゃなくて、真面目な話だ。

 立ち上がって照らしてみると、人形と扉が天井伝いで繋がれており、人形が下がれば扉が閉まる仕掛けになっていたらしい。

 これも雲母さんの仕業か……。

「碧斗くん……どうしよう……」

 本当に開かないのか、試して見たが笹倉の言う通り内側からでは開けないようになっている。ドアノブはただのお飾りのようだ。

 俺は一度、笹倉の隣に戻り、ここから出る方法を考える。スマホを確認してみるが、物語のテンプレ通り圏外だった。どうなってんだ、この地下室は。

「大丈夫だ、俺が何とかする」

 震える彼女を落ち着かせつつ、俺は部屋の中をもう一度見回した。

 幸いランタンがあるから、真っ暗ではないからな。まだ希望はある。そんなフラグを心の中で立ててしまったからだろうか。


 フッ。


 微かな音と共に、部屋は再び暗闇に包まれた。

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