第5話 幼馴染ちゃんと(偽)彼女さんは俺の食事後を邪魔しない

 当たり前だが、寝て起きても昨日の記憶は消えない。掟〇 今日子さんじゃないんだから当たり前だ。

 タンスの中にしまわれていた女の子ものの服の数々、その記憶は俺の脳にこびりついたままだった。

 ただ、救いがあるといえば、俺が千鶴の秘密に気付いたことがまだバレていないことと、俺達が別々のクラスだってことだよな。

 クラスが違うおかげで、今日はまだ彼に会っていない。昨日までだって会わない日の方が多かったはずだ。意識的に回避すれば、今日くらいは会わずにやり過ごせる可能性も十分にある。

 俺も昨日の今日でまだ整理が追いついていないだけかもしれない。少し時間を置けば、受け入れられるかもしれないだろ?

 そんな『かもしれない』のために精神を削るのはバカバカしいだろうか。

「碧斗くん、ご飯食べま……」

「あおくん、一緒にご飯を……」

 同時に声をかけてきた2人の視線が交わる。こっちもこっちで悩みなんだよな。

「ささ、碧斗くん。彼女とイチャイチャできる機会を逃すなんて、そんな馬鹿なことはしないわよね?」

 そう言って俺を立ち上がらせて教室から連れ出そうとする笹倉。

「私、今日はあおくんのお弁当も作ってきたんだけど……」

 俺の手を掴んで引き止める早苗。

 早苗が作った弁当か。

 こいつ、不器用だからな……。上手くはいってないんだろうが、せっかく作ってくれたというのなら、食べてやりたい気持ちもある。

「それはあなたが食べるといいわよ。二人分のお弁当を食べてぶくぶく太りなさい」

「やだよ!笹倉さんこそ、太ってあおくんに嫌われちゃえばいいもん!」

「安心しろ、俺はふたりが太っても変わらない関係で―――――――」

「「碧斗くん(あおくん)は黙ってて!」」

「あ、ああ……」

 取り合っているはずの俺が蚊帳の外。

 なんだかおかしい気がするが、こうなったらもうお手上げだ。静かに見守るしかない。

「大体、フラれたのによく付き纏えるわね。ストーカーなのかしら?」

「ぐぬぬ……言っちゃいけないことを……。でも、それはあおくんも良いって言ってくれたことだもん!ね?」

「え?あ、ああ……」

 許した覚えはないが、許さなかった覚えもないし、嫌な気はしないからいいんだけど……。

 突然話を振られたせいで反射的に首を縦に振ってしまった。

「へぇー、碧斗くん。私というものがありながら、他の女の子に言い寄られるのを楽しんでるって訳ね?へぇ〜?」

 ほら、笹倉のヘイトが俺に向けられた。

 最後はいつもこうなるんだよな……。

 クラスの奴らはやけに温かい目で俺たちのやり取りを眺めていやがる。

 仲睦まじい恋人同士の喧嘩じゃねえんだぞ?偽恋人と幼馴染のいざこざなんだから……なんて、表面上は恋人なんだし、言えるわけもないか。

 俺は心を仏にして、笹倉の気が済むまで毒舌をくらい続けた。

 ああ……これがご褒美だと思える日は来るんだろうか。その方が幸せな気がする。


 あれだけ言い合った割に、結局3人で食べることになった。一体なんのための喧嘩だったのか。

 まあ、2人とも本気で嫌いあっている訳でもなさそうだし、まだ許容範囲なのだが。

 今はそれよりも腹が苦しい。

 さすがにふたり分の弁当は多かった。

 これじゃ、俺が太る羽目に……げぷっ……おっと失礼。


 少し休んで歩けるようになってから、俺は肥満対策に校内を散歩することにした。

 まあ、効果なんてないんだろうけど、笹倉は友達に誘われて食堂に、早苗は5限目の提出物を今更やっていて、時間にはまだ余裕がある。

 たまには新鮮でいいだろ?ってことだ。

 久しぶりに1年生の教室の前を通ったが、やっぱり懐かしく感じるもんなんだな。

 二年生になってから半年も経ってないって言うのに、不思議な感覚だ。

 階段を下りてあまり来ない一階を歩いてみる。

 ここの廊下は長くて真っ直ぐだから、風通しが良くて、見通しも抜群だから気持ちがいい。

「あれ……?」

 俺は前から人が歩いてきているのに気が付いた。

 いや、人ならさっきもすれ違ったし、教室前なのだから珍しい訳じゃない。相手が問題なのだ。

 可愛らしい顔立ちに長いブロンドのストレートヘアーな彼女は、この学校で噂になっている人だ。

 その噂というのが不思議なもので、『生徒名簿には載っていない生徒』なんだとか。

 神出鬼没、どこからともなく現れて、どこへともなく消えていく。

 彼女の名前も、声も、目的も、誰一人として知らない。だから、『ブロンドちゃん』だなんて呼ばれていたりする。

 いつだったか、千鶴が彼女についてどう思うかを聞いてきたことがあったな。

 正直に言うとかなり可愛いし、いい子そうだし、付き合ったら幸せなんだろうなとは思ったが、その時には既に笹倉のことが好きだったからな。

 いいんじゃないか?と濁した答え方をしておいた。

 話しかけてみようかと思ったこともあるが、廊下で急に話しかけるなんてナンパみたいなものなんじゃないかと思うと、俺には到底できなかった。

 今日もまた、何も言わずに通り過ぎるだけ。

 まあ、学校の七不思議のひとつってことにしておけばいいだろう。怖くないけどな。

 ちなみに七不思議の7つ目は『七不思議って言うけど実際は7つもないよね』らしい。

 オカルト部の人が言っていたことだから間違いない。

 1つ目は確か……『校長の話が異様に短い』だった気がする。もはや不思議ですらないけど。

 どこか嗅ぎ覚えのある匂いがしたよう気がしたが、俺は立ち止まることなく廊下を抜けた。

 そのままグルっとひと周りしてから教室へと戻る。


「おかえりなさい、ダーリン」

「おかえりなさいませ、ご主人様♪」

 教室に入ると、美少女2人に出迎えられた。

「俺はダーリンでもご主人様でもねえっての」

 俺がいない間に一体何があったんだよ。

 また言い争いでもしたんだろうか。

 そうなると、内容は俺の呼び方だろう。

 ダーリンは夫を呼ぶ時に使うから対等、それに比べてご主人様という呼び方は、自分が相手に仕えている時に言う呼び方だ。

 つまり、間接的にダーリン呼びをしている笹倉の方が上だということを示しているわけで……。

「えへへ〜♪ご主人様ぁ〜♪」

 早苗のこの笑顔、眩しすぎる……。

 こいつ、笹倉に上手く丸め込まれたんだろうな。

 多分、真意には気付いていない。

 ま、その方が幸せだろうな。

 ただ、気付かせなくてはいけないこともある。

「早苗、宿題は終わったのか?」

 5限提出予定の課題はかなり多くて難しかったはずだ。それをこの短時間で彼女が終わらせられたとは思えない。

「じ、人生において時に諦めも必要なのです……」

「諦めどころを間違えてるぞ」

 俺は彼女の襟首を掴むと、そのまま椅子に座らせた。

「昼休みはあと5分だ。見張っててやるからさっさと終わらせろ」

「む、無理だよぉ……」

「って、白紙じゃねえか!なんのために机に向かって……」

「ふっ、ぼっちの休み時間の過ごし方はマスターしているからね」どやっ

「ドヤるな」

 軽くデコピンをくらわせてやって、シャーペンを手渡す。

 ほとんど答えを言ったようなものだったが、ギリギリで終えることが出来た。

「次は助けないからな」

「えへへ〜♪そんなこと言ってまた助けてくれるんだよね〜♪」

「舐められてんな、俺……」

 ちょっと悲しくなりながらも、笹倉の方に視線を送る。

 早苗に教えてやっている間、ずっと羨ましそうな目で見てきていたからな。

 それなら混ざってこればいいのに……。

 多分、言い合いをした後だから気まずいとか、そんな感じだろう。

 意外と不器用なんだな、あいつ。

 ちょっと微笑ましく思いながら、笑顔を送る。

 照れたのか、俺の笑顔が気持ち悪かったのか、ぷいっと顔を背けられてしまった。

 是非とも後者ではないことを願いたい。

「授業始めるぞ、席に着けよ〜」

 5限担当の教師が教室に入ってきて、俺は足早に席に戻った。



「今日は授業が長かった気がするね!」

「そうか?早苗、古文嫌いだもんな」

「えへへ……よくお分かりで……」

 放課後、靴箱の前でそんな会話をしていた。

「そりゃあ、去年からあんな点数……あれ?」

 靴箱を開けると、紙が入っているのが見えた。

 それを取り出してみる。

「ま、ままままままさか!ら、ラブレター!?」

 早苗が慌てて近づいてくると、俺の手から紙を奪い取る。

「あ、ちょ!」

 俺に限ってラブレターということは無いだろうけど……。

「あ、千鶴くんからだって。『学校終わったら家に来てくれ』って書いてるよ?」

「えっ……」

 そうか、そういう方法もあるよな。

 会えないなら呼び出してしまえばいい。

 こうなると、俺も避けられないもんな。

 さすがに見なかったことにすることも出来ないし……。

「仕方ない、行ってくるか……」

 ため息混じりにそう呟いた。

「行ってらっしゃい!あおくんの家で待ってるからね〜!」

「待つな、自分の家で待てよ。帰ったら連絡してやるから」

 俺がそう言うと、彼女は不満そうに返事をした。

 ただ、そんな呑気な雰囲気でいられる状況ではなくなった。

 このタイミングで呼び出しってことは、昨日のこと……だよな?

 まさか、タンスを勝手に開けたことがバレたとかじゃないか?それならかなりやばいよな。

 あいつ、かなり怒ってるんじゃ……。


 俺は重い足取りで彼の家へと向かった。

 どうか、何も起こりませんように!と、柄にもなく神に願いながら。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る