第85話 二人を捜す

「なあ、あいつら可愛くね?」

「それな」


 俺と神崎がゆったりと流水プールに流されているなか、楓と須藤はどんどん先へ行ってしまった。彼女たちが流れていく姿に注目している人が多かった。頭の動き方でどこを見ているか、大体わかる。


 主観を介さないなんて無理だけど、きっと楓たちの容姿は世間的に見ても、かなり良い方なのだろう。自分の彼女が良いように見られるのは嬉しいことだけど、やはり俺以外の男共に楓の水着姿を見られるのは、形容しがたい気分になった。


「屋内だとあんまり暑くないし、いいな」

「確かに。日光が直接当たることはないからね」


 今回俺たちが来たプールは、屋内にある。夏休み初日ということもあり、プール内にも当然かなりの人がいた。流水プールなのに水に流されているというより、人に流されているような感じだ。


 時々身体が見知らぬ人に触れてしまうことがあるけれど、その度に痴漢と間違われないか、ヒヤヒヤしている。正直、窮屈だ。


「あいつらどこ行ったんだ?」

「さあ」


 すでに楓たちの姿は俺と神崎の視界から外れており、完全に見失っていた。プール内ではスマホを使えないし、見つけるのが結構大変そうだ。


「とりあえず、捜すか」

「そうだね」


 潜っている可能性もあるので、たまに顔をつけて、楓たちを捜す。少し流されるスピードを上げたけれど、なかなか見つからない。最悪の場合、迷子センターのような場所に行って、放送してもらうしかないか。『南楓様〜、お連れ様がお待ちです』みたいな感じで。これは、本当に最悪の場合だけど。

 

「こっから出ちまったのかな」

「それなら一言欲しいところだけど、可能性はあるよね」


 俺たちは歩くスピードを遅め、話しながら移動していた。


「あー、マジでどこいぃっ」


 いきなり神崎が背中から倒れた。何があったんだ。


「はははっ。翔太さいっこー」


 須藤の笑い声が響いた。どうやら背後から神崎は狙われたようだ。


「何すんだよ!」

「綺麗に膝カックンが決まったね!」

「決まったね! じゃねぇ!」


 須藤がすごい勢いで泳いでいった。他の人の邪魔にならないように、綺麗に避けて。運動があまり得意でないはずなのに、なぜそんなことができるんだ。神崎は体格が大きいこともあり、人混みをかき分けながら須藤を追いかけて行った。


「行ってしまいましたなぁ」

「うわっ。いたのか」


 俺の後ろに立つ楓に気づかなかった。須藤がいるということは、当然楓もいるはずなのに。


「ちょっ、酷くない!?」

「悪い。神崎たちを見てたら、つい......」

「私もやった方が良かったかな? 膝カックン」

「いや、遠慮しとく.....」


 先ほどまで楓たちを捜していたはずなのに、次は神崎と須藤を捜すことに。俺たちは四人で一緒に行動することができないのか?


 時刻を確認すると、十一時半だった。小腹がすいてきた。施設内には一応数店舗あるので、わざわざ外へ出る必要はなさそうだ。

 お昼を食べるとしても、神崎たちと合流してからの方が良いだろう。


「神崎たち捜すか?」

 

 楓は頭を横に振った。捜す以外の選択肢はないと思っていたので、意外な反応だった。


「なんで?」


 言うと、楓は俺の左腕を掴んだ。白くて綺麗な手が触れており、ドキッとしてしまう。


「悟は二人きりって嫌......かな?」


 変なものでも食べたのか? 俺の知っている楓じゃない。甘える目をして、楓は話しかけたりしない。どちらかと言えば、極上の笑顔で、ウキウキしながら話しかけてくるイメージだ。

 新しい楓の一面を見た気がする。プールに入る前の出来事があったから、こうなってしまったのだろうか。


 ああ、いつもの楓も良いけど、普段とのギャップにこれまたドキドキしてしまう。


「い、嫌じゃないよ。当然」


 少し声が上ずってしまった。動揺したくないのに、抑えようとしても無駄だった。


 楓は少し俯いた。そして、口角が上がったように見えた。次に顔を上げた時、いつもと変わらぬ笑顔になっていた。


「ふふっ。ねえねえ、ドキッとした?」


 どうして忘れていたんだろう。楓の性質は何も変わっていない。もう少し冷静に分析できていれば、からかっていたことくらい気づけたはずだ。まあ、あの状況で冷静になれ、というのが無理な要求だけど。

 怒りよりも、羞恥が勝って、楓の顔が見れなかった。潜ろう。


「えっ、何してんの!?」


 なんか楓の声が聞こえるなぁ。水中だから、聞き取りづらいけど、一応何と言ったかは聞き取れた。

 これ以上は息が持たないので、顔を出そう。


「ど、どうしたの、急に......」

「潜りたい気分だっただけだから、気にしないでくれ。よし、神崎たちを捜そう」


 流水プールに入ったままだと、見つけにくいので、一旦プールから出ることにした。


 プールから出て、少し歩き始めると、楓がツンツンと俺の腕を突いた。何事か、と思い、左隣を歩く楓の方を振り向く。


「二人きりになりたいって言ったのは、冗談じゃないからねっ」


 それだけ言った楓は、鼻歌を歌い出した。俺は今すぐ水面に顔をつけたい衝動に駆られた。それは、ずるい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る