第三章

第75話 南楓の中学時代

 パレードが終わった。前半はあまり集中できなかったが、後半はちゃんと見ることができた。隣の彼女と。


「すごい迫力だったね」

「ああ」


 神崎と須藤はどこに行ったのだろう? 余韻に浸りたいところだが、そろそろ集合場所に集まらなければならない時間だ。


「神崎たちに連絡した方がいいかな?」

「そうだね。よろしくっ」

「うい」


 電話をかけたが、応答なし。まあ、こんな騒がしい状況だ。気づかなくってもおかしくない。

 とりあえずメッセージだけ残しておくことにした。


「電話に出なかったから、集合場所に向かうって送っておいた」

「おっけー」


 先生も粋なことをしてくれる。パレードが終了する時間に合わせて、集合時間を設定してくれたようだ。

 生徒のことを考えてくれていることが伝わってくるのに、普段、生徒からの評判がよろしくないのは少し可哀想に思えてくる。生徒が感謝するのは今だけだろう。きっと来週には、宿題わかんねー、授業つまんねー、と言い始めるに決まってる。先生という職業も大変だ。


「......」


 楓といつもどんな会話してたっけ? スラスラ出てこない。何も考えず、適当に喋っていたのに、話せなくなってる。考えれば考えるほど、わからなくなってくる。


「......今日は楽しかったな」

「そうだねー。最高の思い出になったよ」


 会話が続かない。距離感が掴めなくなった。......まずいぞ。


「ねえ、悟。なんか固くなってない?」

「そ、そうかな?」

「そうだよぉ」


 俺に演技が向いていないことはわかった。自然体だ、と自分に言い聞かせているのに、逆に不自然になってしまっている。


「付き合うとかさ、はじめてだから距離感みたいなもんが、わからないんだよな......」

「かわいいねぇ〜」

「うるさい。楓は普段通りだな。本当に付き合ったことなかったの?」

「あったりまえじゃん。小学生の頃は、私が付き合ったことなかったのは知ってるでしょ?」


 楓が付き合っていれば俺の耳にも入ってきたはずだ。それがなかったということは、多分彼氏がいたことはないだろう。

 高校は俺と演技をしていたので、当然ない。でも、俺の知らない期間が三年ある。


「知ってるね。中学生の頃は告白されたら、どうやって切り抜けてたの? 高校での告白回数を考えれば、何回も告白されてたんでしょ?」


 俺も知っている宇都宮がその一人だ。


「あの頃はすごかったね。私ってモテるんだって、あの時知った」


 小学校時代に告白されているところを見たことがほとんどなかった気がするし、中学に上がってから自覚してもおかしくない。でも、どうして小学校時代は告白されてなかったのだろう?


「だから、嘘吐いてたね」

「嘘?」

「うん。告白される度に、好きな人がいるのでごめんなさい、って」


 なんか宇都宮がそんなこと言ってたな。一月、楓が取り乱していたことを思い出した。


「他に好きな人がいると思わせて、そのことが広まれば、告白される頻度が少なくなると思ったんだ」

「ピンポーン。まあ、効果はほとんどなかったけどね」

「一つ気になったこと訊いてもいい?」

「なに?」

「宇都宮とフードコートで出会ったの覚えてる?」

「覚えてるよ。悟が宿題わかんないよーん、って私に泣きついてきた時の話だよね?」


 事実が多少捻じ曲げられているが、それについて言及すれば、話の本筋から逸れるので、ここはスルーしよう。


「その時のこと。そこまで覚えてるなら、楓が取り乱してたことも覚えてる?」

「......ナンノコトカナ?」


 確実に覚えてるな、これ。俺の演技がぎこちないせいで、山下さんや神崎に勘づかれたようだけど、俺だけの責任じゃないのでは?


「覚えてないのかあ。じゃあ、宇都宮にコンタクトとってみようか。俺の思い違いか確認するため」

「ぐっ。卑怯な......」

「覚えてるんだね。あの時言ってくれても良かったのに。中学時代は好きな人がいるって言って、回避してきたこと」


 彼女の嘘は優しい嘘だ。タイプじゃないんで、とか、あなたのこと嫌いなんだよね、とか。そんなことを言われてフられるよりかは、他に好きな人がいると言われた方がマシだろう。多分。

 だから、そのことについて責めたりしない。


「......はじめはね、好きな人がいるからって言うだけでも回避できてたんだよ。でも、詳細に訊いてくる男の子も現れ始めて。どういう人なの? とか。どこのクラス? とか」


 当然の思考だろう。好きな女の子の好きな人がどんな人物か知りたくなるものだろう。そしてその人に近づけるように努力する者も現れるかもしれない。


「私、なんて答えてたと思う?」

「当てればいいの?」

「あんまり当てて欲しくないけど、自分の口から言うのも恥ずかしいし、当てて欲しいな、とも思う」


 黙っていたわけではないだろう。それならわざわざクイズ形式にしないはずだ。それなら、適当に人物を設定して、そいつの特徴なんかを言うのが普通な気がする。

 そう答えようと思ったが、恥ずかしがる意味がわからない。これは俺が自意識過剰なだけだろうか。あの頃は別に俺に恋愛感情なんてなかったのは、知っている。けれど、他に恥ずかしがる理由が見当たらなかったので、言ってみた。


「......俺のこととか」


 これ、告白するより恥ずかしくね? 違った時、彼女と顔を合わせられる気がしない。違ったら、彼女を置いて、一人で走り去ってしまうかも。


 彼女は少し俯いた。俺の発言が、あまりにも的外れで笑いを堪えなかったのかな? ああ、数秒前に戻りたい。


「......合ってる」

「え」

「合ってる!」


 今までいくつかクイズを出されてきたが、はじめて正解できた。嬉しい気持ちと恥ずかしい気持ちが同時に生まれる。クイズに正解したので、外した恥ずかしさではなく、正解が俺であったことへの恥ずかしさ。


「でも、どうして? その頃は別に俺のこと好きじゃなかったでしょ?」

「うん」


 わかってはいた。わかってはいたけれど、ちょっと傷つく。


「でもね、私の人生で一番話してた男の子って悟だったの。同じ中学校の子を彼氏に見立てて話したら、絶対バレるでしょ? 他校である必要があったし、そうなると悟以外に思い当たる人はいなかった。小学校の頃、私が全然告白されなかったのは、まだ小学生ってのもあるかもしれないけど、悟がいつも近くにいたからなんじゃないかな」


 確かに小学校時代は誕プレを渡すくらいには仲が良かったし、よく遊んでいた。気づかないうちに彼氏役をしていたのかもしれない。


「理解したよ。なんか、恥ずかしいな」

「私も恥ずかしいよっ!」


 恥ずかしかったけれど、気づけば、普通に話ができていた。修学旅行前と同じような、自然な流れ。深く悩むほどのことでもなかったようだ。

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