第72話 南楓とジェットコースター

「何から乗る?」

「人気のやつから攻めようよ!」


 ウキウキしながら須藤が言い、楓がそれに答える。

 よし。いつも通りだ。俺も普段の俺らしく、今日は楽しもう。


 でも、普段の俺ってどんなだっけ?


 改めて自分という存在を考えると、キャラ的なものがわからなくなる。どういう立ち位置なのだろう。

 無口というほど喋らないわけではないが、自ら積極的に喋りかける方ではない。けれど、喋ることが嫌いというわけでもない。かと言って、喋ることは好きか、と問われれば、好きだ、と即答できない。


 難しいな。哲学者になった気分だ。もしかすると、経済学部よりも文学部の方が向いてるのではないか、と思い始めた。


「どうしたんだ。険しい顔して」


 神崎にそう言われるまで、思案していたことが、表情にまで出ていることに気づかなかった。ポーカーフェイスが不得意になってきたかもしれない。

 俺の唯一と言っても良いくらいの特技を不得意にするわけにはいかない。意識を高めないと。


「いや、気にしないでくれ」

「南、元どおりだな」


 俺と神崎が並んで歩く前を、楓と須藤が歩いている。この距離かつ小声であれば、俺たちの会話が彼女たちの耳にまで届くことはないだろう。


「そうだね。何とかなったよ」

「さすが南のことよくわかってんな」

「やめてくれ。昨日言った通り、本当は違うんだから」


 何が違うか、明言することを避けた。二人だけの秘密にしていたことを俺の独断で神崎に喋ってしまったこと、ちょっと後ろめたさがある。

 楓怒るかなあ。山下さんにバレたのは不可抗力であったし、仕方ない。今回は俺の判断で言わなきゃバレなかったのに、喋ってしまったんだ。許してくれるまで、土下座でも何でもしよう。プリンを買い与えれば、許してくれるかな?


「俺からすれば、今のお前たちって付き合ってるようにしか見えないし、付き合ってないって言われたら、逆に引く」

「なんで引くんだよ」

「あれだけイチャついてて演技とか誰が信じるんだよ。付き合ってるようなもんだろ。で、さっき何て言って南を通常モードに戻したんだ?」


 そこまでイチャついてるつもりはなかったけれど、最近は距離が近まりすぎていたことは自覚していたので、あまり言い返す気にはなれなかった。良いアピールができていたということだろう。プラスに考えよう。


「夜にちゃんと伝えるって言った」

「今夜かあ。邪魔しないように千草は捕まえとくわ」

「助かる。色々悪いな」

「俺とお前の仲だろ。まあ、千草と二人きりになれるチャンスを俺も得たわけだしな」


 きっと最後に付け加えたのは、神崎なりの気遣いだろう。

 自分にもメリットがあることを述べ、俺が抱く罪悪感を少しでも軽減しようとしてくれたのではないだろうか。良い友人を持ったと思う。


 実際のところ、そこまで神崎が考えて発言したのかはわからない。本当に、ただただ須藤と二人きりになりたかっただけなのかもしれないが、俺はそういうことだと解釈しておく。


「ねえねえ、何話してんの? 好きとか言ってたけど」


 まずい。須藤に聞かれていたのか。声もいつの間にかそこそこのボリュームになっていたようだ。


「ん? あれだ。お互いの彼女の好きな部分を挙げてた」

 

 神崎のとっさの判断力、ベリーグッド! なんだけど、変な勘違いされない? 楓さん、俯いちゃったよ。これは現状の関係性でなくとも、顔を背けたくなる。

 訂正に入りたいが、今は厳しいかな......。


「なーんだ。もっとおっきい声で言ってくれれば、いいのに。ねえ? 楓ちゃんも聞きたかったよね」


 どうして楓に振るんだ! 明らかに様子がおかしい楓にどうして振るんですか、須藤さん!


「......うん」


 楓も頷いちゃったし。どう収拾つけるんだ? 神崎よ。


「じゃあ、まずは俺から千草に言ってやるよ。シンプルに可愛いところだろ。どストライクだ。それに......」

「やっぱ、いい! 直接聞くのめちゃくちゃ恥ずかしい! この話はなかったことにしよう」

「せっかく言ってやろうと思ったのに。まあ、お前がそう言うならやめとくわ」


 神崎、すげえ。全員が神崎の掌の上で踊らされているようだ。ここまで見越して、とっさに嘘を吐いたのか? こいつは。

 いや、神崎という人間は、そこまで高度な読みをできない。行き当たりばったりの発言で、なんか上手くいっちゃった、そんなところだろう。今回は助けられたわけだし、感謝しないとな。


 そんな話をしながら、一つ目のアトラクションの待機列を発見した。


「平日だからか、意外と空いてるな」


 今日は平日だ。学生諸君は、学校に行ってる。修学旅行、最高!


「なあ......天野、ちょっといいか?」


 神崎が珍しく深刻そうな顔をしている。前に並ぶ楓たちに聞こえないくらいの小声だし、具合が悪そうだ。


「どうしたの?」

「俺、外で待ってていいか?」

「は?」

「いや、は? じゃなくて、ダメか?」

「ダメでしょ。もしかして、こういうの苦手なの?」

「その通りだ」


 こんな素晴らしいガタイをしていて、絶叫系が苦手とかギャップがすごい。人は見かけによらないな。どちらかと言えば、好きな方だと思っていた。

 まず乗るのはコースターに乗っている最中に、自分の選んだ音楽を聴けるやつだ。どうやらシートにスピーカーが搭載されており、そこから音楽が流れるらしい。ジェットコースターに乗りながら、音楽を聴いたことなんて当然ないので、どういった感覚なのか楽しみだ。隣のやつは顔色がどんどん悪くなっていくけど。


「なんて言って、出ていくつもり?」

「トイレ」

「次も絶叫系に乗るとしたら、なんて言い訳するの?」

「トイレだな」

「絶対バレるでしょ。トイレ行きすぎ」


 体調不良であることを一度も言ってなかったし、さすがに楓たちも気づきそうだ。


「正直に言ったら?」

「それは無理だ。数ヶ月の間、これをネタにイジられることになるからな」


 須藤がイジってる姿を容易に想像できた。


 何か良い方法はないだろうか? 相談に乗ってもらった恩があるし、力になれそうなら協力してやりたい。


「天野くんはこういうの平気なの?」


 後ろを振り向き、須藤が話しかけてきた。

 

「平気かな。むしろ、楽しみ」

「なんか意外だ!」


 楓も、うんうん、と頷いている。


「翔太と遊園地って来たことあったっけ?」

「一回だけな。パレードを観ただけだけどな」


 神崎はきっと遊びに行く候補として、遊園地が挙がることはあっただろうけど、回避してきたんだろうな。須藤にバレないように。

 昼はどこかで時間を潰して、夜になれば、遊園地に入れば良い。夜なら終了しているアトラクションも多いだろうし。


「あ! クリスマスか!」

「ああ。クリスマスのことなんで忘れてんだよ」

「そういうこともあるよー。翔太は平気なの? ジェットコースターとか」


 トイレで逃げる作戦は三度以上は使えない。やはり、正直に言うべきだ!


「まあ、そうだな。余裕」


 余裕って言う時、ちょっと声震えてたけど、大丈夫か? こいつ。大丈夫じゃないだろうな......。


「神崎くん好きそうだもんね」


 楓が言う通り、俺もそう思ってた。そう思ってたけど......!


 神崎は乾いた笑いを繰り返す。どうしようもない......。


 二十分ほどで俺たちの番がやってきた。結局、神崎は抜けることができなかった。

 四人掛けだったので、俺たちは並んで座ることにした。


「ねえ、なんか順番おかしくない?」

「そんなことねえよ」


 めっちゃ声震えてるよ! 須藤に気づかれるレベルだよ。


 座席位置は、左から神崎、俺、須藤、楓。

 普通なら、俺と楓が、神崎と須藤が隣り合って座るはずだ。当然、神崎の希望で、こうなった。


「まあ、いいけどねー。楓ちゃんの隣だし」

「楽しみだねっ」


 そろそろ出発する。隣を見ると、悟りを開いたかのように、目を瞑る神崎の姿があった。

 神崎、生きろよ。



「もう最高だった!」

「本当だよね! すっごい気持ちよかった」


 今までにない爽快感があった。音楽の効果で恐怖心が緩和されるものかと思っていたが、逆に頂上から降下するタイミングが把握しづらく、怖さがあった。たまらん。


「翔太くーん。大丈夫〜?」


 神崎、バレる。

 走行が終了すると神崎は一言も発さずに、呆然としていた。俺が声をかけるまでその状態が続き、バレた。


「うっせー」


 その声に勢いはなかった。


「神崎くん、苦手なら言ってくれれば良かったのに......」

「見栄を張りたいんだよ。そういうお年ごろなんだよ。言えないもんなんだよ」


 これは数ヶ月先までイジられ続けるだろうな。俺はいつまでも神崎の味方だからな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る