第67話 神崎と買い物

「どこ行くつもり?」

「ん? あそこだな」

「あそこって」

「まあ、着いたらわかる」


 こいつも秘密にしちゃうタイプか! 楓がやるから許せちゃうものの、神崎がやると、早く言え! と言いたくなる。

 まあ、危険な場所に連れて行かれはしないだろう。何も言わず、ついて行ってやるか。



「どうして俺はこんな場所に連れてこられたんだ?」

「いいじゃねえか。去年一緒に考えてやったんだから」


 確かに昨年一緒に考えてもらった。その節はどうもありがとう、と心の中で言っておく。

 神崎に連れてこられた店は、ショッピングモール内の雑貨屋だ。どうして雑貨屋に来たのかというと、須藤の誕生日プレゼントを買うためだ。


 昨年、俺は神崎と須藤に楓の誕プレ選びに付き合ってもらった。それは俺が自分自身の感覚を頼りにできなかったから、二人を頼ったわけで、俺と一緒に選ぶことに益があるとは思えない。

 むしろ、俺の感覚を信じて誕プレを選んだら、失敗する可能性が高い。


 神崎からのプレゼントであれば、須藤はきっと喜びはすると思う。貰ってもあまり嬉しくないような物でも、腹パンされることはないだろう。多分。


 数十分店の中をぶらついたが、中々決められないようだった。俺も即断できるタイプではないため、悩む気持ちはよくわかる。なので、焦らすようなことはしない。口を出してもあまり力になれない気はするし、ここは黙って神崎の行動を眺めておこう。


「なあ、これとかどうだ?」


 神崎が手に持っているのは、小さい木製の椅子だ。いや、悪くないと思うよ。悪くないとは思うけど......。


「誕プレに椅子ってどうなの?」

「それがわからないから訊いてる」

「俺はなし......かな。確かに実用性はあるけど、もっとプレゼントらしい物を貰った方が須藤は喜ぶんじゃない?」

「やっぱりそうだよなあ」


 そういや昨年手伝ってもらった時も、ほとんど須藤からアドバイス貰った気がする。神崎もこういうのは苦手なのかもしれない。

 慣れてそうなイメージがあったので、ちょっと意外だ。


「あぁ、わかんねえ。何が欲しいか、訊いた方がいいのか?」

「女の子はサプライズとか好きだよね」

「くっ」


 プレゼントを用意した時の楓の反応を見れば、事前に知らされていない方が良い気がしていた。


「須藤は消耗品とかの方が喜ぶんじゃなかったっけ」

「消耗品? なんで知ってたんだ?」


 神崎が訝しそうな目つきで見てきた。


「去年言ってたじゃん。貰って嬉しいのは、消耗品とかだって」


 半年以上前のことなのに、覚えていた自分の記憶力に感心する。きっと、その会話の中に楓に関することがあったから、覚えていたのだと思う。


「なんかそんなこと言ってた気がするな。てか、俺メモってたわ」


 神崎はスマホを開き、何かを探し始めた。


「あったあった」


 そう言って、メモアプリを見せてきた。そこに書かれていたのは、須藤の貰って嬉しい物だった。


『入浴剤 ハンドクリーム 消耗品 食べ物』


 そう書かれていた。入浴剤と消耗品をわざわざ分ける必要はなさそうだけど、聞いた内容そのまま打ち込んだのだろう。

 そんな貴重な情報をどうして忘れていたんだ、こいつは。


「じゃあ、誕プレ選ぶ場所としては、ここはあんまり相応しくないかもね」


 雑貨屋にもいくつか入浴剤なんかがあったが、種類としてはそこまで多いわけではなかった。


「そうだな。付き合ってくれるか?」

「もちろん」


 ということで、俺たちは雑貨屋を後にし、ショッピングモール内のお目当の商品が売ってそうな場所へ向かった。

 入浴剤が陳列されているコーナーを発見した。男二人で入浴剤を眺めるのは、ちょっと躊躇う。しかし、俺も須藤には世話になることが多いし、少しでも役に立てれば良いな、と思い、神崎と共に真剣に選ぶ。


「おお。これなんかどうだ?」

「いいんじゃない。喜びそう」


 おしゃれな小さめのボトルに入った入浴剤だ。きっと、須藤は喜んでくれるだろう。


「んじゃ、買ってくるわ」


 そう言って、レジの方へ神崎が向かった。


「あれ? 悟?」


 聞き覚えのある声が耳に入った。


「本当だ。翔太と一緒じゃないの?」


 ああ。バッドタイミング。楓だけならまだしも、須藤がいては計画が台無しになってしまう。神崎が去った後だったのは、不幸中の幸いか。

 この辺りで買い物しようとすれば、このショッピングモールへみんな足を運ぶ。なので、出会ってもおかしくないのだ。


 俺は自分のやらねばならぬことをすぐに察知した。神崎が帰ってくるまでに、この二人をこの場からどうにかして離れさせることだ。


「神崎なら、便所に篭ってるよ。なんか腹が痛いらしい」

「翔太がご迷惑をおかけしているようで、すみません」

「いえいえ。神崎が帰ってくるまでもう少しかかりそうだし、二人は気にせず楽しんで」

「一人だと寂しくない? 私たちが神崎くんが帰ってくるまで、待っといてあげようか? あ、神崎くん帰ってきたら、四人でどっか行く?」


 楓の言葉に、数回須藤も頷く。


 優しい人たちだ。俺はこんな良い人たちに囲まれて生活しているのか。恵まれているなあ。

 しかし、今、神崎が帰ってくれば、鉢合わせてしまい、ここで買い物したことがバレる。神崎はまだ帰ってこないようだ。レジが少し混んでいるのか、ラッキーだ。


「俺もそうしたいのはやまやまなんだけど、これからまだ神崎と二人で行きたいところがあるんだ。わざわざ二人を付き合わせるわけにいかないし、また別の日にしよう」


 本当はないんだけどね。まあ、須藤は食べ物でも嬉しいと言っていたので、それの下見でも行った方が良いのかな、と考えてはいたけど、そこに須藤を連れて行くわけにはいかない。


「私たちも付き合うのにー。ねぇ?」

「楓ちゃん、ここは帰ろう」

「え? どうして?」

「きっとこの二人は私たちには言えないような、場所に行くんだよ。だから、そっとしといてあげよう」


 楓は小首を傾げ、「どういうこと?」とボソッと言ってる。

 須藤は何か勘違いしているようだけど、別にいかがわしい店に行くわけじゃないからな! 須藤が後で説明する、と言っているけど、楓に勘違いされた状態でいられたくない。が、今は訂正する時間もない。別の機会にこの誤解は解いておこう。


「それじゃあね」

「ばいばい」

「ああ、また明日」


 二人の後ろ姿を見届けながら、俺は神崎が帰ってくるのを待った。


 一分ほど待った。神崎が満足げな表情を浮かべながら、帰ってきた。


「どうした。疲れ切った顔して」

「いや、ちょっとね」


 俺は神崎にこの数分間の出来事を話した。そしたら、感謝され、ケーキを奢ってもらえることになった。最近できたばかりのケーキ屋さんに向かった。味が良ければ、誕プレと一緒に渡すつもりなのだろう。


 最近できたばかりということで、とても綺麗な外観をしていた。おっしゃれー、と口に出したくなる。

 イートインスペースがあったので、そこでケーキを一つ食べることにした。神崎の奢りで。



「美味かったな」

「うん」


 美味だった。ショートケーキを食べたのだが、クリームは全然しつこくなくて、秒でケーキは俺の胃袋に消えていった。スポンジも舌触りが最高だった。

 須藤もきっと満足してくれるだろう。


 適当に会話をしながら、帰った。神崎といる時は気が楽で良い。本人の前では言わないけど。


「今日はさんきゅーな」

「いえいえ。また、何かあれば付き合うよ」

「おう!」


 どういう反応をされたのか気になるので、今度ゆっくり神崎から話を聞くことにしよう。

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