第59話 南楓とゲームコーナー
来店時と同様に一階にはあまり人がいなかった。
「何する!?」
まだ何もしていないのにテンションが高いな。ボウリングで敗北した記憶はすでに忘却の彼方に消え去ったようだ。
「何でもいいけど。楓ってゲーセンとかよく来るの?」
「全然」
「UFOキャッチャーとか得意なの?」
「得意、に見える?」
「全然」
正直、ゲーセンにいるイメージが全く湧かない。どちらかと言えば、ファミレスなんかで友達と無駄話を延々と続けているようなイメージ。そんなこと言ったら怒られそうなので、本日二度目のお口チャック。
「悟の想像通り、苦手だと思う。というか、やったことないに等しいから、得意か不得意かすらもわかんない。悟はよく来たりするの?」
「たまにね。小遣いあんまりないし、頻繁には来ない」
貴重なお小遣いをゲーセンで浪費してしまうのは、もったいない気はしているのだけれど、誘われたら行くしかない。誘ってくるのは神崎なので断っても良いけれど、友達付き合いって大事じゃん? まあ、行ったら行ったで俺も楽しむんだけど。
「ふーん。そうなんだ。じゃあ、どっちが先に景品取れるか勝負しよ!」
またか。先ほどの対決に懲りず、また勝負を仕掛けてきた。
確かに俺は頻繁に来ないとは言ったが、未経験者に近い楓に負ける気はしなかった。
「......負けた方は何かあるの?」
「ジュース奢りで! そこに自販機あるから」
その程度なら気楽に臨める。
「わかった。その勝負受けて立とう」
「よしっ。本気出しちゃうね」
袖を捲り、本気出しちゃうアピールをしている。実はめちゃくちゃ得意だったりする......?
やる気満々な彼女についていき、台を決めた。小規模なゲームコーナーなのでUFOキャッチャーの台もそれほど多くない。俺たちは隣り合う台でやることにした。
財布の中身を見ると、紙幣は野口英世が残り二人......。それと、硬貨が少々。まずい、かも。
隣の楓はすでに百円玉を投入し、プレイし始めている。英世さんが二人いれば、夕飯大丈夫だよね? そんなに高価な物食べないよね?
そう思い込みたいけど、確認するに越したことはないと思い、訊いてみることにした。
「夕飯って二千円あれば足りる?」
「ん? 普通は足りないんじゃない? まあ、でも今日は大丈夫だから、安心して」
普通は足りない? それって大丈夫じゃなくね? 一応デートということで今日は来ているのに、お金を借りるのはダサすぎる。デートっていうのは楓が言ってたことだから。俺がそう意識しているわけではなくて......。
そんなことはどうでも良い。迷惑をかけるわけにはいかないし、これ以上お金を使うべきじゃないよなあ。
俺は、所持金を使わない方向で意思を固めた。
「やんないの?」
「この勝負、棄権するよ。俺の負けでいいよ」
百円で景品が取れれば良いが、きっとそう上手くはいかないだろう。それなら、自販機でジュース一本買う方が安く済むはずだ。
「え? どうして?」
「いや、お金があんまりなくてさ......」
情けないことを言っているのは自覚しているけれど、ないという事実は変わらないので、正直に言った。
「別に夕飯のことは本当に気にしないでいいから。むしろ、ここで全て使っちゃってもいいぐらい」
「いや、それはまずいだろ。借りるわけにはいかないし」
「私が貸す必要はないんだよねー。あっ、落ちた。うぅ」
楓が取ろうとしているのは、大きなサメのぬいぐるみらしい。
「貸す必要はないってどういうこと?」
「え、んー、まあ、言ってもいいんだけど、ここまで何も明かさずきたんだから、黙っとくよ」
そう言った後に、「本当に大丈夫だから、気兼ねなく遊んで」と言った。これ以上訊いても答えてくれないのは、わかっている。なので、彼女の言葉を信じ、百円玉を投入した。
ベンチで座りながら、肩を落として戻ってくる楓を見ていた。
「やっぱり楓は勝負挑むべきじゃないよね」
自販機で二人分の缶ジュースを買ってきた楓に言った。
四百円の投資で俺は景品を手に入れることができた。亀のぬいぐるみをゲットした。大きくて、邪魔だし、いらん。
「悟に何にも勝てないんだけど!」
ボウリングとUFOキャッチャーの腕で勝ってもそれほど嬉しくないんだけど......。それ以外の部分で楓に劣っているところがたくさんある。勉強とスポーツ、あと容姿。他にもコミュニケーション能力なども。
逆にこんなことでしか勝てない自分が、惨めに思えてくるのだけど。
「私もあのぬいぐるみ欲しかったのにー。ずるい」
「亀で良かったらあげるけど」
「本当に!?」
俺が持っていても部屋で尻の下に敷いて、座布団代わりに使うだけなので、楓に貰ってもらった方が亀さんも嬉しいだろう。
「ありがと! めちゃくちゃ大事にする!」
かわいいなー、と言いながら眺める姿を見ると、あげて良かったな、と思う。やっぱり、子供っぽいところあるなあ。誕プレにぬいぐるみをプレゼントをしても喜んでくれるような気がした。
時計を確認すると、四時三十二分だった。
「そろそろ出た方がいい感じ?」
「おっ、もうこんな時間だったんだ。そうだね。そろそろ出よっか」
手に持っていた缶ジュースの残りを一気に飲み干した楓の飲みっぷりは良かった。俺もまだ半分以上残っていたが、持って行っても邪魔になるだけだと思い、完飲した。
自分の分と一緒に彼女の分の空き缶も自販機横のゴミ箱に捨てに行った。
帰ってくると、先ほどまで座っていたベンチに楓の姿がなかった。連れ去られたのか、という考えが一瞬頭に浮かんだが、ボウリング場でそれはないだろう、と思い、冷静に辺りを見渡すと受付のお姉さんと話しているところを発見した。
しばらくして、大きな袋を手に持った楓が帰ってきた。
「亀、袋に入れてもらったんだあ」
なるほど。カバンには入りきらないし、亀のぬいぐるみを手に持って歩くのは目立ちすぎる。そうしてもらえると、俺も助かる。綺麗なお姉さんに、感謝。
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