第45話 喧嘩の理由
「遅かったな」
「いきなり呼び出しといて、その言い方はないだろ」
「冗談だ。入ろうぜ」
神崎の後をついていき、入店する。人が多い時間帯はとっくに過ぎており、俺たちは禁煙席に案内してもらえた。
昼ご飯をすでに食べていたので、お腹は空いていない。俺はポテトとドリンクバーを注文することにした。ドリンクバーを単品で頼むより、何か一品とセットで頼んだ方が安かったからだ。神崎はチキン南蛮のセットを注文していた。こいつは昼ご飯を食べてきていないのか、それともただ燃費が悪いだけなのか、どっちだ。
俺は烏龍茶を一口飲み、呼び出された理由を訊くことにした。
「ただの喧嘩で呼び出すってどういうつもり?」
「ただの、じゃねえよ。重大な事件だぞ、これは」
「俺にどうして欲しいの?」
「どうして欲しい? そうだな、話を聞いて欲しい。それで、一緒にどうしたら許してもらえるか考えてくれ」
「面倒くさいことに関わりたくはないんだけど」
「固いこと言うなよ。一日経ってもまだ口利いてくれないんだぜ? 事件じゃないか」
神崎たちの言い合いなんて見慣れている。基本的に神崎が折れて、話がつく。けれど、今回は少し長いな。いつもは一時間もしないうちに仲直りして、イチャイチャし始めるのに。一日経ってもまだ続いていることなんて過去に類を見ない。俺が知る限りだけど。
少し興味が湧いた。話くらいは聞いてやろう。
「それで、須藤と何があったんだよ」
「お、話聞く気になってくれたか。えっとな、昨日のことなんだけど、千草の部屋でケーキ食ってたんだよ。別にお前が想像するようなことは何もしてないからな」
「はっ倒すよ」
「やれるもんなら!」
俺がこいつに勝てるとは思えないけれど、そうかそうか、と頷くだけでは不服だった。本気ではっ倒す気なんてないので「どうなったの?」と続きを話すように促した。
「そしたらさ、あいつがトイレに行くために、部屋を出たんだよ」
「ちょっと訊きたいんだけど、何のケーキ食べてたの? ショートケーキ? それとも、モンブラン?」
「ショートケーキ」
「まさか、須藤が部屋を出た間に勝手にイチゴを食べて、怒られたとかじゃないよね?」
「惜しい! イチゴも食ったけど、千草の残りのケーキ全部食った」
「極悪人だな......言い逃れできないレベルだよ。牢獄に入れられてもおかしくない」
誰が見ても、どこから見ても、神崎が百悪いという意見に満票入るに違いない。
須藤なら激昂し、複数回に渡る暴行を働いていてもおかしくない。もしかしたら、神崎の服をめくると青紫色の痣が大量に現れるのかもしれない。そうであったとしても、自業自得なので、かわいそうだとは思わないけど。
「確かに最後の一口を食ったのは俺が悪かったし、反省してるよ。けどな、三日前にあったことを聞いてくれ」
「三日前?」
「二人でコンビニ行ってたんだけどさ、俺が前々から飲みたかった炭酸がすげえ強いって言われてる桃のジュースが一本だけ売ってたんだよ。これは運命だと思って、それを買って、コンビニの外で飲もうとしたんだ。で、飲むためにキャップ開けたら、どうなったと思う?」
「普通に考えたらどうもならないよね」
自販機であれば吹き出す可能性はあっても、コンビニの陳列棚に置かれている炭酸飲料が吹き出すはずがない。
「そりゃそうだ。でもな、中身が大量に溢れ出たわけだ。そん時横にいた千草がめちゃくちゃ笑ってんだよ。多分、俺が金払ってる間に外で振ったんだと思う。そんなことがあっても寛大な俺は昨日のケーキを奢ってもらうことで許したんだぞ? これでも俺が全て悪いって言えるか?」
喧嘩の原因となったケーキは、須藤の奢りだったのか......。どっちもどっちだ。
「......言えない、な」
「だろ? で、俺はどうするべき?」
「知るか。須藤は神崎が飲みたがってるの知っててやったの?」
知ってて振ったのなら、須藤のマイナス評価につながる。
「言ってなかったし、知らなかっただろうな。それでも、炭酸飲料を振るという重罪を犯したのには変わりないけどな」
さすがに須藤もそこまで鬼ではないと思うので、こいつが飲みたがってると知っていれば、振らなかったはずだ。
重罪を犯したとは言うものの、神崎はもう須藤のことを許しきっているはずだ。そうでなければ、仲直りしたいとは思わないだろう。やはりケーキを買って、謝罪する以外に方法はない気がする。
俺が頭をひねっていると、先ほど頼んだポテトがやってきた。チキン南蛮も同時に運ばれてきた。
食べ始めてから数分後、須藤からのメッセージが届いた。
『いま大丈夫?』
大体の見当はつく。多分、神崎とのことで相談したいから、こう尋ねてきたのだろう。大丈夫と言えば、大丈夫なので、『大丈夫』と返した。これで大丈夫だ。
相談するタイミングも神崎と近い。やっぱり、お互い考えていることが似通っているのかもしれない。
すぐに返信がきた。
『かけるね!』
メッセージアプリ上でのやりとりだと思っていたので、神崎にはトイレに行くと言って、急いで席を立った。
俺たちが座っていた席からは死角になっていそうな場所を見つけ、着信を待った。十秒も経たないうちに、かかってきた。
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