第9話 自己紹介
授業時間も迫り、クラスメイト達がまばらに座りだした頃、教員用の扉を開いて担任の先生が入ってきた。
栗毛の髪を後ろに縛った30後半くらいの男性だ。
魔術師はローブを己の特徴とすることが多い。彼の羽織る上質な白のローブは、王城に住む魔法士が羽織っているそれ以上の代物だ。それだけを見ても、彼が只者ではないというのがわかる。
オードウィンが『右腕』と呼称する人物なのだ。それなりの実力を持った者でなければ困る。
「……どうやら、皆さんちゃんと揃っているようですね」
彼は教壇に立ち、簡単な自己紹介から入った。
「皆さん初めまして。私がこのクラスを担当します、アレクです」
彼は実技試験の時に進行役を務めていた者だ。
亜人である私に差別することなく話しかけ、そして馬鹿貴族を『入学させてやるから出ていけ』と暗に言った。
こうしてこの目で見るまでは疑っていたが、彼ならば信用に足りるだろう。
「入学式の紹介でも言いましたが、得意な分野は土と聖。キリエ先生ほどではありませんが、回復魔法もそれなりに使えます。実技で怪我をした際は、遠慮なく言ってくださいね」
その歳で三つも魔法を会得しているのは珍しい。
彼の才能と、どれだけ努力したかがわかる。
「私のことはいずれわかるとして、まずは仲間となるクラスメイトの自己紹介から始めましょう。……では、一番右端の眼鏡を掛けた彼からお願いするよ」
そうして一人一人自己紹介が始まっていく。
この学園に来た理由や目的。それは人によって様々だ。
それを聞くことができて、それなりに有意義な時間だったと言えるだろう。
「アリア・ルート・シュバルツです。得意なのは水と聖、回復魔法も多少は心得ています。皆様が知っての通り、私は第二王女ですが……学生であるうちは皆様と同じ立場です。仲良くしていただけると幸いです。よろしくお願いいたします」
王女という立場があるせいで、人は近寄りがたい印象を持つ。
しかし、アリアの印象の良い笑顔を見れば、自然と彼女の周りに人は集まる。それが彼女の魅力であり、凄いところだと私は思う。
にしても、アリアも三つの魔法を会得していたのか。
彼女のことは『天才』と呼べるだろう。しかし、天才だからと
それは単にアリアの努力の証だ。
さて、次は私だ。
「ミア・ヴィスト。特にこれといった得意属性は、なし。この学園生活が有意義なものとなることを祈っているわ。よろしくね。以上よ」
自分でも面白くない紹介だと思う。……だが、これ以上に何か言うことがない。「この学園生活が〜」のところも、適当に付け足した最大限の配慮だ。正直いらないと思っている。
「えぇと……それ以外に何かありますか?」
「別に何も」
流石に言葉が足りなかったのか、アレク先生が困ったように促してきたが、私はそれを断った。
無愛想だと思うだろうか?
しかし本当に話すことは何もないのだ。何かを話せと言われても、私が困る。
妹に近づく羽虫を駆除するのが最近の日課です。くらいの冗談を交えた方がいいのかしら?
……いや、やめておこう。
やばい奴認定されてしまったら、妹の人気にも関わる。
もう半分くらいは手遅れな気がするが…………そこは気にしたら負けだろう。
「ええ……では、気を取り直してその横の方、お願いします」
「は、はいっ!」
ミオは元気な返事をして立ち上がる。
「ミオ、です。得意なのは風魔法と弓です。隣のミア・ヴィストの妹ですが、姉と違い、つい数日前に里を出たばかりなので、まだわからないことだらけの田舎者です。こんな私でも仲良くしてくださると嬉しいです。よろしくお願いします!」
──パチパチ。
必死なのが可愛すぎて拍手を送ってしまった。
皆が「え、そこで拍手するの?」と言いたげな視線を送ってくるが、どうして貴様らは拍手をしない? うちの妹なめてるのか? ほら、拍手をしろ。潰すぞ。
そうしてギラリと睨むと、まばらに拍手が起こった。
……お姉ちゃん満足。
「なんだか、恥ずかしいな……」
ミオは顔を赤くしながら、頬を掻く。
そんな仕草がまた可愛くて……危ない。公然の場で抱きつくところだった。
それからは特に紹介する点もなく、全員の自己紹介は終わった。
そこで一旦休憩となり、アレク先生は教室を出て行く。
次は実技だ。
皆すぐに訓練場へ向かうのだろうと思っていたけれど、意外とその場に残って雑談に興じている。
このクラスには平民が多いため、好奇心も強いのだろう。色々な人に声を掛け、自己紹介の続きのようなものを行なっている。
人と接するのが苦手な者や、貴族なんかは遠巻きから彼らのことを眺めている。でもそれは、まだお互いの距離感を掴めていないだけだ。数日したら会話に混ざっていることだろう。
しかし、誰も私達の元に来ようとはしなかった。
チラチラと視線を感じるけれど、様子を伺っているのか近寄って来ようとはしない。
彼らの瞳には、恐れと好奇心が混ざり合っているような色が見え隠れしていた。
この感情は、知っている。
…………ふむ、なるほど。
「お姉ちゃん? どこに行くの?」
「少しお手洗いに。そのまま訓練場に先に行ってるわ。ミオとアリアも遅れないようにしなさい」
「わかった。私はもう少しここでゆっくりしてるね」
「気を使わずともいいのですよ? 私は別に……」
「いいのよ。それじゃ、また後で」
アリアは何かを察している様子だったけど、最後まで言わせずに私は席を立った。
私が居れば、遠慮して誰もミオに話しかけに行かない。
不愛想な私のせいで、妹に友達ができないなんて……自殺ものだ。
だから私は、あえて自ら距離を置くことにした。
何か異常があればすぐに駆け付けられるだろうし、側にアリアが居るから安心だ。
私はお手洗いに行かぬまま、訓練場に直行した。
まだ休憩時間が始まったばかりなので、そこには誰も居ないと思っていたが……どうやら先客が居たらしい。
「おや、早いですね」
私達の担任、アレク先生だ。
「まだ休憩時間ですよ?」
「暇だから来たのよ。早めの行動は大切でしょう?」
「……まぁ、そうですね」
「先生は何をしていたのかしら?」
「見ての通り、人形作りです。次の実技に使うので、休憩時間の内に済ませておこうかと思って……」
訓練場には五対の土人形が出来上がっていた。
私とほぼ変わらないタイミングで出たのに、こんなにも早く、そして精密な人形を作ったのか。
「実技の時も思ったけど、腕は相当なのね」
「ははっ、あの英雄様に褒められるとは、嬉しいですね」
「……やっぱり知っていたのね」
「ええ、もちろん」
オードウィンの右腕なのだから、話は通っているだろうと思っていた。だから驚きはない。
「まだ休憩時間があります。ちょうど人形作りも終わったので、少し話をしませんか?」
そして私達は訓練場に備え付けられているベンチに座り、休憩時間の間話すことになった。
「どうぞ」
「……ありがと」
お茶を差し出される。
この施設の入り口辺りにある『自動販売機』という機械から購入した物らしい。
どうやら、お金を払って欲しい飲み物を選択すれば、機会がそれを出してくれるとか。そんな便利な機械が設置されていたことは驚いた。
どんな原理で動いているのか疑問だが、知っても意味はないと思ったので、それ以上は詳しく聞かないことにした。
「……にしても、先程の自己紹介はなんですか? 流石に言葉足らず過ぎでしょう」
「仕方ないでしょう? あれ以上話すことがなかったのよ。空間魔法が得意だと言った暁には、変に目を付けられるのは目に見えてわかるわ」
「まぁ……そうですね。ですが、その刀のこととかあったでしょう?」
「ああ、これ……ラインハルトから強引に渡された物だから、そこまで剣術があるわけではないわよ。彼から習ったのも一ヶ月程度だったし」
「……あの剣聖に習った剣技なら、そこらの剣術士にも負けないと思いますが?」
「そう? でも、剣だけの試合でラインハルトに一度も勝てていないから、あまり自信は無いのよね」
ラインハルトが剣を極めたから『剣聖』と言われているのは、十分に理解している。
しかし、それでも剣で負け続けていると、腕に自信が無くなるのは当然のことだろう。
当然それは剣だけに限った話だ。
私が本気を出せば、ラインハルトなんて一瞬だ。ワンパンだ。
「ですが私としては、クラスメイト全員には仲良くしてもらいたいのですよ」
「あら、教師の腕の見せ所じゃない。頑張って」
「英雄なのですから、少しは協力してくれません?」
「あいにく、人付き合いは苦手でね……」
だからアレク先生に任せる。
「……でも、そうですか。あの英雄様が私の生徒ですか……自慢して良いですか?」
この男、意外と抜け目ない。
「卒業後、英雄として動くのに支障の無い程度でなら構わないわ」
「ありがとうございます」
──ゴーン、ゴーン。
「おっと、休憩時間終了五分前ですね」
アレク先生はベンチから立ち上がり、グイッとお茶を飲み干した。
「次は実技です。私自慢の土人形がどのように壊されるのか……英雄の本気が見られるのを、楽しみにしていますよ」
「……そう、ね……この国も今日までか……」
「待ってください? 私は土人形を壊して欲しいのですが……?」
「私の本気は、この国を余裕で壊すわ。……私もこの国には思い入れがあるけど、先生の頼みだもの。仕方ないわよね」
「すいませんでした! あなたの本気とかどうでもいいので、壊すのは土人形だけにしてくださいませんか!?」
土下座して懇願するアレク先生。
……この人の反応が面白いので、ついついイジってしまう。これが先生と生徒の会話で良いのかと疑問に思うが、私はこの態度を改めるつもりはなかった。
アリアにも言われたことだが、私は敬語が似合わない。
目上の者には一応敬意を払っているつもりなのだけれど、どうやら私が敬語を話すと脅迫に聞こえるらしい。国王にそう言われた時から、私はどんな相手だろうと自然体でいることを決めた。
「あの、本当に問題だけは起こさないようお願いしますね?」
「わかっているわよ。この英雄様に任せなさい」
「先程の言葉を聞いた感じ、とても信用ならない言葉なのですが……?」
「あら、ではその通りにしましょうか?」
「──すいませんでした!」
再び土下座するアレク先生。
「わかればよろしい」
「……ほんと、勘弁してください」
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