第7話 部屋割り

 新入生達は入学式の会場を出た後、揃って広場の方へ向かう。

 そこにはそれぞれ割り当てられたクラスと、指定された寮の場所が張り出されているためだ。


 私達も例に漏れず、はぐれないように手を繋ぎながら広場へ向かった。


「…………お姉ちゃん、前を向いていないと危ないよ?」


 移動中ずっと横を歩く妹を見ていたら、注意されてしまった。

 だが、それも仕方ないことなのだ。


「ミオが可愛いのが悪いのよ」

「ふぇ!?」


 おっと、つい本心が出てしまった。


 ミオは学生だ。

 つまり、学生服を身に纏っている。


「似合っているわよ。本当に可愛いわミオ」

「……ほ、本当?」


 褒められて嬉しかったのか、ミオは私の手を解いて前に立ち、くるりとその場で一回転した。恥ずかしげにはにかんだ笑顔が眩しい。私は両手を合わせ、神に感謝した。


「眼福でございます」

「もう! またそうやってふざける!」

「……ふざけているつもりはないわ。私は嘘を言わない主義なの。特にミオに対してはね」


 身内贔屓ではなく、本心でうちの妹が一番可愛いと思っている。

 実際、何人かの男子生徒がチラチラとこちらを振り向き、女子生徒も目を輝かせていた。


 ミオが注目されるのは、私としても誇らしくなる。

 しかし、妹に虫が集るのだけは阻止せねばならない。

 下心丸出しで声を掛けようとして来る者には、もれなく私の殺気をぶつけてやった。気の弱い者はそれだけで気絶したり、恐怖で全身の震えが止まらなくなって発狂したりと、少しの騒ぎとなっていたが、私の知るところではない。

 私が殺気を放って虫を追い払っていることにミオは気づいておらず、発狂する彼らを不思議そうに見つめていた。


「どうしたんだろうね?」

「さぁ、気分でも舞い上がっているんじゃないかしら?」

「うーん、そうには見えないんだけど……まぁ、いいか」

「ええ、そんなのに構っているより、早く広場に行きましょう」


 そうして辿り着いた広場は、新入生で溢れかえっているのかと思いきや……想像以上にそこは広く、生徒でぎゅうぎゅう詰めになるようなことはなかった。

 張り出しの看板は何箇所かあって、私は一番人の少ない方に移動する。


「……私達は同じクラスのようね」

「お姉ちゃんと離れ離れになったらどうしようって不安だったから、一緒になれて良かったぁ……」


 妹が定期的に萌え殺しにかかってくるのだが、私は死ぬ定めなのだろうか?


「でも、寮は同じにならなかったみたいだね……残念」

「……そうね」


 寮に振り分けられている番号は、試験を受けた時の受験番号だ。

 本当に残念なことだが、私とミオは別の部屋らしい。


「お姉ちゃんは……あれ? 相部屋じゃないの?」


 ミオが指差した先には、私の番号『126番』があった。

 しかし、相方の欄は空白だ。


「どういうことかしら?」

「理由をお話ししましょうか?」

「──っ!」


 これは何かの間違いだろうか。

 そう思っていると、不意に後ろから声が掛けられた。


 私は瞬時に振り向き、右手を突き出した。


「……なんだあなたか」


 その声の主が判明したことにより、突き出した右手を元に戻す。警戒心も解き、平常運転に切り替えるために息を吐く。


「正直、殺されるかと思いました」

「不用意に後ろに立つのが悪いのよ」

「……そうでしたね。申し訳ありません」

「いえ、気にしていないわ…………それで、あなたがこんなところで何をしているの?」


 前に会った時と変わらず、爽やかな笑顔を浮かべている青年。

 それは、オードウィンが変装をしている姿だ。これだけを見れば、普通の先生にしか見えないだろうが、彼の正体を知っている私は、呆れたように半眼でオードウィンを睨んだ。


「……お姉ちゃん? お知り合いの人?」

「ええ、彼が私の面接を担当した人よ。名前は──」

「オド、と申します。どうぞお見知り置きを」


 オードウィンだから『オド』とは……適当過ぎではないだろうか?

 まぁ、それでも彼のことを学園長だと認識しないのであれば、それで十分なのだろう。


「それで寮のことだけど」

「ええ、答えましょう。理由は単純。今回の新入生が奇数だったからです」

「……それで偶然私が一人になったと?」

「はい」

「…………まぁ、そういうことにしておくわ」


 おそらく、これは学園長の気遣いなのだろう。

 私は必要以上に他人と関わりを持つことを好まない。

 そして私は、英雄として色々と動く時もある。相方が居ては、それすらも十分に動くことができなくなるため、こうして一人部屋を準備された……と、そんなところか。


 だが、オド先生の言うことも嘘ではない。

 見た感じ、一人部屋なのは私だけのようだ。ちょうど奇数になったため、私が特別に割り当てられたのだろう。


「……ああ、そうそう。ミアさん達のクラスの担任は私の右腕の者が務めますので、どうぞご安心を」

「その配慮、素直に感謝しておくわ」

「では、私は仕事があるので、これで失礼します」


 オド先生はにっこりと微笑み、軽く一礼して去って行った。


「なんか不思議な人だったね」

「……そう?」

「うん、表面だけ普通って感じがする。本当は凄い人なのかも。右腕とか言っていたし……」


 あの短い時間でそこまで見抜くとは、驚いた。

 もしかしたらミオは、そういうのを見分ける才能があるのかもしれない。


「とりあえず、ここからは別行動のようね」

「うん……明日は校門の前集合でいい?」

「ええ……そうしましょう」


 今日はもう何もない。

 授業は明日から。

 生徒は寮に帰り、初めて相方と出会うこととなる。


 妹と別行動になるのはかなり嫌だが、だからって付き纏ったらミオの相部屋の人も居心地が悪いだろう。

 私に気を使って、仲良くできなくなるのも困るし、私のせいで妹に友達ができないのはもっと困る。


 なので、ここは我慢だ。


 寮には種類がある。

 私とミオの寮は別の場所にあり、ここで分かれ道となる。


「それじゃ、お姉ちゃん! また明日!」

「また明日。ちゃんと寝るのよ? 同じ部屋の人とは仲良くね。でも、何かあったらすぐに言うのよ? 初日から忘れ物をしないよう、寝る前に入念にチェックしなさい。午前の最後は実技だからあげた刀を忘れないように……」

「もうっ、そんなに言わなくても大丈夫だってば! じゃあねー!」

「ええ……」


 我慢すると決めた直後だが、やはり虚しい。


 だが、英雄に二言はない。

 私は妹の姿が見えなくなるまで見送りを続け、私は、私の部屋がある寮へ向かった。


 寮母と軽く挨拶を交わし、鍵と同じ番号の部屋を目指す。

 私の部屋は一番端の壁際にあり、何かあった時のために行動するには良い場所だ。


 ここが私の新たな住処。


 鍵を開き、中に入る。


「やぁ、先にお邪魔しておるよ」


 学園長が床に座り、入ってきた私を見て微笑んだ。


 私はニコッと返し、右手をくそじじいに向ける。

 その手に魔力を収束させ──


「ちょっと待ってくれんか!? 勝手に入ったのは謝る。じゃからその手を収めてくれ!」

「今後の犯罪を減らすためにも、今この場でエロじじいを始末しますか? はい」

「一人で質疑応答をしないでくれるかのう!?」

「…………冗談よ。でも、女性の部屋に侵入するのはどうかと思うわ」

「だから謝っただろうに……ほんと、血の気が多い女はこれだから」

「何か言ったかしら?」

「いや! 何でもないぞ!」


 はぁ、と溜め息を漏らす。


「入学式で憧れの的になっていた人物とは思えないわね」

「だからこうして隠れているのじゃ」

「隠れる場所が違うのではないかしら? 学園長室くらいはあるでしょう」

「…………」


 気まずそうに目を逸らすオードウィン。


「……あなた、仕事から逃げてきたわね?」

「うぐっ……よ、よくわかったな」


 その様子ではバレバレだろう。

 ……というか、学園長が仕事から逃げるとは何事だ。


「後で怒られても知らないわよ?」

「ちょっとお話ししたらすぐに帰るわい。まだ慌てるような時間ではない」

「そう言っていたと、担任の先生によく言っておくわね」

「それはずるいぞ! 今すぐ担任を変えてやろうか!」

「職権乱用で訴えるわよ」

「すまんかった。ほれ、お茶を淹れるから許してくれ」


 驚くほど素早い手のひら返しだが、これ以上何かを言ったら喚いてうるさそうなので、それは指摘しないでおく。


「自分のお茶くらいは自分で淹れるわ。……それで、どうしてあなたがここに来たの? 理由があるんでしょう?」

「…………うむ、アルバートのことじゃ」

「ああ、あの傲慢野郎ね」

「正直にどう思った?」

「殺したくなったわ」

「……直球じゃのう」

「正直に、と言ったのはあなたよ」


 学園長は肩をすくめた。

 あらかた、私がこう言うのは予想していたのだろう。


「そのアルバートなのじゃが、もうわかっていると思うが、少し問題の多い奴でな」

「……そうでしょうね。むしろあれで問題を起こしていなかったら驚きだわ」

「あれでも実力はある男なのだが、ミア殿の言うように傲慢過ぎる。もっとタチが悪いのは、奴の元に集まる生徒はどれも問題児と言うことじゃ」

「でしょうね」


 普通の精神をしている者は、問題ありありの男の元に集まらない。

 ただでさえ今は平民と貴族で問題になっているというのに、それを増長させるようなことを入学式で言ったのだ。例え貴族だろうと、まともならば近づこうとは思わない。


 言い方は悪いだろうが彼は精神異常者なのか、周りが見えていないただの馬鹿なのか。

 一番問題なのは『どちらも』の場合だが、どうにもあれを見てしまうとそうなのではないかと思ってしまう。


「とりあえず私は、一切関わらないようにすると決めたわ」

「そうしてくれ。奴は貴族以外に興味がない。こちらから近づかなければ、何もして来ないはずじゃ」


 学園長が放置するほどなのだから、本当に面倒な奴なのだろう。

 関わる方が損になるのは間違いないので、ミオにもよく言っておく必要があるな。


「早急に奴を解雇するのをお勧めするわ」

「そうしたいのは山々なのじゃが……」

「人手がないんでしょう? 全く、なんであんな問題児に限って炎属性なの?」


 炎属性は他の属性と比べて、極めて危険な魔法だ。魔力の調整を誤れば、暴走して瞬時に己の身を焦がす。

 習得しようとして命を落とした者は少なくない。それは特に若者が多く、大火力の炎は少年の瞳に輝かしいものとして映るのだろう。

 それによって炎に魅入られ、まだ魔力制御もままならないまま炎魔法を試し、結果身を焦がす。


 家庭によっては炎魔法の使用を禁ずるほど、それが危険なものとして知られている。


 だが、危険なだけあって、戦闘では凄まじい威力を誇る。国を背負って戦う魔法士には必須と言われるほど、それは危険で重要なものなのだ。使い方を間違えれば、簡単に殺人鬼を生み出す。

 つまり、炎魔法は人を殺すのに特化した魔法だと言っても過言ではない。


 なので、炎魔法を取得する者は極めて少ない。

 ましてやそれを極めた者は、かなり貴重だ。


 だからオードウィンも、おいそれとアルバートを解雇できないのだろう。


「とにかく、わしが言いたいのはアルバートと、奴のクラスに気をつけろということじゃ」

「ご忠告どうも。私も気をつけるようにするわ。でも、必要とあれば──わかっているわね」


 これは英雄としての言葉である。

 オードウィンは諦めたように溜め息を吐き、仕方ないと呟いた。


「それが、英雄殿の最終決定であるならば……わしは甘んじて受け入れるとしよう」


 そして彼は地面に膝を付き、首を垂れるのであった。

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