第51話 ~魅惑の女子会〜


 ユリウスと別れたメナス、フィオナ、ルシオラ、シャウアの4人は、宿泊中の宿屋兼食堂『砂岩の蹄鉄ていてつ亭』に戻っていた。


 メナスとフィオナの二人部屋に4人で集まり、何故か『女子会』を開催する運びと相成っていたのだ。 ふたつの寝台をくっつけて、その上に4人で車座に腰を下ろしている。


 その中央には例のパン屋で買っておいた焼きたてのクッキーとラスク…… 下の食堂で調達してきた、りんごジュースや蜂蜜酒ミードなどが並んでいる。 


 メナスとシャウアの前にはりんごジュースが…… ルシオラとフィオナの前には蜂蜜酒ミードが並んでいた。


 ちなみに王国の法律では14歳から成人という事になっているので、ここにいる者はみんなアルコールが飲める年齢だ。


「このクッキー美味しっ また明日も買いに行こう!」

「ねぇ〜 美味しいよね〜」


 フィオナとシャウアは同い年という事もあってか、もうすっかり仲良しだった。 ルシオラにはそれが何より嬉しかった。 メナスは静かにクッキーを齧っている。


「このラスクもカリッとして香ばしくて最高よね〜 いくらでも食べられちゃいそう!」


 ラスクというのは、薄く切ったパンに卵白と粉砂糖を混ぜ合わせたものを塗って二度焼きしたビスケットの一種だ。

 もともとビスケットの語源は『二度焼きしたパン』に由来している。


「ふふふ、知ってる? ラスクってね、昨日の売れ残りのバゲットで作るんだよ」

「え〜〜っ そぉなんだ〜〜… でも美味しいから許しちゃう!」


 もう既にフィオナには、アルコールが回り始めているようだった。


「この店のラスクはね、シナモンと蜂蜜を隠し味に入れてるんだよ」

「えぇ〜〜っ そんなの聞いちゃっていいのかなぁ〜〜」

「いいのいいのっ フィオナはもう友達だもん!」


 そんなやりとりを見守りながら、ルシオラは穏やかな微笑みを浮かべていた。


「そう言えばフィオナ、ルシオラお姉ちゃんに報告があるって……」

「あっそうだった…… 忘れるトコだった!」

(嘘でしょ…… 普通そんな大事なコト、忘れる⁈)


 メナスは内心ツッコミを入れた。


「ねぇっ ルシオラさんっ 真剣に答えてね!」

「えっ… あっ、はい!」


 突然フィオナが正座をしてルシオラに向き直った。 思わずルシオラも姿勢を正す。


「ルシオラさんは…… シンのコト…… 好きなの?」

「……⁈」

(えっ… 何この質問…… ていうか報告じゃなかったの?)


 戸惑うルシオラを他所よそに、フィオナは真剣な表情でルシオラを見つめている。

 シャウアはと言うと、突然始まった姉同然の親友と新しい友達の間に起こった恋の鞘当てに、どうしていいか分からず戸惑いを隠せない…… かと思ったら、瞳を輝かせて身を乗り出してきた。 どうやら、いっそこの状況を楽しむ事にしたようだった。


(そっか、フィオナはシンさんのコトが好きで、お姉ちゃんもシンさんのコトが好きだと思ってるんだ…… それじゃあ、お姉ちゃんは?)


「ねぇっ 教えて! ルシオラさんの本当の気持ち……」


 訳は分からなかったが、フィオナの真剣な想いだけは充分伝わってきた。 ──だからルシオラは正直に話す事にした。


「私はね…… 10歳で修道院に入ってからずっと、そういうコトと縁のない生活を送ってきたのね……」


 シャウアは思わず、うんうんと頷いていた。


「シンさんのコトは、もちろん好感を持っているわ…… 人として、冒険者仲間として…… でなければ、ギルド職員を辞めてまであなた達の仲間になりたいなんて思わないもの……」


 メナスは黙ったまま事態を静観している。


「それに…… あなたと同じように命を救ってももらったし……」


 ルシオラの脳裏に、謎のゴーレムの姿が禍々しく蘇る。


「それじゃあ────」

「でもね、これが恋とか愛なのか…… 私には本当に分からないの……」


 そこでフィオナは、乗り出していた上体をゆっくりと元の位置に戻した。

 若い彼女には、それになんと答えていいのか言葉に詰まってしまう。


「実はね…… ルシオラさん…… わたし、こないだ…… ね」


 フィオナは躊躇いがちに切り出した。


「シンに、ルシオラさんと一緒でいいからお嫁さんにしてってプロポーズしちゃったの!」

「……っ⁈」


「何でそんな…… 勝手に……」

「違うのっ もしルシオラさんのコトが好きなら、ふたり一緒でもいいから、わたしもついでにお嫁さんにしてって……!」

「そしたら…… シンさんは……?」


フィオナは頬を赤らめ顔を伏せて呟いた。


「うん…… オッケーしてくれたよ」

「え〜〜っ フィオナおめでとぉ〜〜っ!」


 シャウアが無邪気に歓声を上げる。


「それでね、ルシオラさんの本当の気持ちが聞きたいのっ! わたし出来るコトなら、シンとルシオラさんと三人で夫婦になりたいから!」

(えっ えっ…… 三人で夫婦に⁈ それって一体どういうコトなの……⁈)


 シャウアは、あまりの展開に頭が付いていかず、ただただふたりの顔を交互に見比べていた。


「私は…… そんな風に言ってくれて本当に嬉しい…… でも、まだそんな気持ちにはなれないかも知れないわね…… 残念だけど……」


 フィオナが何か言おうと顔を上げかけた。 しかし言葉は出なかった。


「それに私ね…… もう一人、気になっている人がいるの……」

「え〜〜っ 誰誰っ? あっ ひょっとしてハイメルさん⁈」


 ハイメルと言うのは、ルシオラが冒険者時代に何度もパーティーを組んだ事のあると言う魔術師で、現在は冒険者ギルドの研究調査員になっている男性だった。


「ううん、違うわ…… 彼は優秀で信頼出来る人物だけど……」

「え〜〜 それじゃあ誰だろう……? 私の知ってる人?」

「ひょっとして……」


 今までハラハラしながら状況を見守っていたシャウアが、おそるおそる口を開いた。

 一同の視線が彼女に集まる。


「ユリウス…… さま?」


 それを聞いたフィオナとメナスが同時にルシオラの顔を見た。


 ルシオラは頬を赤らめ、こくんと頷いた。


 思わずメナスは、ずっこけた。


「そっかぁ〜〜 そう言えばフィオナさん、三賢人の…… とくにユリウスって言う人の大ファンだったもんねぇ〜」

(そのユリウスって言う人が、あなたの大好きなシンですよっ⁈)


 メナスのエア突っ込みが止まらない。


「もちろん、結婚出来るなんて思ってないのよ…… ただ許して貰えるなら、お側に仕えさせて頂いて研究や身の回りのお世話をさせて頂きたいの……」


 ルシオラは、うっとりと遠くを見つめながら呟いた。


「それは先日お会いしたから…… 大切なシャウアを助けて頂いたからだけじゃないの……」


 そう言ってルシオラは、シャウアの手を取って彼女を抱き寄せた。 シャウアも瞳を潤ませてルシオラの背中に手を回した。


「14歳の頃ウィリアム大司祭様に連れられてユリウス様にお会いした時からの…… それがずっと…… 私の夢なの……」


「そっかぁ〜〜 叶うといいねぇ〜〜」

「うふふふ…… ライバルが減って安心した?」

「ううん、わたしは今でも、シンとルシオラさんと三人で仲良く夫婦になりたいと思ってるよ? そしたら、ずっとずうぅ〜っとみんなで一緒に暮らせるじゃない!」


「本当? そんな風に思ってくれて、私もうれしいけど……」

「もしユリウスさまに振られたらいつでも戻っておいでよ! シンもきっと喜ぶし」

「──て言うか、そもそもシンさんの気持ちはちゃんと考慮に入っているの? このお話は……」


「その点は大丈夫だと思いますよー フィオナもルシオラさんも、お兄ちゃんの好みの『どストライク』ですから……」


 たまらずにメナスが会話に割り込んできた。


「それ前も言ってたよね〜 ほんとにほんとなの?」 


 ルシオラまでもが「根拠はあるの?」と言う表情でメナスの答えを待つ。


「実はですねー こんなコトもあろうかと……」


 メナスは自分の旅行鞄に手を入れて、その中でこっそりと【亜空間収納アンテラウム】の呪文を唱えた。


「こっそり持ち出してきちゃいました」


 鞄から取り出したのは、岩山の隠れ家セーフハウスにあった、彼の蔵書の数冊のカストリ雑誌だった。


「えっ⁈ これって……」


 3人の乙女は初めて見る世俗の大衆雑誌を見つめ顔を赤らめた。


 この中で一番幼い風貌のメナスが、事もなげにページを開いて見せる。


 そこには二色刷りの活版印刷で小説のような文章が並び、その横には赤毛の農夫の娘が豊かな胸をあらわにし、たっぷりと敷き詰められた飼葉の上で扇情的なポーズを取っている挿絵が添えてあった。 メナスがページをめくる度に、それはより過激になっていく。 おそらくは全く免疫のないであろうシャウアが茹でダコのように真っ赤になっている。


「ね、小柄で童顔でおっぱいとお尻の大きい農家の娘さん……」


「明るくて元気印で、おまけに赤毛で…… どこかの誰かさんみたいでしょ?」


 フィオナは顔を真っ赤にしながらも興味津々で見入っていた。 心なしか鼻息も荒い。


 もう一冊の本では何と、清楚な修道女が同じようにあられもない姿を晒していた。


「こんな…… こんな不道徳でふしだらで、破戒的で破廉恥な……」


 わなわなと肩を震わせページをめくりながらも、ルシオラは食い入るように挿絵を目に焼き付けていた。


「ね、こっちの女の人は清楚で知的で、やっぱりおっぱいとお尻が大きくて… まるでルシオラさんみたいでしょ……?」


 今度はルシオラが茹でダコになる番だった。 ぼふっと音がして、頭から白い湯気が立ち昇る。


「ふたりとも、お兄ちゃんの好み『どストライク』だと思うんだ」


 とんでもない事を言う妹があったもんである……


 実際ユリウスは王都で出版される全ての書籍を、文化的財産の保護という使命感を持って蒐集しゅうしゅうしていたのだが…… しかし、このふたりの女性が好みのタイプだと言うのもまた、紛れもない事実であった。



 四人の乙女たちはしばらくの間…… 本題もそっちのけで読書に耽っていたと言う……

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