第44話 ~砂岩の蹄鉄亭にて〜


 ユリウスたちが… つまり、シンとメナスとフィオナの三人がギルドの試験に合格して無事に冒険者になった日…


 実際には様々な事があったのだが…


 その日から2日後、ユリウスたちの泊まっている宿『砂岩の蹄鉄ていてつ亭』に、冒険者ギルドの美人受付こと、ルシオラ・スキエンティア嬢が訪れた。


 ルシオラはギルド職員だったが、この度ユリウスたちのパーティを補佐するために僧侶プリーストとして冒険者に現役復帰したのだった。


 ギルドの仕事の引き継ぎがまだ残っているため、ギルド本部の単身者用住居はまだ引き払っていなかったが、もう『砂岩の蹄鉄亭』にも部屋を取る事にしたようだ。


 その理由はすぐに分かった。


 ユリウスの部屋… (二人部屋だが、空きがなかったため一人で使っていた)に三人が集まり、そこへルシオラが少女を連れて訪れたのだ。


 ルシオラの後ろに付いておそるおそる入室した少女は、ルシオラに促されてぺこりと頭を下げた。


「わっ か〜わいい〜♪ ルシオラさんの妹さん?」


 歓声を上げたのはフィオナだった。

ユリウスは知らない振りをしなければならず反応に困ってしまう。


 少女は緩くウェーブのかかった金髪に碧い目をしていて、確かにルシオラの妹と言われても違和感はなかった。


「あの、あのね…… 驚かないで聞いて欲しいんだけど…… 実はこの子は…… シャウアなの……」

「えぇ〜っ シャウアさんって、あの──」

「待ってっ! ちょっと話を聞いてっ‼︎」


 フィオナの言葉を慌てて遮ると、ルシオラは一昨日の夜あった事をゆっくりと言葉を選びながら話してくれた。


 ルシオラの部屋に行方不明の三賢人のひとり、大魔導師ユリウスが訪れた事…… 

 彼が瀕死の重傷を負ったシャウアを助けて、彼女の『時間』を止めていた事……

(これは厳密には『時間魔法』ではなく『冷凍保存コールドスリープ』みたいな物なのだが…)

 その治療法がやっと見つかり、当時のままの年齢…… 14歳で彼女が帰ってきた事……

 彼の失踪の理由は教えてもらえず、これからも身を隠し続けるという事……

 この事は誰にも話してはいけないと言われたが、無理を言ってこの三人にだけ話す事を許してもらった事……


 話の最中、フィオナはずっと口を開けて驚きっぱなしだったが… 後半になると大きな瞳いっぱいに涙をため、話が終わる頃には嗚咽を漏らしていた。


「どうしたの… フィオナ……?」


ルシオラが驚いて声をかける。


「だって… だって… 死んだと思ってたシャウアさんが生きてたなんて……」


「ありがとう… フィオナ…」


シャウアも涙ぐんでいた。


「ありがとうございます… 心配をおかけしてすみません…」


「あらためて紹介するわね。 こちらは私の新しい冒険者仲間の方たち…… つい一昨日試験に合格して冒険者になったばかりなの」


「こちらが、フィオナ・フィアナさん……

お隣が、シン・イグレアムさん……

最後がその妹さんで、メナス・イグレアムさん……」


 ルシオラはベッドに並んで座っている順に紹介した。

 フィオナは元気よく、ユリウスとメナスはどこかぎこちなくお辞儀をした。


「そしてこの子が、シャウア…… 私の籍に入って、今日からシャウア・スキエンティアになりました」

「そうなんだ〜 確かご家族が…… あ、ごめんなさい……」


 フィオナが慌てて口を押さえた。


「いいんです…… 私、両親が他界して親戚に預けられたんですけど、そこでも疎まれて教会に逃げてきたんです」


「そこで、ルシオラお姉ちゃんにとっても良くしてもらって…… 当時から本当のお姉ちゃんだと思ってましたから」


 ルシオラもシャウアもフィオナも、メナスさえもしんみりと涙ぐんでいた。


 もっともメナスの場合は演技の可能性もあったが。


「それで…… 私とシャウアは、この『砂岩の蹄鉄亭』に二人部屋を取りましたので、しばらくはここで一緒に暮らすことになるかと思います」

「そぉなんだ〜 良かったね〜 ほんとに……」


「それで…… シャウアさんは、これからどうするつもりなんですか?」


 今までほとんど口を開かなかったメナスが尋ねた。


「うん…… しばらくは療養のためにもゆっくりしていると思うんだけど……」

「シャウアさんって僧侶プリーストなんだよね……? もう冒険者はやらないの?」


 これはフィオナだった。


「それは難しいでしょうね… 冒険者登録する時に検査用の【魔道具アーティファクト】を使ったら、この子の素性が判明して多分大騒動になってしまうから……」

「あ〜 そっかぁ〜」


「私いいんです…… もともと冒険者は向いてなかったと思いますし。 お金が貯まったらパン屋さんでも開きたいなって思ってて」


「それで、落ち着いたらどこかのパン屋さんで雇ってもらったらいいじゃないかと思ってるんです」

「そっか、夢が叶うといいね」

「はい、ありがとうございます!」


「そう言えば、シャウアとフィオナとメナスちゃんは同い年なのよね? 全然そんな風に見えないけど」

「あぁ〜っ そう言えばそうだね〜! よろしくね、シャウアちゃん!」

「はいっ こちらこそよろしくお願いしますっ!」


シャウアは深々と頭を下げた。

 空中をしぴしぴと舞う汗が目に見えるようだった。


「それで、新しいパーティの仕事なんだけど…… この子の事や仕事の引き継ぎもあって、一週間くらいは待って欲しいんですけど……」

「あ、全然構いませんよ…… 装備もほとんどダメになっちゃいましたし…… それにフィオナは…… なぁ?」


 ユリウスは隣に座るフィオナの方を向いて言った。


「うん、わたし2、3日くらい、ギルドのサムライの職業研修を受けようかと思って」

「えぇ〜 フィオナさん、侍なんですか⁈ すごいです〜!」


シャウアが初めて少女らしい歓声を上げた。


「そんなコトないよ〜 メナスちゃんなんて、こう見えて適性検査で史上初の【SSS+】判定を叩き出したんだから!」

「えぇ〜っ 嘘でしょう〜っっ⁈」


メナスが無表情でピースサインを作る。


「それじゃあ…… こちらの方も……」


 シャウアが期待を込めた表情でシンの顔を見た。


「いや、オレは【D-】判定だった」

「……あ、そうなんですね」

「なんかすまん」


すっかりオチ・・に使われてしまった。


 三人の少女たちは、やっと打ち解けたように和やかに笑いあっている。


 それを見守るルシオラの瞳にうっすらと涙が浮かんでいた。


(これで良かったんだよな……)


ユリウスは胸の中で呟いた。


 メナスの提案に乗って彼女を『蘇生』させたが、それは通常では不可能な高位の術と【賢者の石】があって初めて可能となる奇跡の体験だった。


 もしかしたらこの世界のどこかで『反動』と言うか『歪み』が生じていても不思議はなかった。


「それで、オレたちも…… 昔、王都にいた頃お世話になった所を回ろうかと思ってまして…… 一週間くらいならちょうどいいかなって」

「そうなんですか…… それは良かったです」


「それではまた……」

「またね〜 近いうちに!」


 とくにフィオナとシャウアはすっかり仲良しになっていた。


 部屋を出て行く時にルシオラが思い出したかのように振り向いて言った。


「あ、シンさん…… 左手の傷どうですか?」

「えっ? もう痛みもないし大丈夫だと思いますが」


 ルシオラはわざわざ戻ってきてシンの手を取り、真剣な表情で左手の平をじっと見つめた。


 ……しばらく沈黙の時間が流れる。


「大丈夫みたいですね。 よかったです」


 そう言ってルシオラは、シャウアを連れて退出して言った。


 部屋出る時、シャウアが振り返りぺこりと頭を下げたのが印象的だった。


 ユリウスはしばらく自分の手の平を見つめていた。


(まさか、な……)


「ねぇ、ところでシン?」

「わっ…… なんだフィオナか⁈」

「フィオナか、はないでしょう? 可愛い婚約者フィアンセに向かって」


 フィオナはユリウスにぴったりと肩をつけて可愛らしく唇を尖らせた。


 そうなのである……


 勢いに任せてとは言え、一昨日の晩にふたりは将来を誓い合ったのだった。


 もちろん迷いは不安は尽きなかったが、今すぐ彼女を失うという現実にユリウスは耐えられそうになかったのだ。


「今日ルシオラさんに私たちのコト報告しようと思ってのに…… なんか、それどころじゃなくなっちゃったね〜」

「ほんとにな……」


「まかしといて、今度わたしがうまく言っとくから」

「あぁ、頼むよ」


 本当は不安しかなかったが、自分でその場に居合わせる気苦労よりも、彼は少女に丸投げする道を選んでしまった。


 これが失敗の元とは知らずに……


「ねぇ〜 シンんん…… チューしてぇ」


 フィオナがぽてっとした桜色の唇を突き出してくる。

実はあれから結構な回数キスをしていた。


 ユリウスは困ってメナスの方を見る。


メナスは不自然な角度に首を曲げ、後頭部で「気を使ってますよ」アピールをしていた。


 ユリウスはフィオナの小さな顎に手を添えて、そっと唇を重ねた。


「うぅ〜ん、シン! だぁ〜い好きぃ〜♪」


 フィオナはシンに覆い被さりまた唇を重ねてきた。

 ベッドに倒れ込む時、一瞬だけメナスの横顔が目に入る。


 それはなんとも言えない、能面のような表情をしていた。

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