第24話 〜洞窟(ダンジョン) 第二層〜


 結論から言うと、下層に降りると言うユリウスの提案に反対する者はいなかった。

 フィオナは深く考えずに同意してくれたし、もとよりメナスとは【念話テレパシー】で相談済みだ。


 ルシオラは少し顔をしかめたが試験官という立場上、口は出さない事にしたようだ。


『第二層』へ降りる穴は、約1mくらいの四角い穴で、比較的新しい金属製の梯子が取り付けられていた。


「これは最近ギルドが取り付けた物ですね… 昔は冒険者が自分で用意したロープなどで登り降りしていたようですが…」

「ほんと至れり尽くせりだね〜」


 まず盗賊シーフのユリウスが様子を伺う事にする。

松明を片手に梯子をゆっくり降りて行く。


(メナス、このすぐ下はどうなってる?)

(あれぇー 冒険自体はズルしないんじゃなかったんですかー?)

(違う違う! 例のヤツがどれくらいの距離にいるのか知りたいんだ…)

(あぁ、なるほどー… モノは言いようですねー)


 上の層と下の層は、7〜8mくらいの厚さの岩盤で区切られているようだった。

 『第二層』の天井より下に頭が出ると松明の光で床も見えてきた。 それは石造りの床だった。


(すぐ下はここと同じような小部屋になってますねー… その先にさらに大きな広間があって… あれ? なんだろう、壁や床がなんか違いますねー…)

「あぁ、これは炭鉱じゃない… 石造りの遺跡になっているな…」


 ユリウスは他の者にも聞こえるように声を出した。


 周りの安全を確認してから、ユリウスは床に足を下ろした。

 次にメナスが降りてきて、腰の辺りが見えたあたりでひょいっと飛び降りてしまった。

 ユリウスの隣に音もなく着地する。


(マスター… ヤツですが、この先の大広間の奥にある細い通路に隠れているっぽいですね…)

(そうか、わかった)


「ほんとだ〜 上と全然ちがうね〜」


フィオナの声だった。

 何気なく上を見ると革のズボンにぴっちりと収まった大きなヒップが揺れながら降りて来るところだった。

 ユリウスは思わず視線を逸らした。


最後にルシオラが降りてくる。


「実はこの『第二層』は、炭鉱夫が偶然発見した古代遺跡ではないかと言われています…」


「昔は危険なモンスターや貴重な財宝の宝庫だったそうですが、現在では上の層同様踏破され尽くして危険は少ないと思われます」

「へえ〜 面白いね、こういうのも」


「この遺跡自体は、いつの時代の物か分かっているんですか?」


ユリウスが純粋な好奇心で尋ねた。


「いえ、実はよく分かっていません…」

「伝説の【ドワーフの大洞窟グレート・ダンジョン】の一部じゃないかと言う説もありますが、東西の通路が崩れて完全に埋まってしまっていて、もう調べるコトも出来ないんです」

「ふうん…」


ドワーフの大洞窟グレート・ダンジョン】と言うのは、古代のドワーフたちが作ったヴェルトラウム大陸を東西に横断すると言われる巨大迷宮遺跡である。 と言っても、その存在は伝承に残されるのみで『ここが確実にそうだ』と断定される遺跡はひとつも発見されていなかった。


 ユリウスは松明を掲げて石造りの壁面を眺めた。


考古学は専門ではないが多少は興味がある。

 三賢人のひとり、宮廷錬金術師のミュラーは【魔法遺物アーティファクト】の権威という事もあり考古学も専門分野だった。

 話題に出た事はないが、きっとここの事も知っていたに違いない。


 その時小部屋の隅で聞き慣れた音がした。

四人が振り返ると脇道の一つから、ちょうどひょっこり一匹の【腐肉喰らいスカベンジャー】が顔を出したところだった。

 しかしその肉食甲虫は、そのまま来た道を慌てて引き返していった。

 どうやら一匹では分が悪いと思ったのだろう。


「ふぅ〜…」


フィオナがそっと胸を撫で下ろした。


「それじゃあ、そろそろ先に進んで見るか」


 フィオナとメナスが頷く。

ひし形の陣形を取り、先頭のユリウスはメナスが言った大広間を目指した。


(マスター、上の連中が洞窟内に侵入しましたね… さっきの広間に向かってます)

(そうか、動き出したか…)


 通路は横に二人並んで歩ける程の広さはあったがそのまま戦闘するのは難しそうだ。


(どうせ遭遇するならやっぱり広いところか… いざとなったらこの二人を護らなきゃならないし…)

(それは【力】を制限したままでってコトですか?)

(それは……)

(そういうのはちゃんと決めといてもらえますかねー)


 その通路を20mも進まないうちに一行は次の広間に辿り着いた。


 それは一辺の長さが30mほどはありそうな正方形の大広間だった。 天井の高さも7〜8mは優にありそうだ。

 松明とランタンの明かりでは薄っすらとしか見えないが、東西南北の壁にそれぞれ同じような通路が続いているようだった。

 とりあえず動く物の姿はない。


四人はおそるおそる足を踏み入れた。


(メナス、ヤツラの動きは?)

(まだ上の層にいます。 下のヤツも動いてません…)


「なんだろう? なんかイヤな予感がするな…」


 フィオナが不安そうに辺りを見回す。

心持ちこの広間に入ってから湿度や匂いが変化した気もする。

 大広間の中心付近手前でユリウスが足を止めた。手の平を掲げてパーティに制止を促す。


「ルシオラさん、ここ罠がありますよね?」


 ユリウスは床に敷き詰められた石畳を指差した。広間の床には1mほどの正方形の石板が綺麗に敷き詰められている。


「お見事です。 ただこの罠はかなり危険なので、ギルドの方で作動を停止させました」

「そうなんですか〜 じゃあ踏んでも大丈夫なの?」

「念のため、どんな罠なんですか?」

「落とし穴の一種ですね、ただ深さがかなりあるのと、今は撤去しましたが底に毒の槍が並んでいたり……それから」

「まぁ、踏まないに越した事はないだろ…」


 そう言いかけた瞬間、フィオナが石板に片足をかけていた。


「あっ…」


ズッ… ズズッ…


 石板がフィオナの片足を乗せたまま滑らかにスライドしてゆく。

彼女が大きく脚を開いた状態で身動きが取れない内に、そのまま周りに隣接する石板も花が開くように放射状にスライドを始めた。


ズズズズズ……


「あっ あっ あっ…」


 ユリウスがフィオナの腕を掴み抱き寄せるが、その時にはもう彼自身の乗る石板もスライドを始めていて、最後尾のルシオラが思わず助けに駆け寄ったその時、9枚の石畳が床の中に消え直径3mの大穴が開いた。


 ユリウスが一瞬呪文を唱えるのを躊躇ためらった瞬間だった。


「【空気の盾アトモス・シルト】‼︎」


 ルシオラが僧侶呪文を唱えた。

三人はもつれ合ったまま落下し穴の中程の空間に倒れこんで停止した。

 彼女の呪文で【空気の盾】を床のように出現させたのだ。

 これは硬質な盾ではなく多少の弾力があり、マットレスのように衝撃を吸収するのだ。

三人は中空で絡み合ったまま寝そべる格好になっていたが、突然その盾が消失した。


「きゃあああぁ〜っ‼︎」


さらに1m程落下して穴の底に落ちた。


「いてててて… 大丈夫か?」


 開口部は3mだが、そこから漏斗状に傾斜が付いており、中心部は直径1m深さ3mほどの四角い穴になっていた。

 ユリウスは空中で身をひねりフィオナを抱きかかえる形で落下したので、一番下に膝を曲げて倒れ込んでいる。

その上にうつ伏せにフィオナが抱きつき、さらにその上にルシオラが乗っている状態だった。

【空気の壁】がなかったら今ごろ大怪我をしているところだろう。


「マ… お兄ちゃん、フィオナ、だいじょーぶ?」


上からメナスの声が聞こえる。


「大丈夫だ! お前ロープは持ってたか?」

「ちょっとまってー 見てみるー」


「ありがとう… 助かりましたよ」

「いえ、ごめんなさい… 本当はもっと盾が保つ筈なんだけど…」

「たぶん盾の端に石壁が触れていて、それが攻撃判定になって耐久値が一気に無くなったんだろう…」

「そうですね… そうだと思います」

(この人… 何で魔法にも詳しいのかしら…?)


 そう言いながらルシオラは、フィオナの背から降りて横のスペースに立った。

 フィオナの表情は少し青ざめていた。


「ごめんね… ごめんね… わたしのせいで…」


 フィオナはユリウスに抱きついたまま泣きじゃくっていた。

この1m程の穴の広さでは、三人が身動きするのもままならない。


「大丈夫… 誰も怪我してないし…」

「試験落ちたらどうしよぉ〜…」


 なんとかフィオナをなだめて、三人はゆっくりと立ち上がってみた。 大人が三人だと装備も合わせてほぼ密着状態となる。

松明は上に落としてしまったが、ルシオラのランタンはここにあった。

 洞窟自体の湿った匂いと三人のえた汗の匂いが混じって妙な気分になってくる。


「なんだろ… さっきから、この匂い?」


フィオナが小動物のように鼻をすんすん鳴らす。


「ごめんなさい… 私、汗臭いかも…」


ルシオラが真っ赤に頬を染めた。


「ちっ… 違うよ! そう言うんじゃなくって…!」


「お兄ちゃん! ロープはお兄ちゃんの荷物じゃない?」

「そうだったかもな… 待ってろ、いま投げるから」


 ユリウスはなんとか背嚢はいのうを下ろすと、穴の外へ投げ上げた。 他のふたりもそれに習って背嚢を投げ上げた。 おかげで少し穴の中が広く感じられる。


 穴の石壁は、ほぼ垂直で高さ3mくらい。

よく見ると水捌けのためだろうか、10cmくらいの穴がいくつも開いている。


「これくらいの高さなら、両壁に手足を突っ張って登れるかも知れないな… あの穴に手足をかけて……」


 その時だった。 その10cm程の穴の中から緑色の粘塊が強烈な刺激臭とともに溢れ出てきたのだ。


「【アシッド・スライム】⁉︎」


 ルシオラが叫んだ。

周りを見ると全ての穴から粘液が溢れ出ている。


 ルシオラは腰のポーチから一本の【巻物スクロール】を取り出した。


「【強酸耐性レジスト・アシッド】‼︎」


 ルシオラの手の中の巻物が一瞬輝きを放ったあと塵のように崩れ去った。


 そうしている間にも緑色の粘液は次々と溢れ出し穴の底を満たしてゆく。


「やだやだ… 気持ち悪いぃ〜‼︎」


「服を脱いで上に投げるんだ!」

「えっ… でも……」


 ふたりともユリウスの意図は理解したようだが決心がつかないようだった。

ユリウスは辛うじて革の胸当てと上着を脱いで放り投げた。

 意を決したのか、フィオナは革の胸当てだけは何とか外して投げ上げた。


 瞬く間に緑の粘液は、三人の腰の高さまで上がってきた。

すでに革の衣類は溶解を始めていて白い煙を上げている。

 身体は【強酸耐性レジスト・アシッド】の呪文の効果で今のところ害はないように思えるが、意思を持った粘液が肉を溶かして捕食しようと蠢動を繰り返し非常に気分が悪かった。

 フィオナはたまらず、愛刀を鞘ごと上に投げ上げた。


「やだやだ… たすけてぇ〜…」

「スライムには【核】があります! それを壊せば……」


 ちょうどその時ユリウスの目の前に、拳大の果実のような玉が流れてきた。

ユリウスは粘液中を漂うその玉を掴むと腰の短剣ダガーを突き立てた。

 盗賊シーフの師範に貰った【耐蝕】効果の付与された短剣ダガーだ。


 少し硬い外皮が割れると中身がどろりと溢れ出し周りの粘液が動かなくなった。

 しかしそれでもまだ動いている粘塊があった。


「一匹じゃないぞ! 何匹かいるみたいだ!」


すでに粘液は女性たちの胸の高さまで達していた。


「あ〜っ あった! こいつめっ! こいつめっ! ふぇ〜ん… にゅるにゅるすべってつかめないよぉ〜っ‼︎」


 フィオナは見つけた【核】と泥鰌掬どじょうすくいのように格闘していた。


 フィオナが1つ、ユリウスが2つ、ルシオラが1つ核を潰してやっと粘液は動かなくなった。


「スライムは倒しましたがこの粘液は強酸性を保ったままです! なるべく早く上がらないと…」

「メナスっ! どうしたっ…? ロープはまだか⁈」


 メナスは落とし穴を背にして立ち、一行が入ってきた方の通路を見据えていた。


「すみませんみなさん… ちょっとお客さんみたいです…」



 その時地上へ向かう通路を抜けて、三つの人影が姿を現した。

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