第16話 〜砂岩の蹄鉄亭~


 三人が冒険者ギルドの建物を出る頃には、すっかり陽が傾いていた。


 眼鏡の美人受付嬢こと、ルシオラ・スキエンティア嬢にオススメの食堂と宿屋を尋ねたところ、ギルドと提携している食堂兼宿屋を紹介された。

 料金も良心的でセキュリティも最低限は保証されるし、何より冒険者同士の情報交換の場にもなっているという。


 目抜き通りから一本横道に入った路地にある『砂岩の蹄鉄ていてつ亭』という看板をユリウスは見上げた。


 蹄鉄は、この王都の城壁や街並みが蹄鉄型に配置されている事から度々目にするモチーフだ。


「にぎやかな食堂だねぇ〜」


 フィオナが物珍しそうにきょろきょろと見回している。 食堂といっても、そこは荒くれ者の集う冒険者の宿だ、当然酒を出すし酔っ払いもいる。


「どうする? 先に部屋を取ってから食事にするか? 食堂が恐ければ部屋にも持ってきてくれるらしいし…」

「う〜ん、でもこれから冒険者としてやっていくならこれくらい馴れなくっちゃね」

「ボクはどっちでもいいよ」

「取り敢えず部屋があるかだけ確認しておくか」


 結局部屋は、二人部屋しか空いていなかった。 ひとり部屋は満室。 三人部屋、四人部屋は最初から考えていなかった。


 二人部屋を二部屋取って、フィオナとメナス、そしてユリウスがひとりで使う事にした。

 部屋代は一日大銀貨1枚… 一ヶ月分前払いだと25枚になると言う。 二部屋でその倍だ。

二人部屋と考えればむしろ安い方だろう。

 もう引き返すつもりはなかったが、装備の準備もあるので取り敢えず一週間分x2の、銀貨14枚を支払った。


「すごい… シンへの借金がどんどん溜まってく… わたしほんとに返せるかなぁ」

「今からでも三人部屋にしてもらおうよ、どうせ遠からずお兄ちゃんのお嫁さんになる人だし」


 メナスが真顔で冗談を言う。


「やめてよ、メナスちゃん! ほんとに意識しちゃうじゃない… わたし大家族だから別に雑魚寝するだけなら三人部屋だって構わないし… それにこないだ芝生の上で三人で寝たじゃない」

「うん、かわいいイビキかいてたね」

「ちょ…っ 嘘でしょ…⁈ わたし変なコト言ってなかったわよね⁈」

「さあねー ヒミツー♪」


「おい、お前らいい加減にしろよ… もし本当に三人部屋にするとしても、実技試験が終わってから考えればいいだろう」


 ユリウスはこの先を思って、少しだけ暗澹あんたんたる気持ちになるのだった。


 鍵を受け取り荷物を部屋に置く。

幸い二部屋とも三階の続き部屋だった。

念のためこっそり【侵入感知インベージョン・センス】の呪文をかけておく。

 本当は極力魔法は使いたくないのだが、何かと危なっかしいフィオナのためならそんな事は言っていられない。


 食堂に降りると三人はちょうど空いた奥の座席に座り少し早い夕食にした。

 たまに冒険者らしい客のこちらの様子を伺うような視線を感じたが、とくに絡まれるような事はなかった。

【SSS+】判定の冒険志願者の話はもう噂になっている筈だったが、ヒョロヒョロの中年男性と女子供二人という組み合わせにどう絡んでいいのか分からないのかも知れない…


 メニューを眺めて、店主のオススメだと言うチキンの山賊焼きを試してみる。

 山賊焼きはニワトリのモモ肉をガーリックとオニオンのたっぷり効いたタレに漬け込み、片栗粉にまぶして油で揚げた料理だ。

 要はでかい唐揚げなのだが油を大量に使うので旅行者などにはあまり口に出来ない料理でもある。


「おいひぃ〜♪」


 フィオナが満面の笑みを浮かべて口いっぱいにチキンを頬張る。

メナスはというとナイフとフォークを器用に使って小さく切り分けた肉を少しずつ口に運んでいた。


「うん、まあまあかな… ボクのチキンのグリル猟師風カチャトーラには負けるけど」

「メナスちゃん、お料理できるの?」

「むしろ出来ないとでも?」


 フィオナもつい歳下のような気がして「ちゃん」付けをしてしまったが、一応 14歳(と言う設定)のメナスだ。

料理は出来て当然だろう。


「もしかしてフィオナ、料理音痴?」

「え…っ だってわたし兄弟多くて… 料理は上のお姉ちゃんたちが… 畑仕事に水汲みと、お洗濯と弟妹たちの世話はよくやってたと思うけど……」

「そうか… それなら料理くらい出来なくたって仕方ないな。 えらかったな」

「うん… ありがと、シン」


「ちょっとー 妹のボクの前でいちゃいちゃしないでくれますかー!」

「いちゃいちゃなんかしてない!」


──────────


「それじゃあ明日から三日間は各々ギルドの研修に出て、その時に装備とかの相談も聞いてきて、四日目にみんなで街に買い物に行こう… それでいいな?」

「それでいいで〜す♪」

「異義なし」


 蜂蜜酒ミードを少しだけ舐めたフィオナは少し酔っ払っているようだ。 普段から明るくて快活なヒマワリのような娘だが、今夜は一段とテンションが高かった。

 と言っても、まだ知り合って二日しか経っていないのだが。


「それじゃあ少し早いが色々あって疲れたしもう部屋に戻って寝るか」

「え〜 もおぉ〜? わたしもっとお話しした〜い!」

「まあまあ、恋バナとかボクが付き合うから」

「ほんとっ⁈ やだそれなんか楽しそう♪」

「お前ら夜更かしもほどほどにして早く寝ろよ… 明日から研修なんだから」

「はぁ〜い フィオナりょ〜かいでぇ〜す♪」


 フィオナは衛兵なんかがする敬礼の仕草をマネて見せた。


 結局ユリウスとメナスは、ふたりで両側からフィオナを支えて三階の部屋まで帰る事になった。


 部屋に戻ってユリウスはやっと一息ついた。 思えば人と行動を共にするのも7年振りだが、人のペースに合わせて行動するのは覚えてないほど久し振りの事かも知れない。


 体の疲れもだが、特に気疲れがひどい気がする。 肩に手を当てて首をゆっくり回してみる。


 しかし、これはこれで、たまにはこんなのも悪くない… 少しだけそんな気がした。


(マスター、起きてますか?)

(どうした? 何か異変か?)


 突然メナスが【念話テレパシー】で話しかけてきた。

侵入感知インベージョン・センス】の呪文に反応は無い。


(マスター… 実は今、ふたりでパジャマに着替えているんですが…)

(分かったもういい)

(待ってください! 大変なんです!)

(…… 一応、聞こう)


(東方の国では、体毛が濃い女性は情け深い・・・・って言うの知ってます…? フィオナ嬢の下の───…)


 ユリウスは【念話テレパシー】を切ると、ベッドに仰向けに横になった。


 隣の部屋からは少女たちの嬌声が、しばらくの間止む事はなかった。


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