止まぬ思い
南国の海は青く、本州とは段違いにきつい陽射しを波間に散らして輝いている。
その輝く青い海に一筋の白い線を残して船がゆく。
風を受けて孕む帆が白く輝く。
二年前に病のため、三男に家督を譲り、隠居した細川与一郎忠興は、出家して三斎宗立と名前を改めた。
そして、いつものように天守で、こちらに向かう船を見つめていた。
いつも、いつも、期待は裏切られる。
三斎の焦がれる想いを知らぬように、光の中進む船を眺めていると、来し方が胸に迫ってきた。
あの黄金の日のあの方の笑顔。
その現し身のようなあの人。
なんと鮮烈で、遠い日であろうことか。
たった一人、取り残された孤独が身を蝕む。
胸に空いた穴は、黒く深く、冬の夜のような木枯らしが吹き荒ぶ。
せめて、海に砕けて散るあの黄金の日の名残の光を掴もうと、三斎は痩せて蝋のような白い手を延ばした。
掴んだと思った光は……指の間から漏れていく。
静かにあの日の涙が一筋、痩せた頬を伝って落ちていく。
もう期待はすまい。
あの人は帰ってこないのだ……
何度言い聞かせても尚、白い帆を張った船が行くのを見る度に、もしやと期待することを止めることができない。
浅ましい。
なんと浅ましいのか。
三斎は自分の心をきつく戒めた。
あの方の血は、凡人に触れることを許さぬ神獣のものなのだ。
諦めたい……
諦めたいのだ。
三斎は魂をふり絞るように、手すりに縋り咽び泣いた。
その時
「三斎様!」
天守の階段を登ってくる小姓の声が響いた。
「米田様が!」
「……!」
三斎は大きく目を見開いた。
「帰って……帰って……」
(来てくれたのか……)
痩せた唇が空気を
長い夢の果ての到来に、嘘だという気持ちが湧く。
現はあまりにも過酷で、いつも、いつも三斎を傷つける。
しかし、その船はいつものように進路を東へ切ることなく、そのままゆっくりと陸地を目指した。
元和八年、その日、米田是季が細川家に帰参した。
史実にいう
「一、壱人ハ自身
一、壱人ハ母
一、壱人ハ女房
一、壱人ハせがれ
一、弐人ハ侍
一、八人ハ小姓
一、壱人ハ台所人
一、七人ハ女房たち
一、四人ハはした
一、十六人ハ中間、小者
上下合四十弐人
外馬一疋」
豊臣家崩壊から三年。
米田是季は四十一人を引き連れ、細川家に帰参した。
帰参時の禄高二千石
三年後 六千五百石
家老職へ就任
更にその九年後 一万石
没後に一万五千石へ。
主家を裏切って豊臣方についた筈の米田は、帰参後、着実に細川家で出世した。
とまれ、現在に戻る。
天守から身を乗り出した三斎が見守る中、船から降りた米田はその地に足を下ろすと、1人の女性を陸へ
三斎は頭から
苦労を重ねても尚美しい、大輪の紅薔薇の花のような微笑み。
「ああ……」
三斎の頬を流れ落つる涙が、手の甲に落ちて、陽の光を受けて強く、強く輝いた。
あの日々を取り巻いていた黄金の光のように。
「ああ!」
その人を迎える為に、三斎はゆっくりと天守を降り始めた。
苦しい夢の出口へ。
その胸に抱くまでは、止まぬ思いがある。
(了)
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