世界に忘れられた君と紡ぐ
上田怜
プロローグ
外で騒いでいるセミの鳴き声を拒絶する静寂。視界を白一色に染める空間は、何度来ても慣れないものだ。音一つたてることすら許されない独特の雰囲気。
何度も来ていて既に憶えた道を一直線に進んでいく。のっぺりとした扉をスライドする。音をたてることがはばかられる空気の中で、スライド式の扉はありがたい配慮だ。
流れてくる空気が甘い香りを運ぶ。ベットに横たわっていたのは僕と同じ年くらいの少女。
艶やかな黒髪とは反対に、今にも折れそうな腕。そのあまりにも痛々しい姿に息が詰まる。
「や、やあ。お見舞い来たよ。」
その言葉がきっかけなのか、彼女の目が開く。
眠りから覚めたというよりは、起動したといったほうが正しいような目覚め方。
「来てたんだ。」彼女はにこりと笑うと、ゆっくりと上体を起こそうとする。でも、うまく力が入らないのかよろめいてしまう。僕は慌てて彼女の背中に手を置き支える。手に残った感触は骨ばっていて、彼女がもう残り少ない事実が否が応にも突きつけられる。
「ありがとう。えへへ…すっかり変わっちゃったね。」
はにかむような笑顔もどこか弱々しい影がかげる。
「縁起でもないこと言うなよ!治ったら、また一緒に色んなとこ行こうぜ。」背後から忍び寄る得体の知れない何かを振り払いたく、無意識のうちに強い語気になった。
「そうだね。まだ行きたいところ、山ほどあるもん。絶対に元気にならなきゃだね。」そう呟くもその語調は弱々しい。
いつも僕を振り回していた快活な彼女はもう見る影も無かった。
「ねぇ、私のこと憶えてる?」
「当たり前だろ。」当然だ。僕の人生は彼女によって作られたも同義なのだから。死んでも忘れるものか。
「憶えてるよ。最初会ったのは桜並木だろ?」
そう言うと彼女は笑った。その笑顔は僕のよく知る彼女だった。
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