「お……、須賀悠人様っ。私はシノシュアメイドロイドサービスより参りました、メイドアンドロイドのユイリーと申しますっ。これから悠人様の義手義足が慣れるまでの間、悠人様をお世話いたしますので、どうぞよろしくお願いいたしますっ」

「ゆ、ユイリー……?」

 僕、須賀悠人(という名前だそうな)は憧れの外資系大企業(……どこだっけ?)に就職し、幾年か経ったらしく、若いながらも大プロジェクト(……なんだっけ?)を任されたらしく、それをやりきったみたいで、一息ついて、さて次は自分の生涯のパートナー探しかな、それとも青春や恋愛をエンジョイするかな。そんなことを思っていた(らしい)、その矢先に。


 事故に遭った(そうな)。


 ある春の朝、出勤して乗った自動運転車に、暴走した手動運転のトラックが側面から突っ込み、僕の車は吹き飛ばされたそうな。

 それでよく生きていたなと我ながら思うものだが、その代償に、両の手足と多くの記憶を失った。

 幸いにも電脳やら人工知能やら義手義足技術やらが進んでいるというこの世の中のおかげで、電脳接続の機械仕掛け(正確にはそうでもないらしく、見た目は人間のそれそのものなのだが)の義手義足をつけるなどの手術をして、無事退院できることになった。

 それでも両手両足が自分のものじゃなくなり、自分が一体何者なのかよくわからない気持ちでいっぱいのまま、僕は、自分のものらしい荷物を自動走行キャリアに載せて病院のロビーへと出た。

 そこで出会ったのは……。

 見たことがあるような、それでいててんで記憶にない美少女アンドロイドだった。

 こんなアンドロイド、市販されていたかな……。

 目を細め、首を傾けた僕の顔を見て、

「あれ、どうなさいました悠人様?」

 と何も知らない様子でにこやかにユイリーと名乗ったメイドロイドは問いかけてきた。

 そこで僕はまじまじと彼女を見た。

 フレッシュな色の肌に、金の長髪、碧く切れ長の眼、整った歯並びの口、淡いピンクの唇、こんもりと高い鼻、それらが細長く美しい円を書いた顔に適切な位置に配置され、まさに十七か十八歳ぐらいの美少女、といった顔立ちであった。むろん、昔論じられていたいわゆる「不気味の谷現象」はクリアしている人間のように自然な顔立ちだった。

 そんな彼女は日本人モデルの女性型アンドロイドとしては高身長のボディに、頭部に識別用とセンサーインターフェースである、赤と青のデバイスアクセサリをつけ、ぴっちりと体にフィットした(おかげで胸と尻は大きく見える)青と白を基調としたアンドロイドスーツを身にまとい、ここかしこに機械であることを証明するハードポイントやデバイスなどを身に着け、足には形状記憶式の銀のヒールを履いて僕の前に手を前に重ねて立っていた。

 うーん、なんという見事なデザインセンスだ。彼女を創ったのは一体誰だろう?

 ……しかし、本当に見た覚えがないんだが。でもあるような気もするんだが……。

 ううっ、頭が痛い。

 なにか思い出そうとすると頭が痛くて辛い。それはともかく。

 えーと、電脳で電話アプリ電話アプリ……。

 で、病院で紹介してもらったメイドロイドの紹介元のシノシュアメイドロイドサービスのお客様センターの電話番号はっと……。

 何回かの発信音が鳴った。つばを飲む。

 つながった。

「もしもし?」

「はい、シノシュアメイドロイドサービス、お客様センターです」

「あの、今日からレンタルするメイドロイドなんですが、こんなタイプ御社にありましたっけ?」

「……えっと、須賀悠人様ですね。少々お待ち下さい」

 電話に出た女性の声の人物。まあ多分AIだろう──の声が途切れ、しばらく昔の曲をアレンジした音楽が流れる。しばらくして、

「お待ちいたしました。えっと、お客様のレンタル器材は、ちょっと特殊な事情がありまして。とある方からのリクエストなんです」

「リクエストぉ?」

「はい、その機体を使うようにという指示で」

「誰から?」

「それは……守秘義務なのでお答えするわけにはいきません」

「僕がレンタルしたのに」

「はい。今のところは。レンタル終了時にお客様に開示しても良いという通達が出ています」

 ……なんでだよ。

 言いかけてやめる。言っても仕方がないような気がした。わずかに頭痛がした。

「レンタル終了時に教えてもらえるんですね?」

「はい、リクエストされた方がそうおっしゃっておられました」

 ……そう言うなら仕方がない。

 僕はため息を一つ吐き、

「わかりました。じゃあ何かまたありましたら電話いたします」

「では、良いメイドロイドライフを。失礼いたします」

 サポートデスクAIはそう挨拶した。

 失礼します。僕はそう言うと、電話を切った。

「どうなさいました?」

 無垢な美少女がこちらを見る。

「ああなんでもない。ちょっと電話」

「そうですか」

 そう返すと、無邪気な笑顔を美少女アンドロイドは返した。

 ……これ、どう見ても高級機だよな。いや、そこんじょそこらにあるようなただの高級機じゃない。素材や仕草からすると、シンギュラリティした超AIの設計による超先端技術機の可能性もある。


 なんでそんな機体が僕のお世話を。


 そんな疑問が脳裏をよぎるが、それを目の前にいる彼女に問いても、彼女も先程のサポートデスクAIと同じく、契約者との守秘義務と応えるだろう。クソ、そんなこと契約したの一体誰だ。

 つうっ。また頭が。はぁ。

 僕はユイリーと名乗る今日からお世話される相手に問う。

「で、君が今日からしばらく僕の家でお世話をするんだろ?」

「はいっ」

 とは言え、僕は自分の家がどこにあるか知らない。まあ看護師に家の住所は聞いてあるんだけど、そこに本当に住んでいたのか実感がわかないのだ。

「じゃあ、こんなところで立ち話をしているのもなんだし、家に行こうか」

「はいっ」

 相変わらずのきらめくような明るい返事。しかしどことなく男っぽいかっこよさもどことなく思えて、クールな口調も似合うんじゃないかという声質だ。

 足を踏み出す。と、余計なことを考えていたせいか、足がもつれ、バランスが崩れる。

「うわっ」

 そう声を挙げた瞬間、

「悠人様っ」

 横から腕が差し出され、僕の腕を捕まえた。そしてぐっと引き寄せられる。

「大丈夫ですか?」

 横から心配そうな声。

「あ、ああ」

 言いながら声が聞こえた方を向く。

 ユイリーが目を小さくししわを寄せてこちらを見ていた。

 その顔があまりにも可愛かったので、

「お、おほん」

 咳払いでごまかした。

 と同時に体に柔らかいものを感じた。下を向くと、ユイリーが脇で腕を引き寄せ、自分の胸を僕の体に当てていた。

 お、おい……!

「ち、ちょっと……!」

 気持ちよさと羞恥心でたまらなかった。

 僕の抗議に、ユイリーは目尻を下げ、唇の端を歪めると、

「悠人様、お体がまだ慣れないのですね。やっぱり私のお世話が必要ですねっ」

 僕の体を引き起こした。

「大丈夫だって」

 返しながら振りほどくように離れる。

 リハビリしてきたとはいえ、まだ電脳に義手義足が順応してないのか。こりゃレンタル期間が長くなるかなあ。

「じゃあ、行こうか」

 そう応えて歩き出そうとしたとき、再び腕に柔らかい感触がした。

「おい、ちょっと……!」

「悠人様っ、どうぞこれからよろしくお願いいたしますっ」

 笑顔を見せながら彼女は僕をエスコートして歩き出した。

 こういうとき、エスコートするのは男の役割なんだけどなあ……。

 周りの視線もなんだか気になる。

 初手からこんなんじゃ、僕の生活は一体どうなるのか……。


                    * 


 電脳化や義体化手術などもできる総合病院の玄関を出て駐車場へと向かう。これらももちろんシノシュアグループの支援などを受けている病院だそうな。シノシュアグループはアンドロイドを通じて、世界の様々な国等に多大な支配力・影響力を及ぼしているとか言う話だそうな。

 まあ、病院に入院している間に看護AIとかから聞いた話だけど。

 僕らの後を、自動運転荷物カートが親鳥を追いかける雛のように後につく。

 なんかこう、女性に腕を組まれて隣を歩かれると、デートかそれともヴァージンロードを歩いているように思えて……。くすぐったい。

 というか胸! 胸! この柔らかな膨らみが腕に! 腕に!

「……どうなさいました、悠人様っ?」

 僕の気持ちを知ってか知らずか、ユイリーが変わりない笑みで僕を見る。

「……いやなんでもない」

「そうですかっ。……。さて、車に着きましたよ」

 あ、駐車場に止まってる車の中の一台の、左右ドアと後部トランクが開いた。

「これ……」

「はいっ、頑丈さが売りの車種にしておきました。もう事故に遭われても大丈夫なようにですっ」

「もう事故に合うのはこりごりなんだけどなあ……」

 事故の時の記憶はないのに、そんな事を言ってしまう。

 その間にユイリーは腕を解き、自走カートを持ち上げてトランクに入れる。

「さっ、載ってください」

 まあ立ってるのもなんだし乗ろう。

 車の左側の座席に座ると、形状変形式シートが僕の体を包み込み自動的にシートベルトが閉まる。柔らかくて気持ちいい。

 トランクドアがバタンと音を立て、ハイヒールのアスファルトを叩く音が何度か響くと、

「お待たせいたしましたっ。悠人様っ」

 元気な声が隣で響くと同時に、超電導モーターの甲高い音がして同時に左右のドアが閉じられ、ガラス越しに見える周りの景色がゆっくりと動き出す。病院の建物が遠ざかっていく。

 夏の蒼空は秋でもないのに高いなあ、ジリジリとしたあっつい日差しが突き刺さるように窓から差し込んできやがる。

 車はそれを無視するかのように駐車場内を軽やかな動きで走り、あっという間に病院入口へとたどり着く。良い運転だ。

 ユイリーはハンドルには手をかけているけどほぼ動かしてない。自動運転か、ユイリーが動かしてるなら無線リンクだな。まあ、最近の車はそんなものだし。

 車は病院を出ると法定速度で走り出した。

「これから家?」

「はい、特に用事はないのでこれからまっすぐ家に向かいますっ。何かご用事でも?」

「いや、何も……」

 ……その家のこと、何も思い出せないんだよな。

 ……ちょっと景色を見ていよう。

 幹線道路を車は流れに乗って走っている。

 今見えるこの景色は今の時代そのものだよな、これ。

 コンビニ、店舗、交番、駅、役所……。街のありとあらゆる場所でアンドロイドやロボット、ドローンなどが働き、行き交っている。

 ある時、技術的特異点──シンギュラリティが達成され、人間並の、いや人間を超えるAIが当たり前に存在し、超AIによる超テクノロジーが存在するそんな現代。

 アンドロイドやサイボーグなんて当たり前に存在するけど、かつて書かれたサイバーパンクのように暗い時代じゃない。昔と比べるとなにか物足りないかもしれないけど、昔より遥かに豊かなそんな今。

 コンピューターテクノロジーや電脳化や義体化技術の発達のおかげで、障害者が普通の人以上の能力を獲得し、金などがあれば人が死なないことさえ可能だ。

 既に政治や経済などは人間の手を離れ、AIやアンドロイドなどによる「制御」が行われるようになった。

 それでも人間は、生きて恋をしてなにかに悩み、人生を送る。それはいつの時代でも変わらない。

 ……彼女ユイリーは、そんな時代の象徴かもしれないな。

 ユイリーをちらりと見た瞬間、影がよぎった。

 なんだ。

 ……ドローンか、荷物運送用の大型ドローンだ。下部にコンテナを抱えている。

 僕は頭を運転手席側に向けた。

 ユイリーはまっすぐ前方を見つめ、相変わらずハンドルに手をかけたまま微塵も動かない。

 これが人間だったらぎょっとするが、彼女はアンドロイドだ。彼女のコンピュータは車や周囲のセンサーとリンクし、あちこちを「見ながら」車を運転しているはずだ。

 ……そう言えば、彼女のこと、何もまだ聞いていなかったっけ。

「ねえ、ユイリー……」

 そう言いかけた瞬間、脳内で着信音が鳴った。

 なんだ。……メッセージ?

 メッセージアプリを開くと男のものらしい人からのメッセージだった。どうやら会社の同僚かなにからしい。

メッセージの本文を読むと、こう書かれていた。


 今はゆっくり休め。お前が目覚めるのを待っている。

 

 ……これ、病院で意識不明のときに送られたメッセージかな?

 日付と時間は……。今だ。

 多分退院したことを知ってメッセージを送ったんだろうけど。

 なんでこんなメッセージなんだ?

 返信ボタンに視線を送りかけた。

 ……返信不可能になっている。なんで。

 おかしい。何かがおかしい。

 ユイリーに聞こうか。

 ……いでっ。また頭痛が。なんか声を出そうにも出せない。

 ……急に眠たくなってきたし、いいや。後で聞こう。

 目を閉じると、そのまま暗闇が僕の世界を支配した。


                        *

「……と様」

「…んっ」

「……うと様」

「……だれ?」

「悠人様っ、もうすぐお家でございますよ」

「ああ、えーと、ユイリーか」

 ……寝てたんだ。

 目を覚まし、横を見ると金髪に青い目の美少女アンドロイドがこちらを見ていた。

「もう着いたの」

 身を起こすと、車のフロントガラス越しの遠くに巨大なピラミッドにも似た建造物がいくつも建ち並んでいた。

「あれが、家」

「はい、あれが悠人様が住んでおられるアーコロジーでございますよっ。覚えていないんですかっ?」

「……うん、まあ事故に遭ったし……。アーコロジーって」

 そう言うしかないし。

「自己完結型建築物の総称をアーコロジーと申しますっ。基本的には建物内で人間あるいはアンドロイドなどの生活がすべて行えるようなものを指すんですよー。大きなものになると、人間が生まれてから死ぬまでそこから出なくても良いものがあるとか。びっくりですね」

「アンドロイドがびっくりするなんてこっちがびっくりだ」

「わたくしはそんな悠人様にびっくりですっ」

 ……そう笑われると、少しむかつく。

「それはともかく、家に帰ったら少し休んで夕飯の支度をしましょうか。悠人様はお疲れでしょうし」

「まあ、うん」

 ……そう応えるしかないよ。

 見る見る間にアーコロジーが大きくなっていく。まるで、壁みたいに。

 僕の記憶は。僕の本当の姿は。あの壁の向こうにあるのだろうか。


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