第24話 開戦と再会

 旧魔王領の荒野――転移魔法で大河を越えてしまったせいか苦労を感じないが、本来であればこちら側に来ることも難しいと聞く。


「言い忘れていたが、今回は特別報酬クエストだ! 皆存分にその力を振ってくれ!」


 冒険者は奇襲組を含めて約三十名。対して魔物の軍勢は――見えてる範囲で四、五百ってところか。この数の差に不安を覚えているのは僕と同じ数人の六位だけみたいだ。


「弓使い、見えているか?」


「ああ。椅子に乗って担がれてるのがいるな。……角がある」


「そいつは魔族だな。おそらくは魔王直属の生き残りだろう。そいつの相手は私がする。魔物の種類は?」


「手前にゴブリン、オーク、コボルト、トロール、魔族の周辺にはワーウルフやらミノタウロスもいるな」


「呪法遣いがいないとなると、真っ向からの白兵戦だな。ここから狙えるか?」


 その問い掛けに、五人の弓使いと三人の遠距離魔法の使い手たちは顔を見合わせ、それぞれに首を振り合った。


「無理だな。手前なら未だしも魔族へは届かない」


「わかった。それなら届く範囲に入った瞬間に複数合成魔法を撃ち込め。辺り一帯を吹き飛ばすつもりでな。それまでは私たち前衛の援護を頼む」


「了解、大将」


 先にいる魔物の大群もこちらに気が付いたのか動きを停めて、臨戦態勢に入ったようだ。


「お前ら! 開幕の合図と共に駆け出せよ! 《振り子の体動――大薙ぎ》!」


 ジョーイルが構えた大斧をその場で横薙ぎすると、飛んでいった斬撃が魔物軍の前線を吹き飛ばした。


「行けぇえええ!」


 こちらの気持ちが整わないまま、駆け出した冒険者たちの後を追っていく。


 亜人種との戦闘はジルニアに着く前のオーク以来か。ここまで来てしまったら仕方が無い。魔族のほうへは近寄らず、離れたところで雑魚を狩るとしよう。目立たぬよう、静かに粛々と。


 魔法詠唱を始めた冒険者たちから離れて、倒れている魔物を踏み越え、こちらに向かってくるゴブリンに対してギルドで集めたナイフを投げ飛ばした。


「はぁ――では、やりましょう」


 ナイフの刺さったゴブリンを足蹴に跳び上がり――ゴブリンたちの真ん中に着地し、ナイフを握り締めた。


 あとは向かってくるゴブリンを一匹ずつ殺せばいい。


 頭を割り、首を裂き、心臓を一突きに。


 脚を斬り、顔を踏み潰し、腕を落として首を刎ねる。


 一匹一匹は強くない。どころか弱いくらいだが、数が多くて終わりが見えない。他人が魔法を使えることを羨んだことはないが、少し離れたところでゴブリンを一掃する姿を見ると便利ではあるのだろう。


「面倒ですね」


 持っていたナイフの一本を鞘に納め、掴んだゴブリンを放り投げ、落ちていた槍で一列に並んだゴブリンを貫いた。


 使い捨てにするのなら敵の武器で十分だな。


 普段使っている武器よりは大きいが、膂力に任せて振るだけで威力が出るから楽でいい。それに壊れたところで予備は向こうからやってくる。


 殺す相手がゴブリンからオークに変わった頃、東側が騒がしくなってきた。どのタイミングで合図が出されたのか知らないが、レッサーのパーティーが奇襲を仕掛けたのだろう。だからといって、まだこっちの数が減るわけではないが。


「オラァ! たかだか人間のガキ一匹だ! 囲んで殺しちまえ!」


 その言葉に釣られるように、オークたちが僕の周りを囲んできた。


 これだけの数で連携を取られるとさすがに面倒だが、この場で戦っているのは何も僕だけでは無い。


 一斉に剣や槍を突いてこようとした時、飛んできた弓矢が指揮を執っていたオークの頭を貫いた。


「はっはぁ! 楽しんでるか!?」


 唐突にやってきた男は鎖で繋がった二本の湾曲した剣を手に、オークの体を二つに裂いた。


「楽しんではいませんが、苦労はしていません」


 言いながら囲んでいたオークたちを殺し尽すと、男がこちらにやってきた。


「双剣使いが珍しくてつい手助けしちまったが、要らぬ世話だったようだな」


「双剣というか、僕の場合は片手剣の両手使いというだけですが」


「それでもお仲間さ。俺ちゃんはボルトだ。お前は?」


「……ロロです」


「ロロ、ロロ……ああ、第六位の。パーティーはいないのか?」


「共に行動している人はいますが、今回はランクが足りずに」


「まぁ、そういうこともある。ちなみに俺ちゃんのパーティーメンバーを紹介しておこう」


 会話を交わしながらも、向かってくるオークやゴブリンを殺していれば、不意に飛んできた矢がボルトの死角にいたオークの体を貫いた。


 名簿を思い出す――ボルト、第三位。そして連なる名前がパーティーメンバーならば、すぐ下の冒険者か。


「エクレールさん、ですか?」


「はっはぁ! やっぱ覚えてるもんだな! お前の魔法は肉体強化ってところか?」


「まぁ、そんな感じです」


「なら、俺ちゃんの魔法も見せてやろう! 《電磁反転――付与ガラント》」


 その瞬間、ボルトの握っていた双剣がバチバチと雷を纏った。そして、片方の剣を投げると、繋がっていた鎖が伸びてオークに突き刺さり、そこから周囲に雷撃が走った。


「そういうのは初めて見ますね」


「双剣の使い方は一つじゃないってことだ。参考になったか?」


「はい。とても」


 心にも無いことを言った。


「そんじゃあ、この辺りを俺ちゃんたちで蹂躙するとしようか!」


 まぁ、手が多いに超したことはないな。


 ボルトと共にゴブリンとオークを殺していれば、弓矢や遠距離魔法が飛んできていないことに気が付いた。


「――全員退けぇえええ!」


 ジョーイルの声に、ボルトと顔を見合わせて近くにいた魔物を殺して踵を返した。


 すると、後衛部隊がいる空に魔力の渦が見えた次の瞬間――放たれた魔法が自陣へと戻る冒険者たちの頭上を越えて担がれた魔族へと向かっていった。つまり、知らぬ間に魔物の大群も進攻していたということか。


 ゴブリン、オーク、コボルトが魔法に巻き込まれて消失し、魔族に直撃した。


「いや……」


 立ち止まり眺めていれば、魔族を含む周囲一キロ程度に魔法の影響が無く、過ぎ去った。


「おい、ロロ! 一旦戻るぞ!」


 ボルトに呼ばれて後衛部隊の下まで退けば、ジョーイル含む前衛の冒険者たちが戻ってきた。


「何があった!?」


 怒りでもない普通の問い掛けに、後衛を仕切っていた男は魔族に視線を向けながら口を開いた。


「ありゃあ魔法マジック分解ディスペルだな。おそらく魔族の周辺では魔法が使えないだろう」


「魔法分解……さすがに勝機もなく攻めてくるはずはないか。よし、壁を作れる奴は私と共に来い!」


 すると、ジョーイルと五人の冒険者は魔物軍のほうへ駆け出して、凡そ中間地点で地面から壁をせり上げ、塀を作り上げて戻ってきた。


 すでに魔物の二百から三百は殺しているだろうが、それでもまだ大群には違いない。押し込まれれば塀も意味を為さないはずだ。


「どうするよ、大将。ここからじゃあ牽制はできるがダメージは与えられないし、上位種の魔物も減らせないぞ」


「本当は今日中に片を付けるつもりだったが、仕方が無い。お前ら! 大物の相手はしなくていい! 雑魚共を削り、壁に近付かせるな!」


「〝おぉ!〟」


 再び駆け出した前衛と共に、溜め息混じりに塀の上に乗った。


「……見えている範囲では大して僕は必要じゃないと思いますが……」


 しかし、何もしないのは気が引ける。雑魚狩りをすればいいだけだという許しも出たのなら、加減せずに戦う必要もない。


 二本のナイフを手に塀から飛び降り、駆け出した。


 戦う冒険者たちの間を縫い、邪魔にならないところでオークたちの頭の上を跳ね回りながらナイフでその首を裂いていく。


 周りにいるのも腕の立つ冒険者たちだ。気遣うことなく、守ることなく戦えるのは楽でいい。


 そして――日が暮れた。


 造った塀の上には警戒に後衛の冒険者を配置し、こちら側では転移魔法で運んできたポーションや食料で前衛で戦っていた冒険者たちが休憩を取っている。


 離れたところではボルトとエクレールが食事をしているが、あまり近くに寄るのはやめておこう。


「軍議を始める!」


 その言葉と同時に、転移魔法で左舷と右舷からやってきた二人がジョーイルの下へ。


「ジョー、お久し振りですね」


「来たな、ウォード! まさかお前まで参加するとはな!」


「呼んだのは貴方でしょう。レッサー、第二位まで上がりましたか」


「引退してなきゃ、あんたも今頃第二位だ。ウォードベル」


 聞き覚えのある声と名前に、フードを目深に被って背を向けた。今はまだ、会う時ではない。


「昔を懐かしむのもいいが、今は戦況報告だ。どうだった?」


「大群とはいえ寄せ集めです。こちらの被害はゼロです」


「こっちも同じだな。まぁ下の奴らには疲労が溜まっているが、明日の戦いに支障はない」


「戦況は上々。しかし、敵の大将は魔法分解持ちの魔族だ。楽には済まないだろうな」


「右舷ではオーガの姿を確認しました。明日にも攻めてくるでしょう」


「こっちはサイクロプスだ。さすがに、手助けに来れるほどの余裕はないな」


「……どう思う? ウォード」


「指揮官は貴方ですよ、ジョー」


「なら、こっちは私たちでどうにかする。ウォードとレッサーはそれぞれオーガとサイクロプスに集中してくれ」


「わかりました」


「まぁこんなところで死にはしないだろうが、互いに死なねぇようにな」


 そうして解散したかと思えば――背後に人の気配を感じた。


「……久し振り、というほどでもない気がしますね」


 本人の使っていたローブを着ているんだ。背中を向けていたとしても気付かれて当然だな。


「そうですね。ですが――お久し振りです。ウォードベル神父」


「名簿を見て目を疑いました。この短期間で第六位にまで上がるとは……ロロ」


 顔を見合わせ、ただ静かに握手を交わした。


「僕のほうこそ驚きました。まさかウォードベル神父が戦争に加わるとは思ってもいませんでしたから」


「ジョーイルは昔パーティーを組んでいたのでその縁で、ですね。ちなみにですが、ウギさんとザジさんも来ていますよ」


「あのお二方も元気ですね……ウォードベル神父は教会を空けてきてしまって良かったんですか?」


「数日程度は問題ないと思いますが、もしかしたら近々教会を閉めることになるかもしれません」


「それは……理由を訊いても?」


「英雄が殺されたことは知っていますね? その影響か英雄教団がそれ以外の信仰を異端として排除しようとしている、という噂があります。もしウルステ村まで教団の信者がやってくれば私だけでなく村の皆さんへも被害が出るかもしれません。そうなれば、教会を閉めるのも一つの考えです」


「異端、ですか。本来であれば英雄教団のほうが異端と呼んで然るべきなのでしょうが」


「信仰に対して正しさを求めるのが間違いだというのは貴方も知っているはずです。大事なのはその人にとっての救いになるかどうか……私たちが必要ないのであれば、それもまた一つの選択なのです」


「まぁ……わかります」


 それほど久し振りではないはずのに、ウォードベル神父の相も変わらない聖人君子っぷりに懐かしさすら覚える。


「ゆっくり話をしていたいところですが、私はそろそろ持ち場に戻らなければいけません。この戦争が終わったらウギさんとザジさんを交えてお話をしましょう」


「はい。楽しみにしています」


 去っていくウォードベル神父を見送って、すでに眠り始めた冒険者たちから距離を取って地面に腰を下ろした。


 怖いのは、誰もが勝利を信じて疑わないことだ。この場にいる冒険者は実力もあるし、経験もあるのかもしれないが、少なくとも僕は見知らぬ他人を信用することはしない。


 ルール一・熟慮し、思考し続けろ――相手が英雄だろうが魔物だろうが魔族だろうが関係ない。僕の進むべき道は一つだけだ。

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