第6話 町と屋敷と英雄と
ガダの言葉を聞いた時点でわかっていた。
人を取引している――とは、奴隷売買をしているということだ。しかも、英雄からの依頼ということもあって冒険者はそのクエストを受けて奴隷にする人間を攫ってくる。人身売買は禁止されているけれど、英雄だからと見逃されているのだろう。
今、一緒にジルニアに向かっている冒険者たちに罪の意識があるのかはわからないけど、根幹を潰し、元を正せば冒険者が人を攫うことは無くなるはずだ。
夜更けと共に辿り着いたのは――エンドゥルの街とは違い、町を囲む塀には門があり、そこを守る門番が立っている。
馬車を操っていた男が操縦席を降りると、門番と相対した。
「パーティーリーダーの認識票を見せろ」
「はいよ。ブラフ様への荷物を運んできたんだ」
「……ローランカーか。冒険者が四人、荷物の数は?」
「十だ」
「よし。荷物は直接ブラフ様の屋敷に運び込め。それからギルドに報告しろ」
「了解。お勤めご苦労さん」
怪我をしている一人を荷台に乗せているおかげで、部外者の僕を含めて四人パーティーだと思ってくれたようだ。
無事に門を通り抜け、ジルニアへと這入ることができた。
まだ早朝というのもあって人も疎らだが、建物や空気感はエンドゥルと然程変わらない。領主が奴隷売買をしているというだけで、そこに住む人は関知していない、と。
「……ローランカー……?」
先程の言葉を思い出すように呟けば、隣を歩いていたパーティーの一人がこちらを見た。
「順位の低い冒険者に対する侮蔑的な言い回しだよ」
「彼らは冒険者じゃないんですか?」
「冒険者だが、領主に囲われている。たぶん五位辺りなんだろう。どういう手を使ったにしろな」
それをお前らが言うのか。だとするのなら、侮蔑的に表現されて然るべきだろう。
……これ以上は駄目だな。
「では、僕はこの辺で失礼します」
「おう。報酬はどうする?」
「そちらで分けてもらって構いません。僕はこの町に入れただけで十分ですので」
「そうか? んじゃあ、そういうことで。ああ、そうだ。この町には娼館が多い。場所によっては昼からやってるからよ。存分に楽しめ!」
それだけ言うと、下品な笑い声を上げながら町の中心にある屋敷に向かって馬車を走らせていった。
やはり、相容れない。
今は眠りたい気持ちもあるけれど、ここまで来たんだ。まずは情報を集めよう。
「……すぅ――はぁ」
大きく深呼吸をして、ローブのフードを目深に被り、その場から跳び上がって建物の屋根の上に乗った。
ギルドがあるのは屋敷に程近い場所だが、現状では立ち寄る用事もない。十中八九、ギルドも奴隷売買の片棒を担いでいるはずだが、僕にとってはどうでもいい。まずは屋敷の臨む場所へ。
屋根を飛び移りながら町の中心へと向かっていると、不意に目に付く建物が数軒あった。
「……おそらく、あの辺りが娼館街なのでしょう」
そこが奴隷売買に関わっているのかどうかはわからないけれど、頭の片隅には置いておこう。
屋敷を囲む塀が分厚いのを見て、建物の背後に回り、その塀の上に飛び移った。
「どうにも……違和感がありますね」
建物自体は大きいが、それほど豪奢というわけでは無い。奴隷売買をしているという割には意外と――その時、屋敷の中が慌ただしく動き出した。タイミングから考えて、同行してきた荷馬車が辿り着いたのだろう。
連れられてきた子たちがどこに行くのかも知りたいけれど、今なら屋敷の中に這入ることができる。
「よいっ、しょ――と」
開いていた二階の窓から部屋の中へと侵入することができた。使用人の影が見えたから空気を入れ替えるために開けたのだろう。まぁ、まさか二階から人が侵入してくるとは思っていないだろうし、仕方が無い。
「ここは……書庫でしょうか。あまり読まれている形勢はありませんが……」
部屋自体はよく掃除されているが棚に仕舞われた本には埃が被っている。様々な本のタイトルが並ぶ中、何も書かれていない薄い本を見付けてそれを取り出した。
黒い表紙を捲れば『ジルニアについて』と書かれており、下のほうに『グリーク』とサインがあった。
ページを捲っていけば、ジルニアに住む人々の名が記されており、営む店、亡くなった人、生まれた人――書き足される度に日付と『グリーク』と署名がしてある。
「最後の日付は……五年前」
つまり、このグリークというのは以前の領主なのだろう。失脚したか殺されたか、どちらにしてもブラフが来たことによって、その地位を追われたのは間違いない。
幸いなことに屋敷内のことも書かれているが、ここはグリークの部屋だったはず。本が当てにならないのなら一部屋ずつ調べていくしかない。
「いや――」
ページを進めていけば屋敷内の全容を確認できた。
普通に考えれば、この屋敷内に奴隷として連れて来られた人たちがいるとは考えにくい。だから、屋敷であって屋敷で無い場所、だ。
――ガチャ
人の気配を感じて、開いた窓から外に出て地面に着地した。
屋敷には地下がある。五年前までは町が飢饉に襲われた時のための蓄えを保存しておく場所だったようだが、おそらく今は違う。出入り口は屋敷の一階にあるが、奴隷として扱う人間に屋敷内を歩かせるとは思えない。
可能性があるとしたら――敷地内の隅に建てられている厩舎だろう。
荷馬車がそのまま入れる入口から厩舎の中に這入れば、すでに冒険者たちの姿は無かった。
馬の数は九頭、仕切りは十頭分で一番奥が空いている。そこに入って、敷かれている藁の中に手を這わせれば――やはり有った。
小さな穴に指を引っ掛けて持ち上げれば、下へと続く階段が現れた。
暗闇の中、足音を立てずに降りていくが……想定していたよりも長い。体感ではおそらく二階分を降りている気がする。
「ん、明かりがありますね」
視線の先に見えた明かりに近付くに連れて息を殺し、そこに辿り着いたところで先を覗き込むと、門番と同じような格好をした二人の冒険者がいた。
「よ~し、これで選り分けられたな」
「洗浄は昼過ぎで良いんだっけか?」
「そうそう。いつもと違う時間の納品だったからな。味見すんなら今のうちだぜ?」
「止めとけよ。ブラフ様に知られたら殺されるぞ?」
「殺されるだけで済めばいいけどな。つい同情しちまうぜ」
「ハッ――ほら、さっさと屋敷の警備に戻るぞ。どやされたら堪んねぇからな」
「はいはい。仕事熱心なことで」
軽口を言い合う二人がこちらのほうに向かってくるのを見て、階段の上に跳び上がって壁につっかえるように体を支えた。
真下を通り過ぎた二人の足音が聞こえなくなったところで、地下の部屋へと侵入した。
だだっ広い部屋だ。元が備蓄のための場所だからか食料の入っている木箱の他にも様々な設備が整っているようだが、それもこれも奴隷売買のために使われているのだろう。
木製の檻は二分されており、男女が別々に容れられている。子供から、容姿の良い若い男と女がいて、僕の姿を見て口を閉ざしたが、先程までいた男たちと恰好が違うことに気が付いたのか途端に目の色を変えた。
「おい、あんた! 助けてく――」
一人の若い男が声を上げたが、口の前で指を立てて言葉を制した。
ここに連れて来られたのは十人。そして、身なりからしてその前からいたのが五人。合わせて十五人――のはずなのだが。
女性の容れられている檻に近付き、目が合った少女の前でしゃがみ込んだ。
「もう一人、連れて来られた女の人がいましたよね? どこにいるのかわかりますか?」
すると、少女は言葉を発さずにその視線だけで伝えてくれた。
視線の先には上へと向かう階段がある。
「ありがとうございます。皆さん、もう少しだけ待っていてください。野暮用を済ませてきます」
ここで檻を開けても、警備をしている冒険者がいたのでは逃げられない。
踵を返し、真っ直ぐに階段へと向かっていく。
ここが地下二階だとすれば、その上には地下一階がある。
「……ふぅ」
逸る感情を抑えるように息を吐き、慎重に階段を上がっていけばその途中にドアがあった。つまり、構造的には地下一階が倉庫で地下二階が住居用として造られたもの、ということか。
ドアに聞き耳を立てれば、中の声が聞こえてきた。
「――ッア! イヤッ!」
「ぶひゃひゃ! やはり思った通りだ! 元から調教されている女は顔を見ればわかる! ほら、もっと良い声で鳴け! 叫べ! おい、もっと強く鞭を振れ!」
「了解です!」
鞭が弾ける音、男の声が二人分――どうする? 中の状況がわからない以上は一旦退くべきか? ……いや、違う。違うだろ。
今、目の前に――ドアの向こう側に、英雄の一人がいる。なのに退くのか? いいや、今だ。今、行くべきだ。
「すぅ――」
大きく息を吸い込んでドアを蹴れば、蝶番が外れて内側へと倒れていった。
「何者だっ!?」
まずは部屋の中の状況確認だ。
壁に向かって鎖に繋がれ、背中が剥き出しの女性が一人、鞭を手にした冒険者が一人、そして、部屋の奥には豪奢な椅子に鎮座し、グラスを傾ける豚が一匹……するべきことは決まった。
「一つ、忠告します。そこの冒険者さん。黙ってこの場を去れば殺しません。ですが、邪魔をすれば殺します」
その言葉に戸惑ったような顔を見せると、指示を仰ぐように振り返った。
「殺せ! 容赦はいらん! この屋敷に入ったことを後悔させてやれ!」
すると、冒険者はこちらに居直って鞭を振るってきたが、それを腕で受けるとぐるぐると巻き付いた。
「《雷鳴に轟け――》」
魔法詠唱か。させるつもりは無い。
腕に巻かれた鞭を握り返して思い切り引っ張れば、冒険者は手を放すことなく体ごとこちらへ飛んできた。それに合わせてナイフを振り抜き首を掻っ捌けば、血を噴き出しながら床に倒れ込んだ。
「……邪魔をしなければこうはなりませんでした」
言いながら、男の鞭を手に取って振るい、女性を壁に繋いでいた鎖を破壊した。
未だ鎮座したままの男に注意を向けながら女性に近寄れば、間違いなくあの時に声を振り絞り助けてほしいと懇願していた女性だった。
「良かった……やっぱり、来てくれた……」
震える体に着ていたローブを被せ、耳元に口を寄せた。
「下に降りて、捕らわれている方々を自由にしてください。全員で力を合わせれば警備している冒険者くらいは制圧できるはずです。あとは、勇気だけ」
体を支えて立ち上がらせた女性は、ローブを握り締めて裸足でゆっくりと駆け出した。
さて――始めよう。
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