第11話 紗奈恵の夫が事故死した!

その週の土曜日の朝のニュースを見ていて驚いた。高速道路で事故があり、1名死亡とあった。なんとその名前が田村敏一、紗奈恵の夫だった。おそらく金曜日の夜に車で彼女の実家へ彼女を連れ帰るために向かったのだろう。自損事故だとされていた。


月曜日にマンションの掲示板に通夜と葬儀の場所や日程が張り出されていた。大川君にもすぐにそのことを知らせておいた。通夜には出席すると言っていた。


葬儀の場所は新大阪駅近くの葬祭場だった。水曜日の午後7時から通夜が始まった。喪主は彼女ではなく実父となっていた。紗奈恵に挨拶したが憔悴して見る影もなかった。


葬儀は夫の実家がすべて取り仕切っているようだった。彼女の両親も来ていたが肩身が狭そうに座っていた。僕は彼女の両親にも挨拶したが、両親が僕だと気付いていたかどうかは分からない。


理由はどうであれ、彼女は夫と喧嘩して実家へ帰って、彼女を連れ帰るために向かった夫が事故を起こして死亡した。確かに夫の両親にしたら嫁と実家を責めたいのだろう。察しはつく。


通夜が終わると僕と大川君はすぐに紗奈恵のところへ行ってお悔やみと何かできることがあったら言ってくれと伝えた。彼女はただ泣いて頷くだけだった。


僕は翌日の11時からの葬儀にも参列した。紗奈恵の憔悴した様子が気になったからだった。でももう声はかけなかった。紗奈恵は僕が葬儀にも列席していたのに気が付いていただろうか?


◆◆◆

3月に入って春らしく温かくなってきている。今日は土曜日、ゆっくり起きた。


僕はずっと憔悴していた紗奈恵のことが気になっていた。あれからもう49日は経っていた。少しは立ち直っているだろうか? 思い切って以前教えてもらっていたスマホの番号に電話をしてみた。通じた!


「市瀬だけど、元気にしている?」


「ああ、市瀬君、ありがとう。お通夜とお葬式まで来てくれて」


紗奈恵は葬儀にも僕が来ていたことを知っていた。


「いや、池内さんのことが気になって、お通夜ではとっても憔悴していたのが分かったから」


「一昨日に納骨が終わりました」


「そうか気を落とさずに、何か役に立てることがあったら何でも言ってくれ」


「お借りしたお金をお返ししたいのですが、私の部屋に来ていただけませんか?」


「ここにいたのか、今からでもいいかな?」


「良かったら来てください。もう私しかいませんから、10階の1065号室です」


エレベーターに乗って紗奈恵の部屋の階に向かった。玄関チャイムを押すとすぐにドアが開いて紗奈恵がいた。少し痩せたみたいだった。導かれてリビングのソファーに座った。リビングは僕の部屋よりかなり広い。あたりに段ボール箱が積まれている。お茶を入れてくれた。


「引っ越しするのか?」


「49日も済んだので、今、持ち物を整理しているところです。来週の土曜日に引っ越します」


「どこへ?」


「実家へ帰ることにしました。両親も戻って来いと言うのでそうすることにしました」


「病院に勤めていたけどどうするの?」


「あの実家へ帰った日から休んでいて、お葬式が済んで1週間ほどで退職願いを出しました。それからはずっと実家に戻っていました。遺骨は主人の実家に置いてありました」


「そうなの」


「納骨にも実は立ち会わせてもらえませんでした。それで昨日、こっそりお墓参りはしてきました」


「そんなことがあるんだ。よっぽどご主人の両親は君を恨んでいるんだね」


「大切な一人息子でしたから。結婚してからは名古屋の夫の実家で暮らしていました。2世帯住宅でしたが、お母様と上手くいかなくて」


「まあ、よくある嫁と姑の話かな」


「それで、夫婦仲もまずくなってきて、ぎくしゃくするようになりました。子供もできなくて、私は病院で検査してもらいましたが、異常なしと言われました」


「ご主人は検査を受けたの?」


「主人は受けてくれませんでした。ひょっとすると私には内緒で受けていたかもしれません。あるときから、私のせいにしなくなりましたから」


「ご主人は自分が原因と分かっていたのかもしれないね」


「私はお母様とも上手くいかないので離婚をしてもよいと夫に話しましたが、夫は別れないと言って、転勤の希望を出してここへ転居してきたのです。そのころから夫が暴力を振るうようになりました。ますます気持ちが離れて行きました。何回かは家出もしましたが、別れてはくれませんでした」


「駅で会って最初に話をした時になんとなくどこかおかしいと思ったのはそんなことがあったからなんだね」


「でも、今はこうなってほっとしてもいます。やっと別れられました。やっぱり悪い嫁ですね。夫の両親がそう思うのは無理もないことだと思っています」


「結婚生活がうまくいかなくなるのは一方だけが悪いと言うことはない。どちらも理解や努力が足りなかったのだと思う。僕たちがそうだったから。だから君がそんな風に考えることはないと思う。あえて言うと、相性が悪かっただけだと思う。僕は最近そう思うことにしている。でないと立ち直れそうにないから」


「慰めてくれてありがとう。あの時のお金をお返しします。本当にありがとう。助かりました」


「でも、あの時にお金を貸してあげなかったら、こういうことにはなっていなかったと思ってね。貸してあげた僕が悪かったのかもしれない」


「あなたはそんな風に考えないでください。なるべくしてなった。そう思うことにしました。事故を起こしたのは彼自身ですから」


「そう言ってくれると気が楽になる」


「今は自分自身のこれまでを振り返ってみています」


「早く元の元気な池内さんに戻ってくれ。そのうち僕も同窓会に顔を出すから、池内さんも顔を出してくれ」


「分かりました」


僕は別れを告げて部屋を出てきた。お互いに一人になったので、時々会えないかと言いたかったが、やめておいた。彼女には今そんな心のゆとりはないはずだ。そう言えるようになるにはもっと時間が必要だ。


部屋に戻ると、なぜか、美香に会いたくなった。僕はどうかしている。10時に店に電話して出勤かどうか確かめた。そして午後1時に予約を入れた。これから外で食事をして店へ行こう。

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