今日から家族


「ねぇパパ。ご飯まーだ?」


「ちょうど今できたぞ〜」


「やった! なにかな、なにかな〜」


「ほーら、今夜はユミの大好物のハンバーグだよ」


「わあ! 美味しそう〜!」


「こらこら待ちなさい。いただきますは?」


「いただきます!」


「うん、よろしい」



 これは一体どういうことなのだ。何が起きているのだ。


 俺は泥棒。さっき留守にしている家に侵入し、部屋を物色していると、突然住人が帰ってきた。俺は慌ててクローゼットに隠れ、逃げるタイミングを窺っていると、奇妙な光景を中から目の当たりにすることになる。


 その住人の男、さっきからずっと一人で喋っているのだ。娘のユミらしき女の子もいない。つまり男は、父親と娘を一人で演じているのだ。


 娘の時はわざと声を高くし、聞くに耐えない演技力を見せる。それに娘になりきる時は、わざわざ席まで移動する始末なのだ。父親に戻る時はまた元の席に戻るといった面倒なことをしている。


 明らかに異常者だったが、それは外見からでも判断がついた。髪は腰の位置まで伸びていて、ひどく乱れている。肌も荒れており、爪も伸び切ってきていて、目は完全にイッてるのだ。


 そしてさらに不可解なのは、父親と娘の分であるハンバーグを二個用意するのは分かるが、もう一つ、テーブルに盛り付けられた皿が置いてあるのだ。あれは一体、誰の分なのだろうか。


「ねぇパパ」


「ん、どうしたんだい?」


「さっきから気になってたんだけど、クローゼットの中にいる人、だあれ?」


 俺の心臓が大きく跳ね上がった。どうして俺がここにいるのを。全身の毛穴という毛穴から汗が止まらなかった。


「え、ちょっとユミ、怖がらせないでくれよ」


「でも、ほんとにいるんだもん」


「ちょっと待ってなさい。パパ見てくるから」


 男は台所から包丁を取り出し、それを手に握ったまま俺のいるクローゼット方へゆっくり近づいてくる。


 瞬間的に殺されると俺は思った。こんなことになるなら、不法侵入なんて馬鹿な真似するんじゃなかった。様々な後悔が脳裏を過った。


 男がクローゼットに触れると、警戒を装いながら開けていった。


 男と目が合う。すると。


「なんだトモキ。そんなところに隠れていたのか」


「へ……?」


 男は不気味な笑みを浮かべていた。


「さあ、ご飯出来てるから、早く食べなさい」


 男は俺の手を取り、リビングまで連れていった。俺を無理やり空いていた椅子に座らせ、男は包丁を机に置いた。まるで、いつでも俺を殺せるのだぞと言わんばかりに。


 俺が恐怖のあまり固まっていると「どうしたトモキ。お腹でも痛いのか?」と聞いてきた。


「あ、いや……」


「だったら早く食べなさい。パパがんばって作ったんだぞ」


 男は包丁の柄に手を添えながら言った。食べなければ死ぬと俺は思った。


 俺はフォークを手にし、一口サイズのハンバーグを食べる。思わず吐き出しそうになってしまった。味は糞、食感は爪を噛んでいるような、全てが見た目以上に最悪だったのだ。俺はあまりの不味さに泣いていた。


「トモキ、全然手が動いてないぞ」


 男が席を移動し。


「お兄ちゃん、食べないならユミが貰うよ?」


 また戻り。


「ダメだぞユミ。これはお兄ちゃんのなんだから。トモキ、残したら……わかってるよな」


 男は俺の目を見据えながら、包丁をとんとんと指で叩いた。


 俺はここから、生きて出られるのだろうか。

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